第11話 あたしのやり方で
「なあ長戸」
「なんだ吉村」
酷暑もようやく収まるかと思わせておいて、九月末までまだまだ暑い関東地方。
朝晩の風は涼しくなってきたかな?というタイミングで台風が訪れ、翌朝のまた暑いことといったらないんですよ。
「お医者さんごっこってあるよな」
「突然何を言い出すのか」
唐突過ぎる吉村の発言に僕は驚くしかない。過去の悪行でもカミングアウトする気だろうか?
「いや、ちと例えが悪かったな」
さすがの吉村も、例えがまずかったことに気付いたらしい。それは禁断の遊びだ。
「怪獣ごっこ、ってあるよな。あれは人形やらなりきりなんかで、特撮番組や映画に出てくる怪獣になったつもりとか、行動を真似をして楽しむ遊びだ」
「……まあそうだな」
「でさ。鬼ごっこってのもあるよな。鬼って、人を捕まえるものなのか?」
はて。
「逃げる相手を、鬼が追いかけて捕まえる……というのが、俺の知ってる鬼ごっこなわけだが」
「あ、ああたぶんそこの認識は僕も同じだと思う」
「それって鬼の真似なのかね?」
「……真似って言われても、普通、鬼って見たことないんじゃないか?」
節分の福豆についてくる、鬼のお面ってなんか赤塚不二夫先生デザインっぽいイメージがあるよな、とかまた余計なことを考える僕。
「では人を捕まえる鬼っていうのは、どこから来たイメージなんだろうな?」
「でもさ、イタチごっこって別にイタチの真似はしないし遊びでもないぞ」
「……それはまた全然違う話な気がするな」
さて、僕たちはどこでこんな間抜けな会話をしているでしょうか?
「おい、うるさいぞ少し黙れ」
金属製のドアやや上部にある、鉄格子入りの覗き窓から見える監視役が、苛ついたように声を投げて来た。
はい、正解は【ダグラモナス星雲人の戦艦内部】でした!みんな判ったかな?
え?判るはずがないだろうって?そりゃま当然だ。
事の起こりは放課後。
最近めっきり敵襲もなくて、油断してたっていうのは確かにあった。ただ無責任に油断してたわけじゃなくて……責任ある油断があるかどうかは知らないけれど……宇宙連合軍の参謀本部と作戦支援AIが、星雲人の行動い鎮静化の兆しあり、とのことで警戒ランクを下げると通告してきたのだ。
過去の例から言って、連中は撤退について宣言はしない。事前の降伏勧告はするけれど、転進や撤退については予告もなしに突然という無秩序っぷりで通して来たそうだ。
だから過去のデータと見比べて、そろそろ諦めたっぽいよということで警戒ランクを下げたということなんだそうです、はい。
ま、諦めてなかったということで、こうなってるわけなんです。
僕は来週行われる文化祭に向けて、吉村と二人でいるところを転送で攫われた。個人の指定ができないところを見ると、連合のものに比べておおざっぱな装置のようだった。
ちなみに文化祭でうちのクラスが何をするのかは良く知らない。確か喫茶店か模擬店か、何か食べ物だか飲み物を出す店をやるっていう話だけは、上の空でなんとなく聞いていた。
だって僕たちのような陰キャって基本モブですから。クラスの運営なんかに関われるわけないじゃないですか。基本は流されるだけです。店番しろと言われれば店番をして、休憩しろと言われれば休憩をして。去年もそんな感じだったから、今年もきっとそんな感じ。
なので、【文化祭に向けて吉村と二人でいた】というのは、要は二人でサボっていたというだけの話です。ごめんなさい。罰が当たりました。
転送装置で拉致されて、この監視室というか捕虜ルームというか、とにかく窓一つない部屋に放り込まれてもう二日になる。日に三度の食事は貰えるけれど、とても質素な内容で、なのにそれを羨ましそうに見る番兵の視線がものすごーく気になって仕方がなかった。
数時間に一度、この艦で偉い立ち位置らしい女性士官が尋問に来る。地球の文化や迎撃艦隊βに対する情報を聞き出そうとしてくるけれど、今のところ暴力には訴えては来ていない。二人とも手足の拘束はされてはいないけれど、尋問には必ず数名の銃を持った兵士が立ち会うので、下手な抵抗は出来ない。
例の四次元収納経由で帰ってしまおうかと思ったんだけれど、フタを開けても超空間には繋がっていなかった。きっと何らかの妨害だろうなと僕は思った。もしくはこの艦そのものが迎撃艦隊βに見つからないよう、次元の狭間あたりに潜んでいる影響じゃないかと思う。
