第8話 私とあなたの、愛の記憶

 午後の授業ギリギリにセフィアは戻ってきたが、僕と目を合わせようとせずまっすぐに前を見るばかりだった。休み時間に高山たちと普通に雑談はしていたが、とにかく僕の方を見ようとしなかった。


 転校生のほうはと言うと、彼女も特に自席から動こうとはしていなかったが、僕がちらりと見るたびに無表情のままひらひらと手を振った。その様子を見て、周囲の女子がひそひそ話をしていた。ああ、なんかよく判らないけどきっとこの居心地の悪さが【針のムシロ】ってやつなんだろうな。



 六時限目が終わった。



 SHR(ショート・ホームルーム)の前に短い掃除時間がある。今週僕の当番は廊下なのだが。


 「ちょっと顔貸してくれるかなー」


 高山瑠奈が笑顔でそう言った。あ、でも僕はこの顔を知っている。あの校長室で見た、偉い政治家の顔と一緒だ。目が笑っていないんだ。


 僕は数人の女子に連行される形で、階段を登った先、屋上への入口手前に連れ込まれる。この先は鍵がかかっていて、行き止まりという認識だ。



 「あのさー長戸」



 呼び捨てだ。そしてめっちゃ怖い声。てか高山ってこんな口調で話すの?いつもニコニコ学年のアイドル、という感じの彼女しか知らない僕は動揺する。


 「あんたなんなの?」

 「えっ?なんなのって」

 「何チョーシ乗ってんの、って言ってんの」

 「……は?」


 調子に乗ってるとか言われても、困る。僕にはそんなつもりは毛頭ない。


 「は?じゃねーよ」

 「とぼけんなよ」


 取り巻きたちが声を荒げる。えー、この子たちもキャッキャウフフ要員みたいな感じに思ってたけど、こんなにおっかないんですか?


 「あのさー、あんたがどうなろうと知ったこっちゃないんだけどさ、クラスの雰囲気悪くすんのだけは、やめてくんないかな?」

 「いや知らんがな。転校生のアレはお前だって間近で見てたろ?あれ僕のせいかよ?」

 「そーいうこと言ってんじゃないんだよね」


 しかしまあなんていうか、少なくともこの取り巻きたちは高山瑠奈のこういう一面を知っていたわけなんだろうな。ひょっとしたら、知らなかったのは僕だけだったりするかも知れない。


 美しくしなやかな黒髪を無造作にぼりぼりと掻きながら、高山瑠奈は言い放つ。



 「セフィアを泣かせるような真似をすんな、って言ってんだよ」



 わを。



 あーそうか。転入してきてほんの数か月だけど、ここまで親身になってくれる友達をセフィアは作っていたんだ。僕なんかよりずっとクラスに溶け込んでたんだ。僕はなんだか自分のことみたいに嬉しくなってきた。いやそれでいいのか僕。


 「あ、ああ、それはない。それはしない。大丈夫」

 「ほんとかよ?」

 「誓ってもいい。大丈夫。それより、高山」

 「ん?」

 「セフィアのこと、そこまで親身に心配してくれて、ありがとうな」

 「なっ」


 予想外のセリフだったのか、高山瑠奈は腕を組んでそっぽを向く。頬まで赤らめている。


 「うっうるさい。いいか、セフィアの真心を裏切ったら、あたしが……クラスの女子が許さないからね」

 「ああ、判った。それより、折り入って頼みたいことがあるんだ」

 「……言ってみなよ」


 僕はひとつの懸念を打ち明けてみることにした。


 「ひょっとしたらあの転校生は、敵のスパイかも知れないんだ」

 「いや、あんた……それ本気で言ってんのか?」


 驚きを隠せない高山と取り巻きたち。ふふふ、僕の慧眼に驚くがいい。


 「可能性は捨てきれない。セフィアもそうじゃないかって言うんだ。だからさ」

 「いや、あんた……ていうか、どう考えてもスパイだろあれ」

 「え?」

 「それ以外ないだろ」



 あー、あれ?



