第5話 ありがとう、そしてさようなら

 夏休み。それは人類最後のフロンティア。


 だがしかし、星雲人の魔の手がいつ地球に迫るか判らない。

 つまり、連中の動きを警戒し、即対応をしようと待機を続けている限りはどこにも行けない……泊りがけの旅行なんて以ての外だ。なので、ほぼ家に居続けるというトホホな夏休みを僕とセフィアは送っていた。


 「いやおかしくないか」

 「何が?」


 クーラーの効いた部屋で、カーペットに寝っ転がってアイスを食べているセフィアがこちらも見ずに返事をする。


 「だって瞬間転移で戦いには行けるじゃん。別に、家に缶詰でなくてもいいんじゃ?」


 はっとするセフィア。ひょっとして、今まで気づいていなかったのか?


 「あわわわわ、レイジとずっとべったり一緒ってことに目がくらんで全く気付かなかった」

 「煩悩強すぎだろ。言うほどべったりもしてないし」

 「なによ、レイジだって今さら気付いたくせに」


 気づけば夏休みももう半分近く消化している。今から遠出だなんて、予約も何も取れたもんじゃない。


 「でもまあそのお陰で宿題はもう全部終わってるからな、せめて残りは全力で遊ぶしかない」

 「とりあえずプール行こうよプール!」

 「市民プールはお盆期間休み」

 「暑すぎてお買い物とかも行きたくないしなぁ」


 近年は特に夏の猛暑がすごい。アスファルトからの照り返しもすごくて、ちょっと歩いただけで汗でべたべたになってしまうから、無駄に出歩く気分にもならない。


 「セミもうるさいし」

 「そうかな?あんなもんじゃないの?」

 「宇宙ゼミと違って全周波で鳴くんだもの。音声カットオフできなくて困らない?」

 「そもそも宇宙ゼミってところから理解不能だよ。ひょっとして宇宙キロとか宇宙ノットとかいう単位もあったりする?」

 「あるけどもう使われてない」


 あるのかよ。


 「部活もしてないし、両親の実家に帰省することもなし。七月中は友達からの誘いもあったけど、八月入ったらぱったりだ」

 「吉村くんからお誘いあったじゃない」

 「だって、あのちびっこ含めてダブルデートしようぜって誘いだったんだ」

 「ふーん……でもレイジ、別に行っても良かったのに。あんなのひっぱたいて言うこと聞かせればいいだけなんだから」


 やっとスランを吉村に押し付けられそうなのに、ここでまた会ったら元の木阿弥。だから僕は誘いを丁重にお断りしていたのだ。


 「いや、違くて。そうやって叩くから、変に執着するんじゃないか?」


 二度目のはっとした顔をするセフィア。


 「何この人……冴えてる……」

 「そういうもんかね」


 僕はセフィアから借りている携帯灰皿くらいのアイテムに指を突っ込んで、中から麦茶の五百ミリペットボトルを取り出した。この物理法則を無視した感じの出し入れ、やっぱり何度見ても気持ち悪いな。


 「あーあたしにもー」

 「アイス食ってたろ」


 僕は今出したペットボトルをセフィアに渡し、自分用にもう一本取り出す。


 「これ便利だよな、いろいろ入るし」

 「あんまり変なもの入れないでね。中はあたしのパーソナル・スペースだから、容量に限界あるし」

 「あれか、ここに教科書とか入れといたら忘れ物ゼロじゃね?」


 三度目。


 「レイジ素敵」


 なんだろうね、便利さに慣れ過ぎていると逆にその便利さの使い道に気付かないの?いやそんなことあるかな、ただ単にセフィアが抜けてるだけなんじゃ?


 「あとはもちょっと先だけど、花火大会はあるな」


 僕は麦茶を飲みながら、スマホで市の催しカレンダーを見る。


 「いいね花火!浴衣着ようよ浴衣」

 「着付けとかどうすんの?」

 「ふっふっふ、大丈夫。全自動浴衣~」

 「ドラちゃんの秘密道具みたいに言うのやめろ。てか全自動?」

 「うん、自動で着られるから乱れたとしてもア・ン・シ・ン☆彡」


 スパーン、とハリセン一閃。やっぱりこのデバイス便利だわ。


 「何よう、軽いジョークじゃないの」

 「いちいち生々しいんだよ」

 「このシャイボーイめ」


 お互いに遠慮がなくなっているのはいいとしても、微妙にセリフが古いんだよなぁ。


 「でもさ、ここ最近星雲人の動きってないよね」

 「一応報告は来てるわよ?何か作戦立ててるみたい」

 「作戦?」

 「中身はまだ不明だけど、作戦名だけは判ってる。【地球地上げ作戦】だって」

 「地上げ」


 かつて日本にあったバブル経済絶頂時。不動産の再開発で一攫千金を目論む連中が、土地の売却に合意しない地権者に対して様々な嫌がらせを仕掛けて、強引に土地を買収していた。その行為を地上げ、そしてそれに従事するものを地上げ屋と呼んだ。