そんな感じで男二人、ずっと閉じ込められているもんだから、妙な話題に花も咲くだろうってもんだ。
「しかし、今一つよく判らない部分もあるんだよ」
僕は話を変える。
「星雲人と連合軍が敵対するのは判るよ。でもそれを、もう何千年もやってるってのがどうにも」
「それだよなー。飽きないのかね」
「飽きる飽きないもそうだけど、わざわざあんな規模の宇宙艦隊まで作って毎回対抗するわけだろ?すごい予算も手間も情熱も必要じゃん」
「情熱ってなんか嫌だな」
「それをだよ?自分で身を守れないくらいに未開な惑星にタダでぽんと派遣するって、政治組織としてどうなのさ」
「タダじゃないだろ」
吉村は僕を指さす。
「えー?」
「えーじゃないよ、今回はお前名指しじゃん」
「でも対価として釣り合いが取れてないにも程があるだろ?」
「ああ、確かにそうだ」
「なんかこう他に、何か秘密があるような気がするんだよ」
「なんだそれ。お前に隠された価値があるとか言うわけ?」
吉村は僕を疑うような目つきでジロジロと、頭のてっぺんから足の先まで眺める。
「……お前の秘密って、ベッドの下の本とかパソコンの秘密フォルダの中身くらいだろ?」
「それはたぶん全国的に共通の秘密だと思う」
……しかし本当に何だろう。本当に善意で地球を守ってくれていて、僕のことは単なるオマケというこれまでの理解が正しいんだろうか?それとも何か、表にあまり出せない類の事情があるんだろうか。その手の話になると、いつもセフィアのテンションに押し切られてイマイチ突き詰めることが出来ていなかったけれど、こうして考えるとやっぱり謎だ。
「まあ判らんことをいくら考えても答えは出ないよ。ほら」
吉村が顎で扉を示す。カチャカチャと音がした。
「まーた取り調べだ。話すネタなんてもうないっつーの」
電子ロックじゃないし、自動ドアでもないんですよ、この戦艦のドア。本当に宇宙戦艦なんだろうか。
……というわけで、ここからはわたくしことメルフィルナ・ダラストゥスナ・ミフランティア・ナミシマ少佐がお送りします。やった、この艦隊では初の一人称かな?
ちなみに今わたくし達は戦艦バリアラーテを旗艦として、索敵行動をしています。セフィアリシス大佐はずっと艦長席におられます。すっごいピリピリしてて、迂闊に声をかけると大変なんです。
「……生体ビーコンの反応はないか」
「依然不明です」
生体ビーコンっていうのは、ある種の宇宙バクテリアが仲間との間で発する磁力波を利用したいわばマーカーで、キーホルダーとかアクセサリーとかの形で携帯しておればいざという時に位置が判るっていう優れものです。こういう設定ってわりとポピュラーですよね。
「司令官、そろそろお休みになっては」
ミコミコ……いえ、ササメユキ少佐が心配そうに。大佐に声をかけています。
「休んでなどいられるものか」
やっぱりそう返事するわよね。もうこれでこのやりとり五回目。さすがにアレだから、わたくしも参戦することにします。
「司令官?せめてお食事くらいは摂って頂きませんと。いざという時に力が出なくて、困ってしまいますよ」
「だが……」
「彼ならきっと大丈夫です。人質として価値があるから攫ったのなら、食事くらいは出しますよ。脅迫も犯行声明もないのなら、何か情報を引き出す目的なのかも知れません。なら、それなりの待遇も」
「情報目的!?……洗脳や自白剤。人格改造なんかも考えられるぅぅぅあああ」
あらやだ、思ったよりだいぶ煮詰まってるわこれ。
「司令官、僭越とは存じましたが、ご自宅の冷蔵庫からカレーのお鍋をお持ちしてあります。お召し上がりになって、少し落ち着きましょう」
「そ、そうか。こないだのが残っていたな。なら仕方ない、しばし席を外す」
そわそわとブリッジを出ていく大佐の後ろ姿が閉まるドアの向こうに消えて、その場のクルー全員が大きくため息をついた。
「かーわいいわねうちの大佐殿は。エリシエの気持ちもちょっと判るかな」
「少しは寝た方がいいぞ大佐殿は。ほとんど寝てないだろう」
「休息睡眠カプセルでも使って、一時間でも寝れば違うのに」
正直な話、力押しばかりで損したと見るや即尻尾を巻く、という行動パターンでずっと通して来た星雲人が、ここまで色々な手を仕掛けてくるのは異常なこと。前例は、ないのです。
そんな彼らがどうして今回はパターンを崩して来たのか。いや、パターンを崩してまで地球に拘っているのかしら?