 「これだ。なんなの当事者のくせに。呑気だねー」

 「そんなのとっくにお見通しー。騒ぎにはしたくないから黙ってるだけー」

 「あんたも探り入れたいなら、あんまり変な事して警戒させるんじゃないよ?」


 なんかボロクソに言われてる。いや、怪しいとは思ってますよ?思ってるけど、あんなバレバレで来るって思います?だから慎重に入ったのに。


 「いやまあ、みんながそう考えてるなら、それでいいや。何かあったら、セフィアか僕に知らせてくれればありがたい」

 「あんたに話しかけるくらいならセフィアに言うよ」


 そうですよね。そうなりますよね。


 「まあいいや、話ってのはそれだけ。とにかく泣かせるなよ」

 「うん、それは心掛ける」


 僕の返事にひとつ大きく息を吐いた高山瑠奈は、取り巻きに目配せした。


 「さ、戻るよ」

 「はい」

 「はーい」


 なんかしょんぼりしてしまう。僕はまた女子に囲まれて、教室へと戻った。もうすぐ掃除も終わる。僕がやるはずだった廊下の掃除は、高山の取り巻きの一人が代わってくれていた。ありがとう、名も知らぬクラスメイト女子よ。


 「セフィアーん、どったのたそがれてー」


 高山が一人席に座っているセフィアに声をかけて近寄って行く。うわー切替凄いなー。あーでもあれか、部下に命令出す時と普段の時で、セフィアも切り替えてるか。みんなそうやって自分を使い分けて生きてるのか。


 SHRも無事終わり、僕たちは家路につく。問題があるとすれば……セフィアがずっと無言のまま、僕の半袖シャツの袖口を握ってついてきていることくらいか。




 「今日の夜は何にしようか」


 返事はない。


 「昼うどんだったし、ちょっとガッツリ行ってみるかね」


 返事はない。


 「それとも何かさっぱり系の方がいい?」


 返事はない。


 「何か食べたいものがあったら言って、出来る限りの努力はするぞよ」


 「……ガクスメクスのペララッタリンが食べたい」

 「え?」


 セフィアがぽつりと言った。なんだって?



 「ガクスメクスのペララッタリンが食べたいの!!」



 叫んでセフィアは脱兎の如く駈け出した。一瞬見えた横顔は泣いていたように思う。あの日木星の重力下で、さようならと言った彼女の瞳の色と、同じだった。


 一人残された僕はしばらく呆然と立ち尽くし……エリシエさんから「いざという時用に」と渡されていたアドレスに向けて【ご相談したいことがあります】と短文のメールを送った。




 ……地球のスマホからで届くんだろうか。


 ふと疑問が湧いた瞬間に、通話の着信音が鳴る。


 「あ、はい長戸です」

 「はいはーいレイジくーん、元気してたー?」


 エリシエさん、ものすごいテンションだ。仕事中ではないようで良かった。


 「これは書式が違うと言ってるだろう!B7の報告様式を使え!」


 あっ、仕事中だったみたい。


 「あの、お忙しいようならまた後でも」

 「いーのいーの、もう上がるしこれ私物の電話だから。ずっと待ってたのよ君からの連絡!それでそれで?どうかしたの?何かあったの?んもう、お義姉さんって呼んでもいいのよ遠慮しないで?」


 テンションがすげえ。まだ職場にいるんじゃないの?大丈夫なのこれ。


 「いやその、ガクスメ?のペララタ?って、どんな料理ですか?」

 「……レイジ・ナガト。事を仔細に述べよ」


 あっ……軍人モードだ。僕はここが道端であるにも関わらず、スマホを耳に当てたままピシッと姿勢を正してしまった。


 「はっ、報告します。本日我々のクラスに転校生が来ましてかくかくしかじか、というわけです」

 「ふむ」


 電話の向こうでは、エリシエラシス中将殿が何か考え込んでいる雰囲気であった。


 「レイジ・ナガト」

 「はっ」

 「その転校生の件については、迎撃艦隊βの司令官より正式に調査依頼も来ている。調査部にはこちらからも念を入れるように申告しておこう」

 「ありがとうございます閣下」

 「そ・れ・か・らー」


 途端に口調が柔らかくなった。


 「ねね、ほんとにセフィアったらそんなこと言ったの?」

 「そんなこと?」

 「だーかーらー、ガクスメクスのペララッタリンよっ。ほんとにそう言った?」

 「え、ああ、早口だったし、長いからいまいち覚えきれなかったですけど、たぶんそれです。そんな感じです。それ食べたいって言って走って逃げました。……それって何か、特別な宇宙の料理だったりするんですか?」