 「つまり、嫌がらせして追い出そうってのか」

 「うちの防衛艦隊が頑張ってるから、あいつら全然直接攻撃できないしね。そろそろ精神攻撃が本格化する頃だから、たぶんまたろくでもない作戦だと思う」

 「ふむ」

 「つまりは、地球人類にもうだめだ、もう諦めようって思わせる作戦ね。脱出用の移民船団をプレゼントするし移住先の星もあるから出ていけ、っていうのが前の侵略で使った手だよ」

 「引っ越し代は出すぞ、みたいなものか」

 「そんな見え見えの詐欺でも、追い込まれた人間の中にはすがりたいと思ってしまう人も出る。そうやって人の心を切り崩して、全滅に持って行こうとするのが奴らの手よ」


 思ったよりシビアだ。


 「でもすぐ失敗するんだけどね」

 「なんで?」

 「だってほら、そんなの用意できるくらいなら、最初から侵略なんてしなくていいじゃない」


 今度は僕がはっとした。確かにそうだ。なんかちょっと悔しいな。



 ピピピピッ。



 電子アラームの呼び出しだ。


 「状況を」

 「敵秘密暗号通信の解読が完了、作戦の全容が判明しました。至急ブリッジへお越しください」

 「了解」


 セフィアが僕に手を差し伸べる。


 「あっちょっと待って」


 僕はソファの上に置いておいた座布団を持って、セフィアの手を取る。


 「それは?」

 「いや、あそこずっと座ってるとお尻が痛いんだ」


 次の瞬間、僕たちは毎度おなじみ宇宙戦艦のブリッジへ転移した。すたすたと偉い人席に歩いていくセフィア、床に座布団を敷いて座る僕。


 「報告を聞こう」

 「はっ。解析の結果、敵の作戦は第五惑星の恒星化が目的と判明しました」


 第五惑星?水金地火木……木星のことか!


 「第五惑星?確かにあれは大質量のガス状惑星だが、恒星とするには何もかもが足りないはず」

 「第六番惑星の水素とヘリウムを使って、赤色矮星化することが目的のようです」


 六番目は土星。土星もガス状惑星だというのは何かの本で読んだ気がする。


 「ふむ、木星が赤色矮星化したとして、地球への影響は」

 「シミュレート結果では、平均気温が七度上昇します」

 「ふむう」


 考え込むセフィア。


 「ササメユキはどう思う?」


 クール系が静かに口を開く。


 「確かに第六番惑星の主構成要素は水素ですが、自転での赤道面偏移を見る限り密度はそう高くありません。転送にしろ物理移送にしろ、適した状態とは思えません。コストの面もそうですが、地球への影響は彼ら自身の侵略にとってもマイナスなはず。つまり、ブラフではないかと」


 「ナミシマはどうか」

 「そうですねえ」


 今度はおっとり系。


 「今、本作戦開始時からの敵戦力損耗率を調べてみたのですが、エスメリア戦役にて彼らが転進を始めたパーセンテージに達しています。彼らは巨大要塞と移動工廠を持ってはいますが本拠を持たない根無し草ですから、一定以上の損耗に対する損切りの時期ではないかと思います」


 「損切り?」


 「はい。恐らくは無人艦と自動転送システムによる五番惑星の赤色矮星化を実施し、地球そのものの防衛価値を喪失させるものと。あとは資源だけを回収すればいいですから」

 「焦土作戦か」

 「この場合、地球人類に対する警告も宣言も必要ありません。環境の変化によって文化が衰退すれば、連合政府は手を引きます。敵はその後、滅びた地球から資源だけを回収すれば」


