第12話 重い愛と文化祭

 「戦艦マジェナス艦長、メギナス少佐」

 「はっ」

 「委員会は、これ以上の活動を認めない。許可は取り消しだ、直ちに撤収せよ」

 「そんな!?」


 モニターの向こうに映る人影に向かって、女性士官は抗議する。


 「これは命令だ。今は補給を待たねばならん」

 「補給?」


 彼女は眉をひそめた。そんな宛がどこにあるというのだ。それがないからこそ、こうして策を練っているのであり、そのための情報を集める作戦もしているのではなかったか。


 「……捕虜はいかがしましょう」

 「地球人では捕虜交換も出来ん。宇宙条約を持ち出されても面倒だ、解放しろ」

 「宇宙、条約ですか」


 やはりおかしい。宇宙連合政府ならともかく、無法をモットーとするダグラモナス星雲人がそんなものを気にするとは?殺してしまえば早いものを、どうして釈放の必要があるというのだ。


 だがしかし、これは委員会との専用回線での通信だ。相手の素性は疑いようもなく確かだ。そして委員会の命令は、何にも優先する。


 「了解しました。捕虜二名を解放後、本隊に帰還します」

 「急げ。これ以上の損耗は許されない」

 「了解」


 通信が切れ、彼女は舌打ちをする。おかしい、何かが違っている。それでも命令に従うのが軍隊だ。


 「……捕虜二名を送り返せ。済み次第、本隊へ帰還する」


 そばに立っていた副官に指示をして、彼女は天を仰ぐ。

 ……本隊に戻ったら、色々と調べる必要がありそうだ。




 「えー、そんなわけで三日ぶりに自宅へ朝帰りをした主人公なんですけれど」


 僕の左手首には、蛍光グリーンに薄く光る、謎のやわらか素材で出来た枷が付けられていた。その先はというと、セフィアの右手首の枷に繋がっている。


 「これはどういうことでしょう」


 僕の質問に、セフィアは答えてくれない。ただ魚の死んだような輝きを失った瞳で、薄い微笑みを浮かべながら僕を見ている。こわい。


 「あのですね、僕三日ほどお風呂に入ってなくて。そのね、エアコン完備のとこだったけれど、やっぱり汗はかくわけで」


 セフィアは僕を引っ張ってリビングへ向かう。この枷も繋ぐ紐も、謎のやわらか素材で出来ているくせにしっかりと手首を固定してくれているので、引っ張られると付いて行かざるを得ない。


 とん、と僕の胸を押してソファに仰向けに寝させるセフィア。


 「あたしもこの三日お風呂に入ってないし、ろくに寝てもないの」

 「あっ、それはその、ご心配をおかけしました」

 「いいのよ別に。こうして帰ってきたんだもんね」


 僕は上体を起こして、フリーな右腕をソファの背ずりにかける。セフィアはそんな僕の下半身に仰向けに乗って来て、手枷で繋がれた二人の手と手の指を搦め、満足そうに微笑んだ。


 「はい。それはもう」

 「でも、もう限界」


 言うなりセフィアは僕の膝を枕にするようにして目を閉じた。すぐにすうすうと寝息を立て始める。


 心配してくれたんだな。僕はその銀髪をそっと撫でてみた。いつもはさらさらの髪が、今日の手触りは少し重い気がする。すぐに眠ってしまう程、くたくたになるまで心配してくれてたんだな。



 「おかえりなさい、旦那さま」



 僕は驚いて振り向いた。そこにはいつの間にか、参謀のササメユキ少佐が立っていた。

 彼女もやや疲れた様子で、それでも凛々しく立っている。


 「まずは無事のお帰り、お疲れさまでした」

 「あ、いや、どうもありがとう」

 「それで……大佐がお休みのうちに、いくつか確認をさせていただきたいのですが」

 「ああ、構わないよ」


 ササメユキ少佐は胸の前あたりに手をかざして、謎の半透明なモニターを出す。もうこの手の謎技術も見慣れて来たな。


 僕は吉村と一緒に転送された時の状況から、された質問、敵の艦内で気づいたことなどをササメユキさんに話した。例の四次元収納も使えなかったということも。


 「そうですか、超空間ゲートが使えませんでしたか」

 「あそこから逃げようと思ったんだけどね」

 「となると、敵は次元潜航機能を戦艦につけた可能性もありますね。超空間ゲートは、通常空間なら距離なんて全然関係なく繋がるはずなんです」

 「それってすごく面倒な話なんじゃないの?」

 「と、仰いますと?」


 僕はふとした思い付きを喋ってみる。


 「次元潜航艇のサイズなら魚雷二発もあれば沈められるけど、戦艦相手だと足止めにもならない。主砲のビームも届かない。そんなのが艦隊組んで来たら、相手をするのが面倒かなって」

 「ふむ」

 「何かこう、主砲で発射できる次元魚雷みたいなものがないと。機雷の設置は侵入ルートが限定されてれば有効だろうけど、地球の周り全体にばら撒くわけにはいかないでしょ」

 「そうですね、艦隊に次元潜航されると確かに面倒になりそうです。主砲で次元攻撃ですか、それができれば次元潜航そのものが意味を失います」

 「そうかな」


 ふむなるほど、とササメユキさんはモニターへ何やら追記する。


 「旦那さまは意外と博識でいらっしゃいますね?」

 「いや、素人の思い付きだよ。あと思いついたのはこう、網みたいなのを次元潜航させてね。二隻の戦艦で通常空間からこう、漁船みたいにかっさらうとか」

 「旦那さま……あなたはいったい」


 あっ得意になってくだらないことを喋り過ぎたかな?ササメユキさんの表情こそは変化がないが、目の色が違う。何か、変なものを見るような目で僕を見ている。


 「いやごめんなさい、関係ない事ぺらぺらと」

 「いえ、それはその。そうでなくて。そちらが」

 「はい?」


 いや、ササメユキさんの視線は僕を見てはいなかった。その視線は僕の下半身へ向けられている。いや違う。



 「うるさい」



 ドスの利いたセフィアの声。しまった、起こしちゃった!?

 はっと視線を移すと、不機嫌そうに薄目を開けたセフィアがササメユキ少佐を睨んでいた。薄目なのにやたら迫力がある。


 「これはあたしのよ?」

 「はっ、はい、もちろんです大佐」

 「誰にもあげないから」

 「はっ、承知しております」

 「ならなぜここにいるか」


 もにょもにょした口調。半分くらいは寝ているはずだけれど、意識のどこかはきっちりと覚醒している感じだ。


 「はっ、事情聴取であります」

 「いいか少佐、そこから先は軍機だ。いずれ少佐も知ることになるだろうが、今は詮索無用である」

 「ラジャ」

 「レイジはどこ?」

 「ここにいるよ」


 僕は答えて、セフィアの頭を撫でる。セフィアは満足そうに眼を閉じて、何かむにゅむにゅと口の中で呟いて、また眠りの世界へ落ちて行った。


 「では、小官はこれにて。ごゆっくりお休み下さい」


 ササメユキ少佐はしゅっとモニターを消すと、ぴしっと敬礼をして消えた。


 あっ、手枷外してってお願いするの忘れてた。蛍光グリーンのむにむにを指でつっついて僕は嘆息する。でも、こうまでしないと安心できないくらいに募ったセフィアの不安な気持ちを思うと、ちょっとつらい。


 ひょっとして、これは俗にいう【重い愛】なんだろうか?これまで異性から愛情を向けられることがなかった僕には今一つ判断が付かない。ただ、求められているものに対して、自分がきちんと応えられているかどうかが不安になることは確かだ。


 ああ、何もかも経験値が足りてないな、僕。


 しかし艦隊の人はなんか気軽に我が家の中に転移してくるようになったなぁ。まぁそのへんは我慢するか。味方なんだし。

 セフィアの髪を撫でていたら僕もだんだんと眠くなってきた。吉村と二人であの無機質な船室の中、ずっと漫才みたいな会話をしていたお陰で心底くたびれているのだ。


 セフィアがむにゅむにゅ言って姿勢を変え、うつ伏せになる。僕の股間に顔をぐりぐりねじ込むようなその動きに、僕はものすごく緊張してしまった。いやちょっとそこはまずい。その姿勢はデンジャラスだ。誰かに見られたら大変だ。湿った吐息が熱い。やばいやばいやばい、僕だって健全な男子高校生なんだぞ。


 結局彼女は目覚めるまでその体勢を変えることなく……一時間後にようやく僕は解放されることになったが、精神ポイントはガリガリに削られていたことは、言うまでもない。




 文化祭。


 我がクラスの企画は【耳喫茶】だった。


 なにそれ、って?


 簡単に説明すると喫茶店。コーヒー紅茶にジュースあたりの飲み物と、クッキー程度のお菓子を出すお店だ。そして店員は全員、何某かの動物の耳を模したカチューシャを付けるのです……女子はいいですよ、あと顔のいい男子も。


