いんたーみっしょん1
番外編 冷めたピザ
「ナミシマ少佐って、エリシエラシス中将と同期なんですか?」
「そうよー、小学校から一緒」
平時のブリッジ内は、メンバーが全員女性なこともあって、割とにぎやかだ。
先日、現艦隊司令のセフィアリシス大佐の姉であるエリシエラシス中将が、艦隊赴任地である地球にやってきたので、当然そのあたりも話題になるのです。
「ササメユキも一緒よ。ねー?」
「ああ、まあそうだな」
「へえーそうなんですかー、すごいですね三人とも美人だし」
「経歴もすごそうですよね、もう中将だなんて」
お菓子の持ち込みなんて本当は禁止されているけれど、セフィアリシス大佐は黙認している。もちろん作戦行動中に食べていようものならカミナリどころでは済まないけれど、メリハリを付ければオッケーという感じだ。
「あれ?そうかあなたたちは知らないのね?エリシエラシス中将はここ、迎撃艦隊βの先々代指揮官だったのよ?」
「ほんとですか!?」
「こんなところでウソをついても仕方ないだろう」
ぱりぱりぽりぽりとスナック菓子を消費しながら会話は続く。地球のスナック菓子は妙に魅力的で、非番の子はいつも大量に買って艦に戻ってくるくらいである。
「でで、誰が一番モテたんですか~?」
「うーん」
ナミシマ少佐もササメユキ少佐も考え込む。
「そういえばわたくしたち、全然モテなかったよね」
「そう言われるとそうだったな……」
「ええっ?意っ外~」
「そうよね、どうしてかしら」
ばっ、と振り向く参謀コンビ。空席のはずの偉い人シートに座るのは……
「エリシエラシス中将!」
「はーい、みんな元気してる?」
「ぎゃー!」
慌ててお菓子の隠匿を図るクルーたちに、エリシエは苦笑する。
「いいのよいいのよ、今日はプライベートだから。査察は今回の任務に入ってないしね」
「いきなりは勘弁してくれエリシエ」
普段クールなササメユキ少佐までがドギマギしている。
「あはは、ごめんねー。ちょっち懐かしくてさー」
「来るなら来ると、ひとこと言ってくれたら何か用意したのに」
「いいじゃないのー。それにホラ、差し入れ」
言ってエリシエはハンドバッグを開いて、超空間からピザの箱を四つ取り出す。
「わー、ってエリシエ、これ冷めてない?」
「うん、昨日の夜余ったやつ」
「あらあらもう、じゃあ温めてきますよ」
ナミシマ少佐が箱を手にブリッジを出て行った。
「昨日妹のとこに泊まってねー、姉妹水入らずの夜を過ごしたわよ」
「あれ、彼氏は?」
「なんか奥手で夜這いもなかったよ。まああんまり急かす必要もないみたいだし」
「夜這いってあんた……」
と、モニターに警報が表示されアラームが鳴る。
「まただ。ここ数日、妙に星雲人の動きが活発なのよね」
「そのくせちまちました動きばっかりだし」
伝達オペレータのリゼが、司令官への緊急コールを入れる。
ピピピピッ。
「状況は」
「月面、静かの海付近に敵輸送艦三隻ワープアウト。地質調査と思われます」
「なかなか手際いいじゃない、昔のあなたみたいねササメユキ」
「ここのクルーは代々腕利きですよ」
「長距離射撃で調査を妨害する程度でいい。月の裏側にも注意をしておけ」
「ラジャ」
「いいわねあの子。ちゃんとできてるじゃん」
エリシエは無線の向こうの妹の声にご満悦だ。命令を受けた伝達オペのリゼがてきぱきと端末に指令を入力するのを見て、うんうんと頷く。
「そりゃそうですよ、大佐への昇進はあなたより早いんですもの。はーいみんな、中将からの差し入れですよー」
ピザの箱を抱えて、ナミシマ少佐が戻って来た。
「わーい、ありがとうございます!」
「いただきまーす!」
「あ、あの少佐、大佐の昇進ってそんなに速いんですか?」
「彼女は十五歳で大佐になってるわ。これは軍の新記録よ」
「わー、すごいんだ」
「その前の記録保持者がエリシエラシス中将で、十八で大佐昇進」
「それもすごいです」
「いやいや、あの子はほんと天才よ。敵わないわ」
ピザの伸びるチーズに苦戦しながらエリシエは苦笑いする。
「む、アンチョビって私ちょっと苦手かも知れない」
「ササメユキって意外に好き嫌いあるわよね」