 「つまり、地上げ作戦という名前もブラフということ」


 クール系がぽつりと言う。


 「占領するつもりがないのなら、星だけあればいいのなら、か」


 考え込むセフィア。僕は思わず口を挟む。


 「つまり地球を干物にして、連合政府とやらが手を引いてからゆっくり食べようって腹かね」

 「さすが大佐の旦那さま、その通りです」


 おっとりお姉さんナミシマ参謀が僕を褒めてくれた。こそばゆいな。


 「……損切りというなら、地球圏にいる敵艦隊も撤退を始めているはずだ。特に報告は上がっていなかったな、ドローンは戻して偵察機を出せ」

 「ラジャ、確認されている敵集結ポイント五か所それぞれに偵察機を発進させます。データ到着まで最短サンマル」

 「詳細データ到着まで小休止、各員その場にて待機せよ」


 ふうー、って周囲のクルーたちから一気に気合いが抜けた。まあ緊張するんだろうな。


 「参っちゃうわね、もう」


 いつの間にか偉い事席からセフィアが降りて、隣で微笑んでいる。僕は尻の下から座布団を抜いて隣に置いた。


 「ありがと」


 すっと座るセフィア。


 「連中に余裕がないのは判っていたことだわ。だからなるべく早くに潰して諦めさせようというのが迎撃艦隊の任務なんだけど」

 「予想以上に余裕がなくて、ヤケになったってことかな」

 「うん。参ったなー、星系そのものに干渉するなんてね」

 「でもさ、これをなんとかしたら、連中しばらくおとなしくなるんじゃないの?」

 「そうね、だったらいいんだけど」


 ことん、と僕の右肩に重みが乗る。セフィアが頭を乗せてきている。お尻が痛くなってきた、やっぱり座布団はもう一枚用意しないとだ。



 そうこうしている間にデータが到着したらしい。正面のスクリーンに映像が出る。セフィアは偉い人席に戻ったので、座布団は再び僕のものだ。


 「どれも良く出来たダミーですね」


 おっとりナミシマ参謀が空中をスワイプすると、その動きに従うように正面の映像も拡大されたり移動したりする。なんかすごいテクノロジーだ。


 「何か仕掛けがあるかも知れん、警戒は怠るな。しかし、だとすると」

 「そうですね、既に敵は動いているでしょう。物理移送では目立ち過ぎます、転移ゲートによる質量移動が本命かと」


 クールなササメユキ参謀は、もう見た目通りに有能な感じだ。


 「転移ゲートの位置を割り出せ。本迎撃艦隊はこれより敵作戦の妨害任務に入る。旗艦は本艦グレストラナ、木星突撃艦隊の編成急げ、衛星軌道防御艦隊は配置そのまま、敵の奇襲に備えよ」

 「ラジャ。本艦隊より突撃艦隊を編成、目標は木星。分艦隊は現状のまま警戒態勢」

 「艦隊編成完了まであとニイゴ、ショートワープ準備開始」

 「土星側のゲート装置はどうしましょうか」


 ナミシマ参謀はちょっと心配そうに言う。


 「後日回収で良い。まずは惑星系に対する影響を最小限に抑えることが肝要だ」

 「そうですね、ゲート装置のハッキングも準備しておきます」

 「ブラックホール魚雷の準備もしておけ。最悪、ワームホールによる構成物質のダイレクト転送を行う可能性もある」

 「了解です。司令官、いつにも増して気合入ってますね」

 「ちょ、ちょっとやめなさいナミシマ少佐!」

 「いいじゃありませんか大佐。彼氏にいいところ見せたいのでしょう?」

 「ササメユキ少佐まで!」

 「レイジさん、過去の傾向からして恐らく、今回が最後の出撃になるでしょう。しっかり見てあげてくださいね」

 「んもう、モニターから目を離すな!」

 なんだか変なフラグっぽいぞ。僕は内心不安に思ったけれど……考えすぎだよね?




 えー、日本のことわざに【窮鼠猫を噛む】というものがありまして。


 ズズーンという重低音が響いて、ブリッジにもその振動が伝わってくる。

 つまるところ、連合政府による迎撃艦隊はここ木星圏で大ピンチに陥っていた。ワープアウトした突撃艦隊二十隻を待ち構えていたのは、星雲人の主力攻撃艦その数五十。単艦での能力は上でも、数が違いすぎるのはまずいってことくらい、僕にだって判る。