 柔道部に入ってるゴツい男のうさぎ耳なんて、これは凶器ですよ。


 顔の両サイドに雑巾みたいな布をぶら下げているクラスメイトもいて、訊いてみたら象の耳だという。いやそれ、鼻がないと全く判らん。


 女子はネコだクマだタヌキだネズミだと、だいたい全員愛らしいのだけれど……吉村は耳を覆うように、なんかヒレみたいな謎の物体を付けられている。


 「何それ?」

 「半魚人だって」


 もはや実在の生き物ですらない。


 僕はと言えば予想通り……セフィアとお揃いの狐耳だ。まあ彼女も喜んでるし、そんなには目立たないし、いいんじゃないの?少なくとも半魚人よりは全然いい。


 一時間ごとに交代で接客、調理、休憩が割り当てられる。陽キャも陰キャも不公平はなく役割は分担されているので、これはもう文句を言わずに従うしかない。こういうのは多分高山瑠奈の仕業だろうけれど、誰からも反感を持たれないように上手いこと采配する手腕はさすが学年のアイドルと言えよう。


 ドリンク百円、クッキー二枚で五十円。安い価格設定は、休憩所として気軽に利用させるために意図した数字だって話だ。色々考えてるんだね。


 文化祭は二日間行われる。初日の土曜日は生徒と父兄のみが入場を許されて、二日目になる日曜日は一般公開日だ。どちらかと言うと初日は予行演習みたいなもので、二日目が本番になる。土曜に来られなかった父兄はもちろん、他校の生徒やら文化祭マニアみたいな謎のお客までやってきて大騒ぎだ。


 でも公立高校の文化祭なんて、そんなに派手なことはできない。予算も設備もないからだけど、その辺りはやる気と気合で補っている部分が大だ。


 文化部連中は普段の活動を知らしめるチャンスとばかりに張り切ってはいて、軽音部やら演劇部や合唱部は体育館のステージで色々とイベントをやっている。


 運動部も割とまめに体験会みたいなのをやっていて、サッカー部は子供や父兄向けにフットサル教室なんかしているし、野球部は的当てゲームをしている。男子ボディビル部なんていう集団がメイド喫茶をやっているという噂も小耳にはさんだけれど、絶対見たくない。


 「大佐、ご苦労さまです」


 その声に振り向くと、そこには迎撃艦隊βのブリッジクルー御一行様が笑顔で立っていた。先頭でササメユキさんが敬礼し、残りのクルーもそれに従う。場がぱっと華やぐような美女たちの登場に、男子生徒が盛り上がる。


 「あらみんな、いらっしゃい!」


 セフィアが笑顔で迎える。

 このメンバーが全員軍服じゃない光景、僕は初めて見たと思う。みんなそれぞれ私服は好みが違うんだな、ササメユキさんはぴしっと紫のスーツを着てキャリアウーマン的な雰囲気だし、ナミシマさんはゆったりとしたアイスブルーのサマーニットだ。


 「文化祭の視察に来ましたよ、旦那さま」

 「ああ、楽しんでいってください」

 「旦那さまもお耳がお似合いですこと。クルー一同惚れ直しました」

 「誤解を招く発言はやめてくださいね」


 僕とナミシマさんのやりとりにクラスの男子がぎょっとした顔をしていたけれど、僕はもう説明をしない。最近彼女たちは「大佐の」という接頭語を省略するんだよね。いちいち訂正するのも面倒で仕方ない。まだ旦那でもないし。


 しばらく歓談したあとに、彼女たちはめいめい校舎内に散っていった。ふひひ、と悪い笑いを浮かべるセフィア。


 「やったね。これで繁盛間違いなし!」

 「間違いなしって?」

 「うちの催しは【耳喫茶】よ。うちの子たちがあのまま校内をうろうろしてくれたら、いい宣伝になるわ。ピラ撒くより効果的!」

 「……恐れ入りました」


 作戦が功を奏したのか、耳喫茶にお客の入りが途絶えることはなく、僕を始めとする男子生徒はジュースやクッキー類の追加買い出しまでした。象の耳を付けていた彼は、マスクを改造して象の鼻を付けて初めて象さんだと認識されるに至っていた。


 「セフィア、交代するよ。ゆっくり休憩しておいでー」

 「ありがとうルナ、じゃあお願い!」


 パン。と右手と右手で軽くタッチして高山瑠奈が接客に入る。


 「あんたもさっさと休憩行ってきなさいよ長戸。一時間だからね、遅れたらコロす」

 「態度が全然違う」


 こないだからなんか扱いがひどい。みんなのアイドルみたいな態度から完全に除外されてるし、周りもそれを当然みたいに見てる。高山の遠慮がない言葉を受けて、僕はエプロンを外して近くにいた交代のクラスメイトに渡した。


 「じゃあいこレイジ。あたし、見たいところあるんだ!」


 笑顔のセフィアに手を引かれて歩き出す僕。こんなに楽しみにしてるんだから、こっちもしっかり付き合わねば。


 これからいよいよ本格的な秋、そして季節は冬へと進んでいく。

 青い空に、一筋の飛行機雲が残っていた。あと半日で文化祭も終わる。


 空を眩しく見上げながら、僕はこの平穏がいつまでも続いて欲しいと、心から願った。




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