第9話 風速三十メートル
「ごめんなさいでした!」
深々と頭を下げるアリサに、誰も何も言えない。
「実は私……ソシエ第7球状星団M41星系の出身じゃないんです!」
いや、そんなこと言われても誰も判んないんだけど……
「そうよね。その髪と肌は遊星シロフォンの住民の特徴だわ」
腕組みをしながら、セフィアが静かに言う。本部から調査結果が届いたんだろうか?
「はい、おっしゃる通り私はシロフォン遊星人。しかし事情があってソシエ第7球状星団M41星系に家族で植民していたのです」
「宇宙移民かー」
吉村が間抜けな声を出す。適度に緊張感を壊してくれるなぁこいつは。
「ソシエ第7球状星団M41星系のラージョン星は百年前、ダグラモナス星雲人の侵略により滅びました。彼らが収奪し尽くして出て行ったその星に、その後様々な星から移民が殺到したのです」
ここでも星雲人の名前が出て来た。あいつらロクでもないな……
「ですが後発の私たちシロフォン星雲人は、惑星ラージョンでの地位を手に入れられず……」
なんか涙声になってきたぞ。アリサの声に感情が入るのはこれが初めてな気がする。
「仲間たちは迫害され、私も学校ではずっといじめを受けてきました。なので、ここでも過剰に反応してしまったのです。長戸くんのことも、初めて味方になってくれたことが嬉しくてつい……本当にごめんなさいでした!」
うーん。
これどうなんだろう。連合軍の調査結果まで聞いてないから、身の上話がどうとか判断はつかないけれど……やっぱりうさんくさいよなぁ。
「ま、まあいいんじゃない?謝ってくれたなら、チャラってことで」
高山瑠奈が引き攣った笑顔で言う。この笑顔を見る限りは、警戒モードは継続中だろう。
「まあそうね、一応辻褄は合ってるみたいだし」
興味ないわ、みたいな風にセフィアは言った。そりゃあ敵も軍隊なら、辻褄合わせくらいはしてくるだろう。問題はむしろその先だ。
「とにかく、あなたがきちんとした転校生であるなら、その身分については何も言うことはないわ」
「ありがとうセフィアリシスさん」
「でもね、レイジにちょっかいかけても無駄よ。それだけは覚えておいてね」
「はい、気を付けます」
アリサはにっこりと笑った。笑えば二割増しで美少女だ。あ、いや、これは一般論です。
「どうも判らん」
「何が?」
僕とセフィアは廊下の窓辺に並んで空を見上げていた。天高く馬肥ゆる秋?冗談言っちゃいけない、九月の頭なんてまだ夏の続き。延長戦でもロスタイムでもない。まだセミ鳴いてるし。
「謝ってどうするつもりなんだろう」
「クラスに溶け込みたいのかな」
「溶け込んでどうするんだ?」
「安心させておいて、クラスメイトを人質に取るとか」
「むっちゃ怖い」
「あら、それくらい想定内よ」
なんかセフィアがさらっとすごく怖い事言ってる。
「でもねー、うち相手にそういうことしてもムダなんだよね」
「ムダとは一体」
「前に言ったでしょ、あたしのとこの本星は電脳化されてるって」
「はあ」
セフィアはくすくす笑う。
「同じ技術で、この学校の関係者は全員、定期的にバックアップを取ってるわ。もし人質にして殺したとしても、バックアップから復元再生できるもの」
「なんですと」
……あれ?
「あのーセフィアさん」
「はい?」
「そしたらその、あの木星での一連のあれは」
そうだ。みんなすっごい泣いてたし、生還をすっごい喜んだんだぞあれ。
「あはははは、うん、あたしはあの時、再生復活で戦線復帰するつもりだったよ」
「ひどい……僕すごいあれこれ考えたのに」
セフィアだって泣いてたから僕もぼろぼろ泣いて、なんか柄にもないこと言って。必死に無い知恵絞って。
「いいのよレイジ、あれはあれで正解だった。あの時点でのあたしのバックアップは六時間前だったから……全ての記憶をちゃーんと持ち帰れて、あたし本当に感謝してるのよ。あなたの本音も聞けたし、嬉しかったし」
なんだか釈然としないな……と難しい顔をしてる僕の左頬に、セフィアが軽くキスをする。
「ね、機嫌直して」
「なんか誤魔化されてる気もする」
「色々と、機密だから事前には話せないこともあるのよ」
やっぱり釈然としないけれど、バックアップが当然の処置なら、まあ【クラスメイトというだけで巻き込まれてえらい目に遭う】というイヤーンな話だけは避けられそうでちょっと安心。後味悪いもんね。
「いやたぶん、連中ムダってことに気づいてないから、やってくるよ人質作戦」
「えっ」
「だって工作員送り込んでくるなんて初めてだし、きっとそこまで情報持ってないわよ。情報持ってる組織なら、あんな間抜けな潜入しないでしょ」
その間抜けな潜入工作員に、色々引っ掻き回されたんですけどね僕ら。
「なんだよそれ、超おっかないじゃん。みんな危険じゃん」
「だから気を付けてって、こないだから言ってるでしょ」
とほほ、なんかえらいことになってきたぞ。クラスメイトを人質にとか、いくらなんでも悪質でシリアス過ぎるだろ。勘弁してくれよ……
その週、星雲人の表立った動きは見えなくて、授業中に戦艦のブリッジへ呼び出されることはなかった。
アリサにも不審な動きはなく、また僕へのおかしな接触もなかった。
クラスの女子は高山瑠奈の指揮の下、表面上は普通のクラスメイトとしてアリサと接している。よく笑い、その他表情も表に出すようになったアリサは、事情を深く知らない男子たちの一部から支持を集め始めた。
