第10話 水兵服とマシンガン

 一時限目、アリサは姿を見せなかった。古文の授業は滞りなく終わって休み時間となる。雑談と笑い声が飛び交う平和な教室。セフィアと高山も、特に何事もないように談笑している。なんだか一人緊張しているのが馬鹿らしくなってきた、その時。



 ピシャン!



 鋭い音を立てて、勢いよく教室後ろ側のドアが閉じられた。そこには、無表情なアリサ。


 どよ、と流れる困惑の空気。あいつ今日休みじゃなかったっけ?なんだ急に、あんな勢いでドア閉めて。しかも何か体の後ろに隠している。



 ピシャン!



 今度は教室前側から音がした。閉まった扉、そしてもう一人のアリサ。


 えっ?アリサが二人いる!?


 クラスメイトの誰もが我に返らないタイミングで、後ろのアリサが背中に隠し持っていた自動小銃を取り出して、壁に向かって放つ。


 ダダダダダ……!!


 「あわわっ!」

 「キャーっ!」


 我に返って驚き戸惑う生徒たち。と、前側のアリサがつかつかと黒板歩み寄り、平手で思い切り黒板を叩いた。


 「騒ぐな。全員黙って席につけ」

 「抵抗すると殺す」

 「あっ、アリサさ」


 ダダダダダ……!!


 床を抉る銃弾に、女生徒は思わずへたり込む。


 「席につけ」


 すっ、と高山がその子に歩み寄って助け起こす。


 「さ、座りましょ」

 「フン、早くしろ」


 アリサは冷たく言う。


 「貴様たちは人質だ」


 黒板の前に立っているアリサがそう宣言する。彼女の特徴的な顔の▼マークは、右頬についている。逆だ。


 「アリサが、ふたり?」


 誰ともなく呟きが漏れ、前のアリサは薄く笑った。


 「私はマリサ」

 「そう、彼女はマリサ。私がアリサ」


 後ろのアリサが言葉を継ぐ。


 「貴様たちは、この星から連合宇宙軍が手を引くまで人質になってもらう。返答次第ではすぐに解放されるから、政治家共の決断を待つがいい」

 「無駄よ」


 セフィアが冷静な声で言う。


 「連合政府は手を引かない。地球人だって馬鹿じゃない」

 「どうかな?未来のある若い命を無駄に散らすほど、大人たちは馬鹿ではないと思うが」

 「高校生一クラスぶんと地球の未来を天秤にかけられると、本気で思っているの?それは政治ではないわ」


 セフィアはいつになく挑発的だ。


 「政治ねえ……だがそれは私たちの管轄ではない。ここで云々する必要もないだろう、迎撃艦隊βの司令官殿?」


 生徒を威嚇するように教室の後ろをうろつきながら、アリサは言った。


 「この教室は窓も扉もロックした。教室を囲むように高性能爆薬も仕掛けてある。まあ、落ち着いて返答を待とうじゃないか諸君」


 余裕たっぷりにマリサは言った。



 ザザッ。


 何か耳障りな雑音がした。


 「占拠は順調か?」

 「こちらはオーケーだ。どうした、地球は要求を飲んだか?」

 「いや、検討の余地なしとハネられた」

 「チッ」


 マリサがどこかと通信している。星雲人なのか?音質の悪い無線からは、マリサと同じくらいに若い女性とくらいしか判らない。


 「仕方ない、見せしめだ。学生は皆殺し、教室は爆破して撤収せよ」


 ざわっ、とクラスメイトが動揺する。皆殺しと言った!爆破と言った!たぶんみんなの脳裏には、テレビのニュースでしか見たことのないテロの現場映像が再生されていることだろう。


 「まあそういうわけだ。済まないな」


 アリサは冷たく光る自動小銃の銃口を、一週間程度だけれど隣の席で授業を受けていた五十嵐まゆみに、向けた。


 「そ、そんなアリサさん」

 「これも任務だ、恨むな」


 アリサの指が、何のためらいもなく自動小銃のトリガーを、引いた。



 ダダダタダ……!!



 乾いた音と、周囲の生徒が上げる悲鳴で教室が満たされる。




 次の瞬間。




 脱兎の如く自席を蹴って飛び出した吉村が、アリサの背後から体当たりをして彼女を床に倒した。


 「何っ!?」


 マリサがその様子に注意を奪われたその時、セフィアの左手に握られた拳銃が火を噴き、弾丸が黒板にめり込んだ。


 「動かないで」

 「くっ!?」


 教室後ろ側の男子生徒数人が示し合わせ、アリサの手から自動小銃を奪う。床に倒れ伏した五十嵐に、高山瑠奈が駆け寄って抱き起す。


 「大丈夫、五十嵐さん!?」

 「高山さん……あれ、私、撃たれたのに……?」


 五十嵐まゆみに怪我はなさそうだ。高山はセフィアに向かってニッと笑い、親指を立てた。男前だなあいつ……

 そう、五十嵐が無事なのはあのスプレーのお陰だ。どこまで効果が持つかは知らないけれど、とりあえず命を守ってくれた。


 「あたしたちが何も気づいていなかったと思うの?あなたたちの作戦なんて、こちらは既に把握してる。諦めて投降しなさい、捕虜の扱いはちゃんと宇宙条約で」

 「ふははははは!」



 バン!



