第二章 策謀の星雲人

第6話 Z80から来た女

 「おっしお前ら席につけー」


 終わってしまった。高校二年の夏休みが、終わってしまった。


 日焼けした奴とか髪の色が変わった奴とか、一学期とは教室の様子が半分くらい変わっているが、僕を始め大して変わってないのもいる。木下女史も特に変化なし。


 「出席を取るがその前に!言っておきたいーことがあるー」


 おっ、ちょっとパターンが違う。関白宣言かよ。


 「クラスの半分くらい、愉快な頭の色に変えたのがいるよなぁ」


 愉快って言うのかね。脱色染髪、カラフルな頭髪は自然のものじゃない。セフィアの銀髪なんか霞むくらいのサイケな奴もいる。


 「夏休みはさぞ楽しかったろう。あたしもあんまり野暮は言いたくないが、ここから先は色々とあるんだよな、進学にしろ就職にしろさ」


 ああ、戻せと仰っている。


 「内申点を人質に取るような無粋はしたくないが、あたしにも教師としての立場がある。生活指導から庇うにも限界がある。ま、そういうことなんだよ。よーく考えて対応しなさい」


 校則で頭髪については【学生らしい髪型・髪色】という表現がされている。どこまでをそう解釈するかという話だとは思うけれど、まあ確かに何か言われて当然って頭がクラスの半数を占めていれば、お小言の一つも出るもんだ。


 言いながら生徒たちを見回す木下女史は、出席簿にペンを走らせている。なるほど、こういう話の時に出欠を確認しているのか。どうでもいい知識が増えてしまった。


 「では出席を取る。休んでいないもの手を挙げろ」


 ……!!


 一瞬の静寂の後、しゅばばばばっと挙手が教室を埋めた。新しいパターンだ。

 と、隣を見るとセフィアが笑顔のまま頭上に?を浮かべて固まっている。


 「ほ。ほら、手を挙げて!」


 促す僕にセフィアははっとして、スッと手を挙げた。

 油断も隙もないというか、こうやってネタを仕込むことばかり考えているんだろうかこの先生は。


 「よっし手を降ろせ」


 安堵のため息と共に、教室中の手が降ろされた。


 「では二学期入って早々だが、みんなに新しいお友達を紹介するぞ」


 ざわざわ。えーまたかよ、また転校生?クラスメイトがざわめく。一学期にセフィアが転入してきた我がクラス、なぜ立て続けに転校生が?


 「おーし入れ」


 クラスメイトたちの視線が、教室前部の入口へと注がれる。どんなんだ、男か女か。

 スッ、と静かに教室へ入って来たのは……どこか陰のある美少女だった。

 ふおー、と男子から思わずため息が漏れ、女子からはその反応に対して嫌なオーラが漏れる。


 濃い緑の髪、薄い褐色の肌。日本人ではない。左の頬にはオレンジ色をした下向きの三角……▼こんな感じのペイント?化粧?タトゥー?がある。校則、大丈夫なのかあれ。


 彼女はチョークを手に取ると、黒板に何か幾何学模様のようなものを書き始める。ああなんかどっかで見た光景だな。書き終えたらしく彼女は振り向くが、にこりともせずに固い表情のまま口を開く。


 「アリサ・マリサ・クラリッサ。ソシエ第7球状星団M41星系から来た。以降よろしく」


 また宇宙人だ。一体どうなってるんだ。僕はそっとセフィアの横顔を盗み見る。彼女の表情に緊張はないから、何か変な知り合いとかではなさそうでちょっと安心をする僕である。


 「じゃあアリサさんの席は、そこの列の一番後ろね」

 「……はい」


 指定された席に向かうアリサを見て満足げな木下女史。


 「さてみんな、体育館で始業式だ。すぐ移動するように、アリサもみんなについていくようにね」

 「はーい」

 「うーい」

 「ほーい」


 がたがたと机や椅子の音を立てながら、めいめい立ち上がるクラスメイト。


 「アリサさん、だよね。行こう?私、高山瑠奈」

 「……はい」


 おお高山のやつもう接触してるぞ。あいつのあの社交性ってものすごいな。


 「レイジいこー」

 「おっと」


 セフィアが僕の腕を掴んで引っ張る。彼女のスキンシップにも慣れてしまったなあ。前は女の子が近くにいるだけで無意味に緊張もしたものだったけれど、慣れと言うものは恐ろしい。

 高山とその取り巻きに囲まれてる転校生を置いて、僕とセフィアは体育館へと向かった。





 今年の宿題提出はバッチリだった。怪我の功名みたいなものだけど、気分が良くないばすもないよね。さすがに高校生にもなると自由研究みたいなひどい課題はない。自由とかいうくせにテーマ厳選されるだなんて詐欺みたいなもんだ。不自由研究だろ、あれ。


 今日は始業式とホームルームで解散となった。明日から授業開始なので、今日の午後は夏休みの余韻から頭を切り替えるための時間になる。でもそう簡単に切り替わるなら、苦労はしないんだよな。


 「昼どうするか」

 「残ってるそうめん全部食べちゃう?」


 夏と言えばそうめんだよね、とか言いつつもずっと冷や麦を食べて来た僕。今年はなんか高級そうめんをどこか遠くにいる両親(政府により所在不明)が送って来たので、食欲のない時や忙しい時はそうめんばかり食べていた。つゆとか付け合わせに工夫をすることで、さっぱりともしっかりとも食べられる。


 「いや、まだしばらく暑いし、無理に食べ切らなくてもいいだろ」

 「卵と豚肉あったはずだから、夜はピカタでも作るよ。昼はレイジが考えて」

 「了解」


 考えて、とか言われても考え付かないので、残り物でチャーハンを作ってみることにした。何故か三切れ売りの鮭。二人でムニエルで一切れづつ食べて、一切れ残っているのがあるので焼いて身をほぐす。骨は取り除くが、火が通って少し硬くなっている皮は包丁で細かく刻んでおく。


 タマネギとニンジンを微塵にし、冷蔵庫の野菜室に残っていた大根の葉っぱも洗ってから刻んで合流させる。生卵は冷蔵庫に四つあったので一つだけ使う。油を入れて熱したフライパンにタマネギとニンジンと大根の葉を投入して火を通し、冷ご飯を二人前よりちょっと多めに放り込んで炒める。ご飯が解れてきたところで溶き卵と鮭のほぐし身を投入して醤油をひと回し。混ぜて炒めていい感じかな?というところで刻んだ鮭の皮を振り入れて、塩と胡椒も少し入れて味を調える。全体に具が混ざって馴染んだな、と思ったら出来上がりだ。



 真似しても味の保証はしないぞ、適当に作ってみただけだから。



 沸かしておいたお湯でインスタントのわかめスープを作り、チャーハンに添えて出来上がりだ。付け合わせに紅生姜があるとさらに良いと思う。


 「……うまいか?」

 「うん、おいしいよ。レイジは手際がいいよね」

 「うちはほら、両親が共働きで。自分で動かない限りは店屋物ばっかりだったからさ。適当に煮たり焼いたり炒めたりで。夜はカレーばっかだったな」


 出前が、デリバリーが、お弁当や出来合いのお惣菜が嫌いなわけじゃない。ただなんていうか、そういったものを自分の【芯】にしたらいけないんじゃないか、と思っただけなんだ。


 「そっかー、うちも軍人一家で共働きだったけど、お手伝いさんいたもんなぁ」

 「へー、すごいな」

 「お菓子の作り方とかは習ったけど、ちゃんとした料理作るのは地球に来てからだよ」

 「でもうまくできてるじゃん」

 「えへへー、もっともっと頑張るよっ」


 ああこれくらいの距離感が丁度いいや。


 「……あのさレイジ」

 「ん?」


 セフィアがスプーンを運ぶ手を止めた。


 「今日の転校生、あれきっと裏があるよ」

 「裏?」

 「うん」


 裏?裏ってなんだろう。


 「ソシエ第7球状星団M41星系から来たって言ってたけど、あの星系にはもう知的生命体の住む星はない」

 「ないって」

 「星雲人の侵略を受けて、滅びてる。もう百年も前の話よ。それにあの子の髪も肌も、ソシエ第7球状星団の人とは一致しない」

 「……まさか」


 真顔になる僕に、セフィアは笑いかける。


 「ううん、まだ何も判ってない。ひょっとしたら、空き家になった惑星に移住してきたよその宇宙人かも知れないし」

 「でも地球に転校って変だろ」

 「それは、まあ。だからちょっとだけ、気を付けてくれると嬉しいな」

 「ああ、判ったよ」


 残っていたチャーハンを一気に掻き込み、わかめスープをぐいっと飲み干してセフィアは笑った。


 「ごちそうさま!」

 「どういたしまして」





 一方その頃。


 「昨日Z80を出発した工作員386号が、潜入工作を開始しました」

 「ターゲットには気づかれていないな?」


 ぺらり、と文庫本のページをめくる白く細い指。


 「はっ。資料に基づき、きわめて自然体での潜入です」

 「フ、そうであろう」

 「さすが艦長、相手の文化を逆に利用するとは」

 「我々が今まで直情的過ぎたのだ。利用すべきは……人の心」


 ぽい、と文庫本を投げ捨てた先には、アニメや漫画雑誌、単行本、文庫本が山を築いていた。

 ……資料?


 「見せてもらおうか、迎撃艦隊β指揮官の実力とやらを」





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