「いや、食べられないって程ではない」
ナミシマ、ササメユキ、エリシエラシスの三人が並ぶと場がぱっと華やぐようだ。
「でもでも、信じられないです」
「何が?」
伝達オペのマユルンが、輪切りのピーマンに顔をしかめながら言う。
「お三人って本当にモテなかったんですか?なんかもう絶対注目の的になりそうなんですけど?職場の華が、三人いたら花束ですよ」
「ああ、あははは、みんなそう言うのよね」
エリシエは軽く肩を落とす。ササメユキがため息をつく。
「なんかねー、優秀過ぎると男は寄ってこないよ?」
「こっちには全然そんなつもりなくても、階級差ってプレッシャーらしいのよね」
「階級差、ですかー」
「釣り合いがどうとか対面がどうとか、そんなんばっかり」
「はー、そうなんですねー」
やばい話題振ったかな、とマユルンは内心ドキドキしている。
「うちの両親が結婚した時、父が中佐で母が少将だったのよね。父が戦死したら特進で同階級だとか色々言われたこともあるみたい」
「なんかねー、そう考えると軍人以外に出会いを求めるのが正解なのかなー」
どんどん暗くなってきた!まだ三人とも二十六なんだから、そんなに深刻に考えなくても……そして二十代前半が中心のブリッジクルーたちは、全く悪意のない会話を始めた。
「そういえばうちの彼も、私がここに抜擢されて昇進したからしばらく機嫌悪かった」
「あーわかる!デートの時にお金出そうとしたらすっごい不機嫌になって」
「いいじゃんね、持ってる方が出せばいいんだから。どうせそのうち家計まとめるでしょって言ったらへそ曲げちゃって」
おかしい。そんなに歳は離れていないはずなのに、会話に入っていけないぞとササメユキは思った。ていうかこいつら彼氏いるのか?いつの間に?
「そもそもお金ないとか言ってうちに転がり込んでるのに、今さら何言ってんのって感じ」
「ほんとほんと」
「シャンプーとコンディショナーの値段とか調べて文句言うしさー。安ければいいってものじゃないのにねー」
なんだろう。普通に同棲している?どこの世界の話?ナミシマには目の前のクルーたちが、まるで異次元の生物のように見えて来た。
「エリシエラシス中将みたいな大人の女がいいよなーとか、彼女の前で平気で言うんだよほんとデリカシーないっていうか」
「そういうの言われるわー。ササメユキ参謀みたいにもっとキリッとしろとか」
「ナミシマ参謀みたいに優しい物言いはできないのかって言われたよあたし」
うーん、どういうことだ。肯定的に言われているが、今までそんな風にいい思いをしたことなど一度もないんだぞとエリシエは思った。なんかつらい。
ちらり、とササメユキとナミシマを見る。その二人もトホホ、といった顔でエリシエを見ていた。
ああこれ、なんとかしないとだわ。
軍の昇進記録を妹に塗り替えられたのは、これは可愛い妹だからもう誇らしいくらいだけど。
このままだとさらに色々先を越される。
両親からも、まだ健在な祖父母・曽祖父母あたりからも今以上に圧力がかかるだろう。
「じ、じゃあ私そろそろおいとまするわね?」
「あ、あらエリシエもう帰るの?」
「もっと色々……話をしたかったが。また今度だな」
「うん。今度合コンセッティングよろしく」
最後は小声で言って、表面上にこやかにしたまま……クルーたちに惜しまれつつもエリシエラシス中将はブリッジを辞した。
「……冷めたピザか」
空き箱を前にポツリとナミシマ少佐が呟いた。ササメユキ少佐はそんな同僚の肩にそっと右手を置いて、首を横に振る。まだ大丈夫、きっと未来がある。お前にも、私にも、そしてあの人にも。
そう、明日は明るい日と書くのだから……!!
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というわけで軽い番外編でした。
最初は中将殿が一人でテレビ見ながらピザを食べるだけの話を書くつもりが、なんかこんな感じになりました。
しょうもない話は書いてて楽しいです。楽しく読んで頂けたら……もっと嬉しいです。
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