 電話の向こうでエリシエさんがくすくす笑う。


 「いやいや、笑わないでくださいよ。そもそも僕そんなの聞いたことないですし。そちらの星の郷土料理とか、何かセフィアの好物とか思い出のある料理とか、そういうのでしょうか?」

 「あっははははは!」


 なんかすごい笑われた。


 「ごめんね、つい。ぷくくくく」

 「笑ってないで、教えて下さいよ」

 「いひひひひひ」

 「嫌な笑いだ」


 何がツボだったんだ?僕何か変な事言ったか?食べたいっていうものの事を聞いてるだけだぞ?


 「はーはー、涙出ちゃったわ、あなたたちほんっとに可愛いねー。これが若さなのかしら、って私もまだ若いわよ。何なのよもうほんとに」

 「何なのって言われても」


 一人ボケツッコミまで交えられても、全く意図がつかめず困惑する僕。何なのって言われてもなあ。


 「はーやっと落ち着いた。えーとねレイジくん。君セフィアと家事は交代でしてるのよね?で、得意料理とかってある?」

 「得意っていうか、まあカレーは簡単なのでよく作りますけど。週一とかで」

 「あー、地球のカレーライスね。なるほど、じゃあそれね。それでいいわ」

 「えっ?」


 さらに困惑する僕。それでいい?


 「いいこと、特別なことはしなくていいから。いつも通りに、いつも食べてるようなカレーを作りなさい。余計なことはしたらダメよ、トッピングとかも、普段してないなら特段いらないからね」

 「はあ、そんなんでいいんですか?」

 「むしろ、それじゃないとダメ」

 「……はあ、判りました」


 よく判らないけれど、とりあえずアドバイスは貰ったぞ。


 「あ、あとひとつ訊きたいんですが」

 「んー?なになに?」


 返ってくる答えについては、おおよそ予想がついている。でも聞かずにはおれない。


 「僕、頂いたエリシエさんのアドレス宛にメールを打ったと思うんですが、どうして返信が電話なんですか?」

 「ああ、送信経路の逆探知とデータベースのハッキングで番号ゲットしたのよ」


 やっぱりだ!やっぱりそういうのだった!しかも結構早かったぞおい!


 「んふふー、この番号は私の私用だから、何かあったらいつでもかけてきていいのよ。何もなくてもかけてきていいのよ。ていうかかけなさいね?」

 「セフィアに怒られそうな気がするので、用のない時は遠慮します」


 ただでさえ今困ってるっていうのにこの姉は。面白がりすぎだろ……


 「まあとにかく、早く帰ってカレー作ってあげてね。じゃ、ばははーい」


 プッ。ツーツーツー……電話が切れた。せっかくだからエリシエさんの番号も電話帳に登録しておくか、と思って履歴を見たら、桁数は合っているけど見たことのない文字の羅列が表示された。なにこれ宇宙数字?なんでそんなフォント入ってるの?それとも文字化け?


 恐る恐る電話帳の保存ボタンを押してみると【不正な文字列が入力されています】というエラーが出て保存できなかった。メアドはアルファベットなのに……


 まあいいや。用があったら、履歴からリダイヤルすればいいんでしょ。できるかどうか知らないけど。




 ジャガイモとニンジンは買い置きがある。タマネギは心許ないので買っておこう。カレールーもいつのも奴をカゴに入れた。肉をどうするか。

 ちょっと豪華にしてやろうかな、と一瞬思ったけれど、いつも通りのを作れと念を押されたことを思い出して……特売品の、豚のこま切れを買う。肉は少なめでジャガイモが多めなのがうちのカレーだ。


 家に帰ると、玄関にはセフィアの靴がちゃんとあった。良かった、どっかに行ったわけじゃない。リビングにはいなかったのでたぶん自室だろう。僕は階段の下から声をかけてみた。


 「おーい、帰ったよー」


 返事はない。


 「今からご飯作るからね。出来たら呼ぶから。今日はみんな大好き、カレーだよ」


 返事はない。まあいいか。

 まずは米の準備だ。関係ない話だけど、無洗米って。まるで洗ってないみたいだよなと毎回思う。ガッチリ洗わなくていいお米のことなのに、まるで逆な印象を受ける。

 父にその話をしたら。漢字の意味的には無洗米で合っているぞと言われた。洗う必要が無い米で無洗米、洗ってない米なら未洗米だろうと言うのだ。まあ確かにそう言われればそうかも知れない。でも判りづらいよね。