 扉を蹴破って、何者かが教室に乱入してきた。あれは!?


 アリサが……三人!?


 両腕にサブ・マシンガンを構えたその少女は、まさに三人目のアリサだった。頬の▼は両側にある。


 「全員動くな!!……アリサにマリサ、しくじったな」

 「すまないクラリッサ」


 ……あー、アリサ・マリサ・クラリッサってフルネームじゃなくてこういうことなのか。僕はまた余計なことを考えている自分に気付いた。いかんいかん。


 「こうなった以上は長居は無用」

 「教室の周りの爆発物は無力化してあるわよ」

 「何!?」


 セフィアの落ち着いた声に、マリサが何かとげとげの生えたスイッチボックスを取り出して、中央のボタンを押す。しかし、何の反応もない。もう一度押す。反応はない。

 くっ、と呻いてマリサは箱を投げ捨てた。


 「それくらいは想定済みだ」


 不敵に笑いながら、マリサとクラリッサに合流したアリサが、さっきのとは色違いにしか見えないスイッチボックスを取り出して教室中へ見えるようにゆっくり掲げる。



 「この学校全体にも仕掛けてある。全校生徒教職員、ここで瓦礫に埋もれてもらう」

 「あんたたちはどうするのよ」


 ぼそっとセフィアが言う。


 「……転送で逃げるに決まってるだろうが」

 「とっくにジャミング済だから。嘘だと思ったら試しに飛んでごらんなさい」

 「なんだと!?」


 マリサが微かに腕を動かす。さっ、と顔が青ざめた。


 「アリサ、クラリッサ、転移できない」


 動揺するアリサ。


 「やばいよどうする?逃げられない」

 「まあ落ち着けアリサ、マリサ」


 サブ・マシンガンをちらつかせて、必死に笑みを作るクラリッサ。


 「こうなりゃ目撃者を皆殺しにして脱出だ」



 ズダダダダダ!!



 両腕のサブ・マシンガンが火を噴く。弾着が絶え間なく机を、椅子をハチの巣にしていく。そして恐怖に身をすくめるクラスメイト達の体も……体も、体は……無事だった。


 「あ、あれ?」


 僕は四次元物入れからハリセンを取り出し、つかつかと三つ子に歩み寄って渾身の力で三人を次々にひっぱたいた。



 スパーン!!スパーン!!スパーン!!



 「さっきの五十嵐見てなかったのかよこいつら」

 「三人目は見てなかったわよ」


 セフィアもやってきて、クラリッサの両手からサブ・マシンガンをもぎ取り、うち片方を高山瑠奈に向けて放り投げる。

 それをさっと受け取って構え、天井に向けてトリガーを引く高山瑠奈。えっ!?


 ダダダダダ!!


 身を竦めて怯える三人を眺めて、高山は妖艶に微笑みつつ唇を舐めた。



 「カイ・カン」



 わぁおやっぱりこいつおっかねえよ!


 「残念でした、事前に防御コートかけといたの。対人レーザーも弾く新製品よ」

 「ぐぬぬ、やってくれるセフィアリシスめ!」

 「投降なさい。宇宙条約に則って、捕虜の身分は保証するわ」

 「甘いわ!」


 すっ、とスイッチボックスを掲げるアリサ。


 「こうなれば死なば諸とも!学校ごと瓦礫となるがいい!」


 ぽちっ、と押されるボタン、しかし、何も変わらない。ぽちっ、ともう一度押すアリサ。……しかし何も起きない。青ざめるアリサ。ぽちぽちぽち、連打するも反応はない。


 「あのさ、教室の爆発物に気付くってことは、他のにも気づくとか考えないかな?」


 セフィアはあきれ顔で指をぴちんと弾いた。すると、とてもぴっちりムチムチしたカーキ色の全身スーツに身を包んだ狐耳の美女が五名、すっと現れる。


 「ちなみにあなたたちの行動は全部、うちの特殊部隊が把握済み。いいから素直に投降なさい」




 ブリッジクルー以外のキツネ座人って初めて見たな、と僕がぼーっと見ていると、三人に宇宙手錠みたいな蛍光色のよく判らない枷を掛けるのを指示していた隊長っぽい女性(長い)がつかつかとセフィアに近寄って来て、ぴっと敬礼をした。サブ・マシンガンを僕に渡して、すっと敬礼を返すセフィア。こういうのはかっこいいんだよな。


