第7話 きつねうどん

 ピピピピッ。


 二学期最初の授業だというのに、電子音が鳴った。


 「状況を」

 「アステロイドベルトに重力震発生。敵中規模艦隊のワープアウトとの予測です」

 「新型の警戒センサーか、上出来だ。月軌道艦隊より迎撃部隊を編成、旗艦はノストゥマとする。これより転移、指示を待て」

 「ラジャ」


 すっ、とセフィアが手を挙げる。


 「先生、戦闘してきます」


 とうとう、許可を求める挙手から宣言になってるぞ。


 「はい、行ってきなさい」

 「行くわよレイジ」

 「いきなりか」


 ひゅん、と二人の姿が教室から消えた。


 「あの」


 小声で、転校生のアリサが隣の席に座る五十嵐まゆみに声をかけた。


 「なあに?」

 「あの二人、どこに行ったんですか?」

 「ああ、今地球って狙われててね。セフィアは守ってくれてる艦隊の指揮官?で、長戸くんの義理の妹で婚約者だったかな?なんかそのへんよくわかんないけど、何かあるとああやって戦いに行くんだ。アリサさんも、大変な時に転校してきちゃったね」

 「いえ、そんな。そうですか」


 あの二人が、という言葉をアリサは飲み込んだ。授業は何事もなかったように再開される。しかし慣れと言うものは、本当に恐ろしいものですね。





 「どーしたのセフィア」


 高山瑠奈が、教室に戻るなり机に突っ伏したまま動く気配のないセフィアの肩を揺さぶりながら声をかける。


 「長戸に変ないたずらでもされた?」

 「するかっ」


 高山は僕の反応なんて完璧に無視してたままセフィアの肩をそっと揺する。無視するくらいなら最初から僕をいじりネタに使うなよ。


 「ううんー、消化不良なだけー」


 机に突っ伏したままセフィアはダルそうな声で答える。


 先刻の戦闘、あれは戦闘にならなかった。いざ会敵といったタイミングで、敵艦隊は再度ワープをして消えたのだ。追尾センサーでもおおまかな方向までしか判らず、結局そのまま戻ってきたのである。


 「まあ、味方に損害出ずに敵がいなくなったなら、結果オーライではあるんだけどさー。なんかスッキリしないっていうか、こうドカーンとさぁ」


 ああなんか危ないこと言ってる。僕は某警察ロボットアニメの二号機の人を思い出していた。俺に銃を撃たせろー。


 「あはは、それ欲求不満じゃーん」

 「そんなのじゃないよー」


 隣で美少女たちがキャッキャウフフしているけれど、僕は吉村と二人でどんより顔だ。


 「それさ、きっとデータ取られてるよ」

 「データ?」

 「そう。迎撃艦隊って、艦種によって速さとか射程とか色々違うんだろ?」

 「まあそうだな」


 小型艦は足が速いが航続距離が短いし、大口径の砲も持てないから長距離はどうしてもミサイル中心になる。けれど、ミサイルは置き場所を必要とするので、たくさんは積めない。

 大型艦は固いし攻撃力も高いが、その分足も遅い。ただし航続距離は長い。


 「敵が根無し草でジリ貧って話が本当なら、ただ無暗に突撃じゃダメだってことに気付いたのかも」

 「今さらかよ」

 「今さら気づくくらいに、追い込まれてるかもってことだよ」


 吉村……なんか、キャラ変わって来てるぞ。

 僕はなんか急にまともなことを言い出す友人に、驚愕せざるを得なかった。いつの間にか解説キャラになりつつあるのか!?


 と、そこに転校生……アリサが前触れもなく無表情のまま歩いて来る。僕とセフィアの机の間をすたすたと通り過ぎ、そしていきなりぱたりと転んだ。



 え?



 うつ伏せに、豪快に床へ倒れ込んだまま微動だにしない転校生。周囲の時間が、空気が凍る。



 なにこれ。



 「あ、あの、大丈夫?」

 その空気を振り払ったのは、やはり高山瑠奈だった。さすがはクラスの中心。


 しかしアリサはびくりともしない。


 「……大丈夫?」

 セフィアの声にも反応はない。見つめ合った高山とセフィアが、困り顔で僕と吉村を見る。高山め、こんな時ばっかり人を当てにするのか!


 「ど、どったのかな~?なんつって。立てる?」

 吉村が無理におどけた声を出すが、無反応を貫く転校生。やだこれ、知らない人が見たら新手のいじめと誤解されそうで、かなりやばくないか?


 「あ、あのさ、大丈夫?」

 僕が声をかけると、彼女はすっくと立ちあがった。なんだなんだ、エネルギーの再充填が完了したか?それともフリーズしたシステムを再起動でもしたのか?