 無洗米だけどとりあえずささっと洗って炊飯器にセット。スイッチを入れて一時間くらい待てばよい。


 次にカレーの準備に入る。野菜の皮を剥いて適度な大きさに切る。タマネギは半分はざく切りで、半分はみじんにする。あ、ここから先の作り方はルーの箱裏面に書いてあるのと大差ないので省略。レシピ通りに作れば、たいていうまい。


 僕は時計を見る。もう七時を回っていた。ちょいと時間かけすぎたかな?でもやっとお米も炊けたし、カレーも少しは落ち着いたというか馴染んだだろう。僕は階段の下から、またセフィアに声をかけた。


 「おーい、ご飯だよー。降りといでー」


 返事はない。


 ないけれど、ぶすーっとむくれた顔をしたセフィアがのっそりと会談を降りて来た。


 「こら、まだ制服じゃないか。シワになるからすぐ着替えろって」

 「超次元コートかけてるから大丈夫でーす」

 「口答えばっかして」


 なんで僕がお母さんみたいなセリフを!?


 「とりあえず着替えておいでよ、今よそうから」

 「うん、そうする」


 とんとんと階段を駈け上るセフィア。ちょっと足取り軽いかな?どうだろう。

 部屋義に着替えて戻って来たセフィアに、僕はカレーライスの皿を差し出した。


 「ほい、今日のカレー、お肉は豚こまでーす」

 「わあ、いただきます」


 期限が戻ったみたいだ。セフィアは笑顔で食べ出す。やっぱりしかめっ面よりも笑顔がいいな。


 「学食のもいいけど、うちのカレーもいいよな。インスタントだけど」

 「うん、おいしいね。おいしい」


 うちのカレーはジャガイモが多めなので、暑い季節に鍋を出しっぱなしにしているとえらいことになる。僕は食事の手を止めてキッチンに向かい、鍋から荒熱が取れていることを確認してラップで封をし、冷蔵庫に入れる。


 味噌汁もカレーも、すぐダメになるんだよね……


 食卓に戻ると、セフィアはカレーをあらかた平らげていたので、僕も残りを急いで食べた。


 「ごちそうさま、お皿はあたしが洗うから、休んでていいよ」

 「お、じゃあお願い」


 僕は言って皿をシンクまで運んでから、リビングのソファに腰を鎮めた。

 シャー、と流しで水仕事の音がする。鼻歌が聞こえる。セフィアだ、洗い物をしながら鼻歌を歌っている。何の歌だろう、聞いたことのないメロディーだけど、なんか上機嫌っぽい。


 何気なくテレビのスイッチを入れる。いつもはニュースとか情報番組くらいしか見ないけど、てきとうに当たり障りのなさそうな局に変える。旅行番組のようだ、これにしとこう。


 「終わったよー」

 「おつかれさん」


 セフィアは僕にぴったりと身を寄せて座った。いつもより密着度が高い、


 「な、なに?」

 「んふふ、ひょっとしてお姉ちゃんに訊いた?」

 「あ、ああ、あのなんか長い名前の食べ物」

 「うん」


 隠しても仕方ないので正直に。ここ数か月で僕が学んだことだ。


 「うん、聞いたよ。そしたらいつも食べてる料理をいつも通りに作れって」

 「ふひひひひ」

 「何その笑い、ちょっと怖い」

 「いいのいいの。だからカレーなの?レイジってカレー好きだよね。週に一回は作るし、学食でもよく食べてる」

 「まあ、日本人はカレー好きだし。お菓子とかラーメンとかも、カレー味のやつ多いし」

 「確かにいっぱいあるよね」

 「そういやさ、初めてセフィアと学食でお昼食べた時、僕何も聞かずにカレー頼んじゃったけど……大丈夫だった?」


 セフィアは記憶の引き出しにアクセスしている。思い当たったようだ。


 「うん、大丈夫だったよ。似たような見た目で、もっとつらい料理が宇宙にはあるから、少し身構えはしたけど」

 「……つらい?からいじゃなくて?」


 辛(つら)いも辛(から)いも同じ字を書く。まあ辛すぎるのはつらいけれど。


 「つらいの。食べてると心がしんどくなる料理。味は絶品なんだけど、食べるのにすごく勇気がいる」

 「そんなの食べたくない……なんなんだ宇宙」

 「うんうん。そうだよね。そうなんだよレイジ。ふひひひひ、レーイジー」


 変な笑いで、セフィアは僕の胸に顔をこすりつける。なんだこれ、マーキング?