 「では司令、捕虜三名はこれより輸送船バムラッドに移送します」

 「うむ、貴重な敵の捕虜である。中央から係官が来るまで、しっかり監視するように」

 「ラジャ」


 そして彼女は僕の方を向いて、僕にまで敬礼する。


 「ご苦労様でした、大佐の背のきみどの」

 「せの?」

 「あ、いえ。ハリセン・ブレードの冴え、お見事でした」

 「いやいや、あはは」


 ハリセン・ブレードねえ。冴えも何も、ひっぱたいたら派手な音を出すってだけのオモチャなんだけどな。僕はセフィアから受け取ったサブ・マシンガンを四次元収納に放り込んで頭を掻いた。


 捕虜一人につき一人の隊員が付き、残った一人は何かクラシカルなデザインの銃から出る謎光線で、破壊された教室内の備品を修復していた。むにむにと机の天板や椅子の背もたれが再生する様子は、見ていてなんだか気持ち悪い。抉られた床板までぷるぶると再生していく。


 「私はセフィアリシス大佐直属の特殊工作隊、隊長を任されていますニャミシルヴァ・メクタシア・クルギナスカ・リップル中尉であります。以後、お見知りおきを」

 「あ、どうもご丁寧に。長戸零士です」

 「リップル中尉、ご苦労」


 すすっとセフィアが僕の腕にしがみつく。あ、やっぱり気になっちゃいましたかね。


 「では失礼致します。爆発物については、今夜中に撤去作業を終わらせます」

 「よろしく頼む」


 しゅん、と五人プラス三人の姿が教室から消え、一拍おいて教室内にどっと安堵のため息が漏れた。


 「ああああ……」


 みんな自席にへたり込む。まあそうだよね、マシンガンで脅されて人質になるなんて経験、そうできるもんじゃないし。実弾発射されてるし。五十嵐なんて撃たれてるし。


 腕にしがみついたセフィアをそのままに、僕は教室を見回す。



 「あっ」



 僕は慌ててセフィアの腕から手を引き抜いて、サブ・マシンガンにうっとり頬ずりしている高山瑠奈からその銃器を回収する。教室の後ろにもひとつ自動小銃が転がっていたので、それも。こんなの放置したらまずいでしょ絶対に!


 凶器類を四次元収納に放り込んで、僕はやっと一息ついた。ちゃんと回収してくれよもう。

 僕が自席に戻ると、いささか緊張した顔のまま、ひょこひょこと吉村がやってきた。


 「いやー驚いたね」

 「全くだ。でも僕が一番驚いたのは、お前の突撃だぞ吉村。お前、あのスプレー」

 「ああ知ってたよ。ちょっと前に、海賊船の訓練で使わせてもらった」

 「海賊船ってあれか?ちびっこのとこか?」


 訓練て。


 「いやさ、なんか海賊のみんながすごいグイグイ来るんだよな。あのスプレーかけとくと銃も刀もサバゲー感覚だしさ、匂いがちょっと独特だけど」

 「お前はいったいどこを目指してるんだ……」


 なんだか僕よりすごいことになってるな、こいつ。


 「ただまあ、綿密に計画してるっぽい割に、ツメが甘いよね」

 「あー、それはあたしも思った」


 自然に会話へ入ってくるセフィア。


 「今回は三段構えだったっしょ?ちょっと安直っていうか」

 「三段構えが安直?そうかな?」


 僕は首を捻る。そう言えば、一連の展開でセフィアは一度も驚いてはいないようだった。


 「それって、事前の調査とかで敵の作戦が判ってたってこと?」

 「ううん」


 さも当然といった風に、セフィアは答える。


 「だってシロフォン遊星人って基本的に三つ子だもの」



 知るかー!!









 「工作員386号、同387号と同388号が宇宙連合軍に捕獲されました」


 副官の報告は淡々としている。


 「地球政府の意思が盤石と見るべきか、よほど強固な絆を結んだか?ためらいも見せないというのは、少々異常だな」

 「はっ、過去の精神攻撃において、未成年の命による脅迫はどの星系でも有効でした」

 「地球人は未成年の命に価値を見出してはいないのか?それとも、最初から全てがうまく運ぶという楽観論の信者なのか」


 彼女は深く考える。予算も、残存兵力も心許ない。委員会に無理を言って探線延長の許可は貰っているが、ここにきて人員・物資の損害は痛手だ。修学旅行の代金まで支払ってしまっている。


 性に合わないな。彼女はそう思った。あれこれ策を弄することは、やはり性に合わない。だが何もかもが限られている以上、策に頼らねばならないのもまた事実。


 「……工作員三名の登録は抹消しろ、どうせ使い捨て前提だ」

 「はっ」

 「折角入手した資料だ、これは活用させて貰おう」


 彼女のデスク上には、クラスの時間割と行事予定のプリント。


 「委員会も苛立っている。貴様らにも苦労をかけるが……我が星雲のためだ」

 「はっ、我が星雲のために!」



 見ていろ宇宙連合……彼女の瞳は深く、憎悪の色に染まった。




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