 アリサはゆっくりと振り向きながら、体の埃を払う。そして唐突に僕の手をしっかと握った。無表情のままで。ひっ、なにこれ。


 「ありがとう、長戸くん。あなたの声が届かなかったら、私は大変なことになっていたわ。あなたは私の命の恩人。是非ともお礼をさせてください」



 え。



 「いや、何もしてな」

 「ちょっと、手を放しなさい」


 あっ。セフィアさんがなんかお怒りになっています。


 「レイジも。いつまでデレデレ手を握ってるの!?」


 いやあの、握られて、いるんですけれど。

 慌てて手を引っ込める僕。いや、怒られるようなことした?


 「……あなた誰」


 無表情のまま、アリサがセフィアを見る。


 「私はセフィアリシス、レイジの義理の妹で婚約者よ!」


 幼なじみ設定は捨てたようだ。仁王立ちでの宣言は堂々とし過ぎている。


 「ふーん……でもそれって、別に永久に決まってるって関係じゃないですよね」

 「なっ!?」


 突然の異論反論に驚くセフィア。まさに不意打ちを受けてたじろいでいる。


 「婚約なんて口約束でもできる。義理の妹なんて、一番あやふやじゃないですか」

 「くっ」


 畳み掛けられ歯噛みをするセフィア。こんな顔は、艦隊戦中のピンチ状態でも見たことがないぞ。


 「それに、私はただこの命を救ってくれた大恩人に、心からのお礼をしたいだけ。あなたにそれを邪魔する権利がありますか?」

 「ぬぬぬぬ……」


 言い返せず顔面のみヒートアップするセフィア。いやしかし、なんなのこの状況。さすがの高山瑠奈もドン引きしてる。吉村もあっけに取られて、ポカンと口を開けている。僕は気が気でない。



 キーンコーンカーンコーン……



 「あっほら、授業始まるよっ」


 僕は努めて明るく言った。フン、と無表情のまま、席に着いたセフィアを見下ろしながら自席に戻っていく転校生、そしてその転校生に敵意そのものといった視線を送るセフィア。いけない、それは憎しみの光だ。



 しかしそれっきり転校生が僕とセフィアに近寄る気配はなく、なんとか無事に昼休みを迎えることができた。休み時間のたびに横からぴりぴりとした視線を感じるあの居心地の悪さ。話しかけても返事してくれないし。吉村の存在がこんなにありがたいと思ったことはないよ。


 「……学食、いこ」

 「あ?ああ」


 やっと話しかけてくれたけれど、不機嫌な顔のままで僕のシャツの袖を掴むセフィア。いや僕ほんと何もしてないんだけど。

 教室を出る時にちらりと転校生を見てみた。休み時間のアレのせいか、誰も近寄ろうとはしていない感じで、周囲の女子も遠巻きに見ているだけだった。



 「おばちゃん、きつねうどん」

 「はいよー」


 毎回カレーというのもアレなので、今日はうどんだ。甘辛く煮た油揚げを載せたきつねうどん。これに刻んだネギと七味をささっとかけてパーフェクト。


 「……同じくきつねうどん」

 「はいはいー」


 あれっセフィアもうどんだ。僕と同じようにトッピングのネギを加え七味をかけている。

 やっぱりキツネ座出身で狐耳だから油揚げ好きなんだろうか。でもたぶん聞くと怒りそうだから、心の中にしまっておく。


 今日は空席の目立つ食堂に、僕とセフィアは並んで陣取った。右隣りにセフィアが座り、ぱきっと割箸を割る。


 「判ってるよ、あれは動揺を誘う作戦に違いないわ」


 ずるずるとうどんをすすってからセフィアは言う。このすするという行動はなかなか難しいらしく、セフィアも最初のうちはかなり苦労していた。最近は普通に食べている。二人並んでうどんをすすっていると、やがてセフィアが口を開く。