 「……今日はごめんね、あたしちょっと冷静じゃなかった」

 「あ、ああいいんだよ。そういうこともあるさ……あの転校生のことだけど」

 「……うん」

 「エリシエさんからも、しっかり調査させてくれるって。高山とかクラスの女子も勘付いてる。大丈夫」

 「うん。あのねレイジ」


 セフィアが顔を上げた。近い……


 「きっと色々、敵は仕掛けてくると思う。きっと近いうちに大攻勢がある。だけど頑張るからね?負けないからね?」

 「うん、一緒に頑張ろう」


 僕はぽんぽんとセフィアの頭を撫でた。


 「ところでさ」

 「うん?」


 僕は疑問を口にする。


 「結局のところ、ガクスメのペラリンって何なの?」

 「あ、あれね。あのねそれはね。二千万年前に滅びた星系があってね。その文明の遺跡の碑文にね」

 「スケールでかいな」


 顔を赤くして僕から離れるセフィア。なんかもじもじしている。


 「その、意味はね」

 「うん」

 「あっ!」


 急に何か思いついたようにセフィアは立ち上がった。


 「そうだ宿題するの忘れてた!早くやんなきゃ!」

 「えっ?今日宿題なんか出てたか?」


 きゃーいっけない、と騒いで階段を駆け上り、自室のドアをバタンと閉じるセフィア。なんだあれは。まあいいか、また言われたらカレーを作ればいいんだし。好きな食べ物くらいの意味かも。


 しかしなんていうか、あの転校生の行動には違和感しかない。スパイだとして、目立ちすぎじゃないか?あれで自然だと思ってるんだろうか。地球人に変装くらいしたらいいのに。


 例えば昔の特撮番組なんかだと、味方に化けるとか乗り移るとかで入り込んでたんだけどな。長兄のことなんか放っておけよ、みたいなことを言う異星人兄弟のことを僕はぼんやりと思い出していた。腹ペコで食事を優先したいから、警戒中の長兄の到着を待たずに食べちゃおうぜ、と。結局あの長兄は、ごちそうにありつけたんだったかな?


 色々考えても仕方ないので部屋でゲームでもしてから寝るか。宿題なんて、出てなかったと思うし。






 「うーむ」


 報告書に目を通し、彼女は唸る。


 「敵対者への挑発はうまく運んでいる。関係にヒビを入れることも出来そうだ。だが周囲の反応がどうにも芳しくないな」

 「は、なにやら警戒されている様子も見受けられます」


 顎に手をやり、考え込む。


 「……無口キャラは、あまり能動的に行動しないのでは?」

 「ふむ」


 副官のその言葉。確かに腑に落ちる気がする。


 「無口、不思議、宇宙人。そこに積極性は、相性が悪かったか」

 「しかし、今からの路線変更は危険です。クラスでハブられる可能性も」

 「ハブ、られる?」

 「つまり、あまりに急激なキャラ変更は周囲からの不審を買い、誰も近寄らないのではないかと」


 なんだこの副官は。普段の軍務の時より饒舌だぞ。


 「ここは一度、積極要素を抑えてクラスに溶け込むことが先決かと」

 「だがしかし……時間の余裕がない。無口キャラではなかなかクラスに馴染めんだろう。むしろこの場合、無口キャラを捨てるべきだな。緊張していたとか、前の惑星では迫害されていたとか、そういった理由をでっちあげれば良い」

 「さすがです。感服いたしました」

 「うむ、ではその方向で進めろ。失敗は許されん。我が星雲のために」

 「我が星雲のために!」


 副官が執務室を出て行った。彼女はひとつため息をつき、デスクの上の文庫本を一冊、手に取ってページをめくる。


 「地球の文化とやらもやっかいなものだな」






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