「男って奴は仕方ないよなぁ」
あきれ顔で吉村は言う。まあ事前にお相手なり目標なりが定まってるならともかくとして、フリー状態のところに割とあざといエキゾチック系異星人の美少女が同じ教室にいるのなら、しかも転校生で色々手助けを必要としているのなら……棚ぼたというかなんというか、そーいうのを期待する連中がいても仕方ないと思う。
そんなある日。
セフィアと登校してきた僕は、昇降口の脇で小さく手招きする人影に気付いた。
背の高いすらっとした肢体に黒い髪、切れ長の目。クールビューティー、ササメユキ参謀だ。
「どうした少佐」
「いよいよ動く模様です。無力化は完了しています」
「ご苦労」
「仕込みも完了していますが……」
「資料通りなら来るだろう。無線封鎖とジャミングのタイミングは間違えるなよ」
「了解であります」
あー、なんかこう美女と美少女の会話じゃないよなーいつ聞いても。しかしセフィアに任せっきりっていうのも、どうにも情けないよな僕。
はあ、とため息をついた僕を見て、ササメユキさんが珍しくにいっと笑った。
「あら旦那さま、ご機嫌斜めですね」
「まだ旦那じゃないよ。僕はなんだか当事者みたいな立場なのに、肝心なところはいつも蚊帳の外みたいでさ。こういうの、結構きついんだ」
「男の子はヒーローでいたいものなんですね、判ります。今の旦那さまは、ヒロインポジションですから」
「男でヒロインってなんか嫌だ」
ササメユキさんは何かに思いを馳せ、そしておもむろにポケットから何かを取り出して僕の手に握らせた。
「じゃ、旦那さまにはこれをお任せします」
ササメユキさんが僕に渡したのは、パーティーグッズのようなスプレー缶だった。これ昔見たことあるかも、なんかスチロールの細い糸みたいなのが出るやつだったかな?でも缶に印刷されてるロゴも文字も、たぶん宇宙のやつなので全く読めない。なんかファンキーなデザインってことだけ判る。
「なんですこれ」
「朝のうちに、ご学友にスプレーしてあげて下さい。いい匂いのする、防御コートスプレーです。実弾や対人レーザーくらいなら防げます」
その言葉に僕はどきりとした。無力化、仕込み、そして防御コート。
ササメユキさんはセフィアの方に向き直り、いつもり冷静な顔に戻った。
「大丈夫、大佐なら上手くやれますよ」
「ありがとう。信じよう」
どこかで聞いたやりとりの後、ササメユキさんは転移で姿を消した。僕とセフィアは緊張しながら……僕だけかも知れないけれど……教室へと向かった。
教室の中にアリサの姿はなかった。その他のメンツは大体揃っている感じだ。僕は手の中のスプレーに目をやって、大きく息を吐いた。
……いややっぱり僕には無理だよこれ。突然仲が良くもない男子からスプレーなんてかけられたら女子は大騒ぎだろ。女子だけじゃない、イケメン連中なんか身支度に余念がないはずだから、わけのわからんもの吹き掛けられて喜ぶはずがない。
だめだ、あいつに頼むしかない。
僕は意を決して、高山瑠奈とその取り巻きが楽しくお喋りしているエリアへと近づいた。ううっ、すごいプレッシャーだ。なんという圧力とオーラ……これが陽キャの力だというのか!
精神的に風速三十メートル近い抵抗を受けながら僕は高山瑠奈の前に立ち、そして怪訝な顔をする彼女の机にスプレー缶を静かに置いた。
「……何?」
「すまん高山、詳しく話している余裕がない。お前だけが頼りだ。このスプレーをクラスの連中に……全員にかけてくれ」
缶スプレーの表面を見て、高山の目から猜疑が消えた。読めない文字で何かを悟ってくれたか?
「……いいわよ」
スプレーをしゃかしゃか振りながら、高山瑠奈が笑顔で立ち上がった。
「ねーねーみんなこれ知ってる?海外ですっごい流行ってるパーティーグッズなんだよ!?ほら、えいっ」
ぷしゅーーーーー……
周囲の取り巻きから男子生徒にまで、無差別にスプレーを振りまく。確かにフローラルというか、何かとてもいい香りがする。虹色の微細な粒子が教室を舞う。
「ほーらほーら、いい匂ーい!みんなにもお裾分けするよーん、そーれっ!」
ぷしゅーーーーー……
薄々察する取り巻きも、全く事情を知らない男女クラスメイトも、高山瑠奈のスプレーを浴びていく。虹色の粒子が彼らを彼女らを包んでいく。もたろんセフィアも、僕もだ。
しかしまあなんていうか、こういうの僕には絶対無理だよな。僕がやったら陰キャが不審物持ち込んだとかで下手すると警察沙汰の可能性もある。学年のアイドル、高山瑠奈だからこそキャッキャウフフで済んでいるわけだ。これは人望なのか、人徳なのか、それとも前世の因果か。
なんかこう、僕っていったい?という無力感と絶望感が床板の継ぎ目から染み出してきそうで、僕は慌てて首を振る。
さほど大きくない缶だったからか、間もなく中身は尽きた。はーいおしまーい、またゲットしたら持ってくるねーと高山は締めくくり、空っぽになったスプレー缶を僕にそっと返す。
「……ありがとな」
「……今日なの?」
「らしい」
短く言って僕が自席に戻ると、セフィアが鋭い目つきで僕を見る。
「高山さんといつの間に仲良くなったの?」
えええ、そこですかー?
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