 「でも不愉快なの。なによデレデレして」

 「してないって」

 「手を握って、見つめ合ったりして」

 「してないってば。ビックリしてただけだよ」

 「レイジは油断しすぎ!」

 「油断て……そんなに隙だらけかね僕」

 「ほら」


 すっ、とセフィアは左手を差し出して僕の胸に当てる。その手の中には、いつの間にか黒く光る謎の小型拳銃が握られていた。


 「えっ」

 「ほら、デッド・エンド」

 「いや、なにこの銃」

 「尉官以上は常時携帯を義務付けられてるわ。気付かなかった?」


 しゅるっ、と小さく変形して手首のサポーターへと変化する拳銃。そんな謎の宇宙アイテムなんか知るわけないだろ、この僕が。


 「今はもう、あなたも重要人物なのよ。あたしが地球を守る最大のモチベーションなんだから、よそ見しないで」

 「してないったら」


 ケッふざけんな、あーあーやってらんねーみたいな視線を多数感じる。まあそうだよね、そうなるよね。痴話喧嘩そのものですもんね、本当にすみません……



 「してください」



 正面から声がした。転校生、アリサがいつの間にか僕の正面に座って、無表情のままカレーライスを食べている。


 「してください、よそ見」

 「させないって言ってるでしょ」


 静かに重いセフィアの声が、とても怖い。


 「それは長戸くんの自由でしょう?束縛がお好きなんですねイモウトさん」

 「なんですって……」

 「それとも自信がないのかしら?支配していないと、振り向かせる自信もないのかしら?」

 「この……」


 セフィアか割箸を折る。バキっという乾いた音が、静まり返った食堂にこだまする。


 「……好きにしなさいよ」

 「……ふん」


 悔しそうに言葉を絞り出すセフィアと、その様子を見ても身じろぎ一つせず、無表情のままのアリサ。なんだこれ。こわい。


 「……先に戻ってる」


 セフィアはまだ食べかけのきつねうどんが乗ったトレイを持って席を立ち、返却口に置いて速足で去って行った。普段は残すと怒るおばちゃんも、あまりのことに無言だ。



 「あ、いや」


 僕も慌てて席を立つ。返却口にトレイを


 「コラ」

 「え?」


 おばちゃんが怖い顔をして僕を見ている。


 「残さないで食べなさい」

 「いや、それどころじゃ」

 「食べろ」


 なんでだよっ!僕は急いで三分の一ほど残っていたうどんをかっ込むと、セフィアの後を追って……行こうとしたら、おばちゃんは無言でセフィアの置いていったどんぶりを差し出す。


 あーはいはい。判りました。


 うどんでタプつく胃を押さえつつ僕は学食を出た。しかしセフィアの姿が見つからない。教室に戻ったか?他に行きそうな場所もないし、僕は教室へと急ぐ。


 しかし、人影まばらな教室にセフィアは戻っていなかった。僕は一計を案じ、例の四次元収納に手を突っ込む。セフィアのバッグはこれかな?出口出口。


 きゃーと中庭の方から声がした。あっ、そっちにいたか!と思った瞬間、僕の右手に激痛が走る。いてててっ、つねられた!

 慌てて手を引き抜く。手の甲が赤くなってじんじんする。おーびっくりした。

 手の甲にふーふー息を吹きかけていると、紙パックのいちご牛乳を持って吉村がやってきた。


 「何やってんの旦那」

 「いや、セフィアの奴がかくかくしかじか」

 「ははあ、そりゃあれだな。普段は全くライバルがいなくて安心してた反動だな」

 「安心」


 うんうん、と頷きながら吉村は続ける。


 「だってお前モテないじゃん」

 「う、うむ」

 「俺も人の事言えないけど、俺たち本来ソロ活動側じゃん。好きな人で集まって班作ってー、とか言われると困る側じゃん」

 「違いない」

 「フォークダンスで手が触れないように、手を空中に浮かされる側じゃん」

 「そうだけど吉村……言ってて切なくならないか……」


 なんだか心がとてもつらい。小学校高学年あたりから今年の春までは、間違いなくそうだった。きっとずっとそうしてひっそりこっそり生きていくんだと、半端なオタ趣味を抱えて自分を元気づけて行くんだろうと思っていたのだ。


 「まあなんだ、セフィアさんにお前がどう見えてるのか俺は知らないが、転校して来てしばらくは、クラスの女子にリサーチしまくってたのは知ってるぞ」

 「リサーチ?」

 「お前の印象とか、クラスでの立ち位置とか、色々」

 「うへー。どうせ遠慮のない批判の嵐だったんだろうな」

 「批判つーかたぶん、ろくに情報集まらなかったと思うよ」

 「なぬ?」


 じゅーっと音を立てていちご牛乳をストローで吸い込んで、一息ついてから吉村は続けた。


 「だって興味ないだろ、俺たちに。このクラスの女子は」

 「あー、なんか納得」


 まああっても普通とか不愛想とかよく知らないとか、そういうもんだろうな。名前は知ってても関わったことが無い程度の繋がり、ザ・クラスメイト。それでいいのかどうなのかについては、本題から逸れるのでまた別の機会があれば。


 「だからすっかり安心してたんじゃないの?ライバルなんかいないんだし。自分だけが価値を認めてるって思うなら、そりゃー同業者の出現はショックだろうよ」

 「同業者ってなんぞそれ」

 「原画もシナリオも人気がないから、予約なしでも発売当日に買えるだろこのゲームって踏んで余裕かましてたら、なんかネットの前評判急上昇でおやおや?みたいな?」

 「いや却って判りづらい」


 オタクの例え話はこうなりがちなんだよな。僕も気を付けよう。


 「今回はちとあからさま過ぎてどうかとは思うけどさ、油断してた所にクリティカルヒット!なんじゃないのかね。順調に揺さぶられてる感じだけどさ、何にしても支えてやれんのはお前だけなんだから、シャンとしないと駄目だと思うぞ」

 「吉村……お前、やっぱりキャラ変わってね?」


 僕はつい疑問を口にしてしまった。


 「いやさ、スランちゃんが今年で四十三歳って言うから、俺もちょっと大人な物の考え方をするべきなのかなって思ってさー」

 「あ、ああ、うまくやってんだ。てか、お前、その歳の差オッケーなのか」


 「なんていうかさ、ちょいちょい顔出してたらだんだん懐いてくれてさ。なんだか人馴れしてない小動物を餌付けしてる気分になってきてさ。年上年下属性に、さらに追加新要素!みたいな」



 嗚呼。





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