ササメユキ少佐が、ブリッジクルーの半数に休息許可を出した。みんな大佐の鬼気迫る勢いに乗せられて、ずっと座り続けていたのよね。
わたくしも一つ伸びをして、とんとんと自分の肩を叩くササメユキ少佐の席へと歩み寄った。
セフィアリシス大佐の司令官赴任に伴って、私ことミコファリナ・ルククマステスル・アドナッソ・ササメユキ大尉は、同僚であるナミシマ大尉と共に幕僚として迎えられることになった。その際に二人とも少佐の位を頂き、参謀を仰せつかる。
この人事には、中央でも私の上司だったエリシエラシス中将の……当時は少将だったが……個人的な思いも含まれていた。天才司令官としてはまだ若すぎる妹を、苦楽をずっと共にしてきた親友である私たちに守って欲しいと。
正直、人事に私情を挟むのはどうかと思った。しかし彼女の、マハリマ一族の力はそんな指摘さえも跳ね返すだけの強さを誇っていた。エリシエが艦隊司令官として活躍し、十八歳でやっと掴んだ大佐の地位を弱冠十五歳で手に入れた俊英。経歴からは七光りなど微塵も見えはせず、実力だけで大佐まで昇って来た天才少女。
赴任直後の大佐は前任者のやり方を丁寧に聞いた。そしてしばらくはそのやり方を踏襲して見せた。いや、踏襲では語弊がある。路線を引き継ぎつつ、それ以上の戦果を挙げて見せたのだから。
「さすが司令、見事なお手並みです」
私の称賛を手で制して、それまで一度として崩さなかった厳しい表情を、彼女は崩した。
「いいや、これは全て諸君らが実力を遺憾なく発揮したからだ。この戦果は私だけのものではない、この艦隊全てのものだ」
そうして彼女は宣言する。
「これにて本艦隊、迎撃艦隊βは次のフェーズへと移行する」
「次のフェーズ、とは?」
「諸君には軍人であるが、その前に女性である」
「はあ」
「しかるに、当艦隊の綱紀はα、γ両艦隊と大差がない。これはあたしの主義に反する」
自らをあたしと呼び、セフィアリシス大佐はにいっと笑ってこう告げた。
「これからはあたしのやり方で行く!締めるところは締めるけど、基本は楽しくだ!楽しくやるよ!」
そんな大佐だから、無茶な残業にもクルーたちは黙って従っていた。けれど正直、あの入れ込みようは常軌を逸しているようにも思う。あの地球人に何か秘密があるのだろうか?それとも、この地球という星そのものに何かが隠されているのだろうか。
「あなたも少しお休みなさい」
飲料水のパックを差し出して、メル……いや、ナミシマ少佐が微笑む。その彼女の表情だって、疲れは隠せていない。
「今回の防衛任務は、判らない事だらけだわ」
「……お前もそう思うか」
「敵がしつこ過ぎる。策なんて使い始める。工作員なんて使って来たのは初めてのことよ」
「あの三人か」
私は、先日中央へ移送される捕虜の引き渡しに同席したのだが……あの身体的特徴はシロフォン遊星人のそれだった。わざわざ他星系の人間を斥候に使っている。
「ひょっとしてだけど……宇宙連合政府の存在を快く思わない誰かが、入れ知恵しているのかも」
「まさか」
一笑に付したように見せて、私は内心その指摘にドキリとした。まさか。
「まさかだといいんですけれどね。ダグラモナスを担いで、旧宇宙連盟の復活を目論むような連中がいたとしたら……これはとても面倒な話になりそうですからね」
「……なんでお前は、まるで黒幕みたいな悪い顔と声でそんなことを言うんだ」
「あらららら、そんな感じに見えましたわたくし?」
笑うナミシマ。まあ彼女なりの冗談ではあると判ってはいるが。いや、冗談めかしてはいるが、きっと彼女は色々と探っているはずだ。
私はため息をついて立ち上がる。
「ちょっと任せる。顔を洗ってくるよ」
「ごゆっくり」
ちょっとと言ったろうに、。にこやかに手を振るナミシマ少佐を残して、私はブリッジを後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます