番外編 水着回 (予定は変更になる場合があります)

 この世に生を受けて四十三年。男なんぞに心惹かれることはないと思っていたが。


 「はふぅ」


 だらしのない吐息がつい漏れる。仕事場だというのに。


 「キャプテン元気ないですね」

 「元気印で行きましょうぜ」


 手下どもがアタイを気遣っているのは判るけど、こーいう時にはあんまりいじって欲しくない。


 「きゃぷてんハ恋煩イナンデスヨ。男ノ子ノコトヲ考エテイルノデス」


 なんだっけ、酢が主食とかいう変な異星人のムーモが、輪をかけて変なことを言う。


 「えー、でもキャプテンはずっとあのセフィアリシスとかいう女司令追っかけてたでしょ」

 「フられ続けて諦めたんですかね」

 「うるさいなーもう。ポチムラはそういうんじゃないの」

 「でもデートしたでしょ」

 「ブリッジにまで連れ込んで。自慢ですよねあれ」

 「ポチムラとかもう呼び捨てですよいいなぁもう」


 「うるさーい!!」

 アタイは怒鳴った。全身を震わせて怒鳴った。


 だが かいぞくAには きかなかった!

 だが かいぞくBには きかなかった!

 だが かいぞくCには きかなかった!


 「スランキャプラン可愛いもんなあ、あの地球人の気持ちも判るって」

 「うちの娘の子供の頃見てるみたいな気分になるわ俺」

 「わかるわかる、うちのは今はもう生意気でさ、下着一緒に洗濯するな!とか言うんだよ」

 「そりゃとーちゃんつらいな」



 あーもう。



 付き合っていられないので、アタイは艦内のパトロールに出る。そんなに大きな船じゃないけれど、見回りは重要だ。こないだも通路に宇宙おでんの汁こぼした馬鹿がいて、危うく艦内に昆布の出汁の香りが染みつくところだった。


 「おっすキャプテン」


 艦載機の整備は順調のようだ。ぴかぴかに磨いてはいるが出番はあんまりない。あんまりないからピカピカになってるのかな?まあいいや、うんうん。


 「おやキャプテン、お昼はまだだよ」


 炊事班も頑張っている。なんか神事に使うみたいなでかいしゃもじで炊いたご飯混ぜてるけど、お昼は混ぜご飯なのかな?まあよしよし。


 「お疲れスラン艦長」


 電算室も大丈夫。壁面いっぱいに丸や四角のメーターがびっちりあるけど、これ全部見てるのかな?天井とか床にもあるけど。まあSFっぽいからいいか。



 そうしてアタイは副長の私室の前に立つ。今朝から一度も顔を見ていないけれど、今日は副長も勤務日のはずだ。サボりは許さん!


 「こーら副長!」


 ピシャッと襖(なぜだ)を開けると、そこでは男が二人、なにやらコンピュータの前で腕組みをしている。一人は副長のシオマネキで、もう一人は……


 「ポっ、ポチムラ!お前こんなとこで何してんの!」

 「へ?」


 間抜けな声でこっちを向いたのは地球人。ポチムラ・なんとかだ。名前はうろ覚え。

 デート分が不足すると大変なことになるとセフィアお姉様から教わったので、その補給のために現地徴用した。こいつがなかなか気の利くやつで、海賊向けのカッチョイイ小道具だの美味い飯だのの情報を潤沢に持っている。思わぬ拾い物だった。


 って、それはいい。


 「なんをしておるポチムラ!艦に来たらまっすぐブリッジに来いと言うとろーが!」

 「あーいや、来たらすぐ副長さんに捕まっちゃって」

 「ああ今の手待った!頼むよー、待ってチョウダイ」

 「えー、もう三度目ですよ」

 「仕事もしないで宇宙将棋なんかしてるんじゃないっ!」


 アタイは副長を蹴り上げて、ポチムラを連れて通路に出た。全くもう、将棋の相手なんて誰だっていいだろうが。


 「こらポチムラ、いいか?まずはアタイに顔を」


 振り返るとポチムラがいない。あれ?今さっきまでそこに……


 「あー、これ縦のカギは【エレキテルヒポポタマス】ですよ」

 「さっすがポチムラの兄貴!冴えてますね!そうなると、ここは?」

 「……銀河クロスワードパズルなんかしてるんじゃない!」


 ポチムラの首根っこを掴んで通信室から引きずり出す。全くもう。


 「あのなあポチムラ、この艦の連中は暇人ばっかりだから、真面目に相手したらいかんぞ?」


 ……返事がない。まさか。


 「ああ、ここの配線が外れてましたよ。これでほら、映りました」

 「きゃーん、ポチムラさん素敵!さすが男の人はメカに強いのね!」

 「……機械の修理なんか専用ロボットがあるじゃろが!ベタベタするでない!」


 ちょっと目を離すとこれだ。ポチムラはなんだか妙に役に立つ。艦内のウケもいい。こいつがずっとここにいてくれたら、どんな感じだろう。ブリッジの、舵輪の前に並んで立つ二人。ゲラドラス二重太陽の青いプロミネンスと虹色に輝く重力波に照らされる二人の影が、やがて一つになり……



 ヤバイヤバイヤバイ、ちょっといいかもとか思ってしまった!



 アタイにはお姉様がいる。そうだ、あの軍人一家の優秀な遺伝子を取り込むのだ。アタイの出身である海賊惑星パイレーツン(まんま)は歴代そうやって、ずっと強者の血を取り込んで栄えて来た。


 はずなのに。


 なんでうちの艦内はすっとこぴょーな奴らばっかりなんだろう。ゴミは散らかすし食べ物の好き嫌いはするし趣味の品を職場に持ち込んで当然みたいな顔をするし。最低限、戦闘はそれなりにこなすけれどお姉様の艦隊の練度には遥かに及ばない。商船相手の海賊なら楽勝だけど、軍隊相手は分が悪い。


 「でもみんな生き生きしてますよ」


 ポチムラがなんかいい顔で言う。


 「この艦って、一度出港したらしばらくはみんなの家になるわけでしょ?家の中までビシビシじゃ、息が詰まると思うな」

 「そ、それはそうだが」

 「決める時にばっちり決めれば、問題ないと思うよ」

 「む、むうう」


 一理ある。一理はあるが。アタイは無言で、壁際に置かれた巨大な水槽を指さす。


 「……だが宇宙海賊戦艦のメイン通路に、コスモピラルクの水槽はどうなんだ?」

 「あは、あははは」

 「しかも勝手にタッピングまでして固定してるし。壁に穴開けて電源勝手に取ってるし」

 「いやはや、なんとも」


 頭を掻くポチムラを連れてアタイがブリッジに戻ると……手下共が何やら騒がしい。


 「あっキャプテン、レーダーに変な反応が」

 「変な反応?」


 レーダーを見ると、光の点がいくつかある。そのうちの一つは、なんだか動いているようにも見える。


 「これどこ?」

 「月軌道のちょい手前ですね。星雲人の遺してったダミーを集めて置いてあるはずです」

 「動いてるように見えるな」

 「ええ、さっきから急に。ひょっとしてこれ、ダミーじゃないのも混じってるんですかね?」


 ピコーン。アタイの頭上に電球エフェクト。もちろんコスモ電球だよ。


 「連合艦隊の目はフシアナだな。ここは我らがやっつけて、お姉様に褒めてもらうとするか!」

 「えー、よしましょうよ」


 手下のテンションは低い。


 「なんでなんで、連合艦隊動いてないじゃん。チャンスじゃん!?」

 「だって、あれ倒しても何も出ないっすよねマネー」

 「あー……」

 「連合が動いてない空域なら賞金も出ますけど、迎撃艦隊まで出張ってるからここは戦場扱いで、賞金首でもないならまるまる赤字ですよ」

 「むー……」


 「じゃあ、戦闘訓練ってことでどうです?」


 ポチムラがそう言った。


 「そっ、それだ!」

 アタイは提案に飛びつく。それなら文句あるまい、どうせ三か月に一度の戦闘訓練は、海賊組合で強制されるんだし。


 「あーもうそんな時期でしたか」

 「それなら仕方ないかな、動いてるの一隻だけなら行けるっしょ」

 「サスガぽちむらサン、流石ダネりゅうせきダネながれいしダネ」


 アタイは伝声管をひっ掴んで、艦内に命令を出す。


 「野郎ども、戦いだ!」





 「艦長、戦闘艦が一隻、大気圏を離脱してこちらに向かってきます」

 「まさか、気づかれたか」


 薄暗いブリッジに声が響く。部下はイケボ男性、艦長は女性のようだ。


 「ちっ、ダミーに紛れての偵察ではやはり、十分には動けんか」

 「どうしましょう。連合艦隊のエナジーサーチ避けで、メインジェネレータは止めたままです」

 「……あの規模の戦闘艦の攻撃なら、ダミーが盾になってくれよう。メインジェネレータ緊急作動、ショートワープの準備だ。主砲は実体弾を使え、エネルギーは全てワープに回す。本隊に帰還するぞ」

 「了解」





 ピピピピッ。


 市民プールに電子音が響く。

 天気は快晴。胸元の白い長方形の布に下手な字で「せふぃありしす」と書かれたスクール水着姿のセフィアは、浮き輪を腰にしたまま無線に出る。


 「状況を」

 「泳がせていた敵艦に、海賊船が接近しています」

 「あんの馬鹿海賊ー!!」


 周囲の目も気にせず、セフィアは怒鳴った。せっかく泳がせてたのに!あいつらの移動要塞がどこにあるのか知りたかったのに!あのちびっこめ、また邪魔を!


 「いかがしましょう」

 「衛星軌道上の分艦隊から軽巡五隻で突撃隊を編成。敵は恐らくワープで逃げる、その前に足を止めろ」

 「ラジャ。しかし軽巡でも海賊船が先行すると思われますが」

 「ほっとけ!……あ、いや、退避警告くらいは出しておけ。これより転移する。指示を待て」

 「ラジャ」


 ふーふーと肩で息をするセフィアに、のんきな声をかけるレイジ。


 「どしたー?何かあったか?」

 「ううん、大丈夫。ブリッジ行こうか」

 「えっ、僕たちまだ水着だけど」


 シュン、と二人の姿は消え失せた。周りの人は一瞬どよめいたけれど、すぐにまた空気は戻った。とりあえず、タイトル回収。




 「へっへっへー、おっとり刀で来たって遅いんだよっ」


 アタイはご機嫌で舵輪を取る。連合の艦はまだ来ない。獲物はイタダキ、お姉様の称賛もイタダキ!神出鬼没の宇宙海賊キャプテン・スラン様のお通りだっ!


 「これはあれですね、きっとワープして逃げますよ」


 ポチムラが何か言い出したぞ?


 「あんな密集してるとこでワープなんかするかな?」

 「いや、周りのあれタミーだろ?いざとなったら吹き飛ばせば。そうですよねポチムラさん」

 「ぬぬぬぬぬ?」

 「そうなると、考えられるのは」


 えっポチムラ?あんた何そんな作戦参謀みたいになってんの?


 「すぐに逃げないってことは、ワープ用のエネルギーが足りてないってことかな。ダミーを破壊しないのもそう。エネルギーが溜まるまでは、防御に使いたいんじゃないか」

 「するってえと?」

 「こっちの攻撃でダミーを壊すのは、最終的にあれの逃走を助けるだけ。攻撃するなら、あの隙間を狙って本体だけをやらないと駄目かな」

 「なるへそ」


 感心する手下。お前らプロだろうが、プライドはどこいった!


 「いやしかし、精密射撃ってみんな苦手なんだよなあ」

 「それなりに命中はするけどさ、あの隠れたのを狙うのはキツいなー」


 尻込みする手下。


 「どうしやしょうキャプテン?」

 「キャプテン!?」


 あーもう。


 「野郎ども、突撃だー!!」

 アタイは舵輪を手に号令する。


 「両舷全速、進路このまま、突っ込むよ!」

 「了解ー!」


 荒事は海賊船の本領だ!アタイはレーダーに映る移動点目掛けて艦を突っ込ませる。


 「銃座も砲塔も、接触したら撃ちまくれ!船体ぶっ壊せばワープはできん!ダミーの破裂は気にするな!」

 「キャプテン、連合艦隊から退避警告が来てますぜ」

 「今さら遅いい!」



 ズズーン。船体どうしがぶつかり合う振動が身を震わせる。レーザーが、実弾が、手当たり次第に周囲へ叩きこまれる。ひゃっほう、祭りだ!


 目標艦のエンジン部分が炸裂する。やった、これでワープどころか動くこともできない。これは大金星、お褒めに与れるぞおおお!



 「いや待って、これは違う!」


 えっなんでポチムラがレーダー席に座ってんの?なんで操作方法知ってるの?



 「あれも囮だ!」



 ポチムラが叫んだ瞬間、その奥に居たダミー艦……だと思っていた艦の砲塔が火を吹いた。ダミー艦が連鎖誘爆していく。宙域がクリアになってしまう。


 「いかん、奴はワープをするつもりだ!緊急離脱、全力でバックだ!亜空間に飲み込まれるぞ!」

 「全速後退、ヨーソロ!」


 いやあの、なんでポチムラが命令してるの?てかなんでみんな普通に言うこと聞いてるの?


 「前方にミサイルを撃て、爆破の衝撃をシールドにする!」

 「アイアイサー!」


 しかもなんか的確っぽい指示なんだけど?あの、ポチムラさん?


 ぎゅーんぎゅーんと、後ろの空間から射撃のビームが掠める。これは連合艦隊だ、お姉様の巡洋艦が届いたのか!?



 次の瞬間、亜空間のひずみに星雲人の艦は姿を消した。


 「スラン……あんたねえ……」


 静かになったブリッジに響く、お姉様の震える声。アタイは死をも覚悟した。






 「ポチムラまで怒られてしもうて、済まなかったな」


 こってり絞られて、やっと解放された帰り道。

 戦闘記録はちゃんと取ったから、訓練として報告はできるけれど。もっと頑張らないといけないな。

 いつもの公園での別れ。ちょっぴりセンチメンタルなジャーニーだわ。


 「いや、楽しかったよ。艦のみんなも優しいしね」


 夕日に映えるポチムラの笑顔に、アタイは一瞬見とれてしまう。なんだこれは。てか、こいつ同級生のとこの子供と同世代なんだよな、よく考えたら。


 「ま、まあお前さえいいんなら、それでいい。いつでも遊びに来るがいい、まだ夏休みだろ?」

 「うん、また来るよ」



 内心ガッツポーズをするアタイ。いや、ポチムラはそーいうのじゃないってば!!






 「どのデータも使い物にならんな。さすがは連合の防衛艦隊、情報を取るのにも一苦労だ」


 ぽい、とカード状の記録媒体を放り投げて捨てる女性。


 「艦長、これ以上作戦を複雑化するのには賛成できません。囮工作にはコストがかかりすぎます」

 「判っている。だが、こちらが常に二枚以上のカードを切ると思わせるためだ」

 「……はて、それは?」

 「策士策に溺れる。これはあの星の諺だそうだ。もうすぐ、連中は有りもしない策に怯えて判断を誤る。今はそのため準備期間だ」


 おお、と感心するそぶりを見せる副官に、女性は下がれと指示をする。


 「フン、無能が」


 ダグラモナス軍人の質も落ちたものだな、と一人ごちる。これまで幾度も失敗しつづけている侵略作戦での消耗は、もはや無視できないレベルに達している。


 勝たねばならない。手に入れなければならない。



 我々が生きるために……







=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=

 はい、番外編第二弾です。

 今まで敵の描写が全然なかった(考えてなかった)ことに気付いてしまって、なんとなく座り心地が悪くて書きました。星雲人って書いてるから人っぽいのは間違いなかったんですけどね。

 まあしょうもない話ですけど、楽しんで頂けたら嬉しいです。




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