 「まさか捨て身の作戦とは」

 「恒星化も並行して進行中。推定進捗率は五パーセント」

 「いかんな、突破に時間がかかり過ぎては転送ゲートの破壊に間に合わん」

 「アサルトアーマー隊が出撃許可を求めています」

 「出せ。だが艦隊から大きく離れさせるな、木星の重力圏に捕まったら最後だ、あくまで直掩での援護に徹させよ」


 今さらながらに説明をすると、このアサルトアーマーというのは身長十メートルくらいの人型ロボット兵器です。僕もこないだ初めてじっくり見せてもらった。


 ここでは艦載戦闘機の代わり。オプションの使い分けで様々な状況に対応することが可能で、長距離支援型だとか重装甲型だとかおもちゃメーカーが喜びそうなバリエーションがあるらしい。


 ちなみにこの艦隊にいるクルーは指揮官から下士官まで全員女性。単にそういう編成なんだそうで、男性のみの艦隊もあるという話だ。

 つまり、もし何かタイミングがズレていたら、美男子司令官が地球人の彼女を条件に防衛任務に就く、なんてこともあったのかも知れない。


 「敵ミサイル多数接近!」

 「機関砲での迎撃くらい命令無しでやれ!右舷弾幕何やってんの!?」

 「大型ミサイル直撃コース、左舷前方距離ニイイチ!」

 「アサルトアーマー隊が敵に引きずられ過ぎだ!艦隊の直掩だぞ、指示を徹底しろ!大型ミサイルはもう間に合わん、シールドを張って衝撃に備えろ!」

 「ラジャ。シールド展開します」

 「ラジャ。アサルトアーマー隊は指定宙域に戻れ、敵ミサイル群を迎撃せよ」


 なんていうか、こうピリピリした中で僕一人だけがただ何もせずに見ているだけというのは、本当に居心地が悪い。座布団なんか持ち込んでは見たけれど、この居心地の悪さったらないな。


 「いいんですよ」


 そのナミシマ参謀の声が僕に向けられたものだと気づいたのは、少ししてからだ。


 「レイジさんはそこで、わたくし達の戦いぶりをしっかりと見ていて下さいね。それがあなたに与えられた使命です」

 「見るだけしかできなくて、いいんですか」

 「だって、あなたは軍人ではないでしょう?」

 「そ、それは、そうだけど」


 僕は偉い人シートで必死に指示を出すセフィアを見上げた。彼女は僕の視線に気づくことなく、矢継ぎ早に部下へ命令する。


 「わたくし達は生まれた時から戦うために生き、戦場で育ってきました。司令官がなぜあなたをここに連れてくるか。それはレイジさん、あなたに自分が過ごして来た時間を見せるため」

 「過ごして来た、時間」


 「ご自分の全てを理解して欲しいだなんて、とっても可愛らしい乙女心じゃありませんか」


 くすくすと笑うナミシマ参謀。


 「だから、何かをして差し上げたいとお思いなら、あの方の戦いをしっかりと見守ってあげて下さいね。それがわたくし達の願いでもあります」


 はっと気づくと、周囲の視線が全て僕に向いていた。声だけはセフィアの指示に対応しつつ。


 「モニターからは目を離すなと言った!!」


 これには照れが入っているな、と僕にも判った。




 しばらく一進一退の攻防が続いた。ビームの光とミサイルの衝撃が何度もブリッジを襲う。それでもやはり、ハードウエアもソフトウエアもこちらの方が上だったのか、じりじりと戦況はこちらに傾く。


 「敵艦隊の左翼陣形、崩壊します」

 「よし、そのまま削り続けろ。展開中のアサルトアーマー隊は戻せ、重力に捕まると帰れなくなるぞ」

 「ラジャ。前面のアサルトアーマー隊は帰還して下さい」

 「敵艦隊が撤退に入ります」


 こうなると敵は逃げの一手。


 「追跡はするな、各艦は現状にて砲撃を続行。本艦は木星重力圏に進行、恒星化作業を阻止する」

 「ラジャ。突撃艦隊各艦は現状にて撤退中の敵艦隊に攻撃続行、追跡は不要」

 「まずいですね、ここまで戦闘が長引くことは想定外です。推進剤の残量が心許ない」


 ササメユキ参謀が顔を曇らせる。


 「木星の重力圏を離脱できる能力を持っているのは本艦だけですが、恒星化作業の解除に時間がかかり過ぎると離脱不能になります」


 「恒星化作業の進捗率十パーセント、転送ゲート装置へのハッキング開始」

 「ゲート装置へ接舷、工作班を送りこめ」

 「ラジャ。工作班は五番ハッチに集合、接舷を待て」


 窓の外に見える敵艦隊の光は、どんどん小さくなっていく。そういえば星雲人ってどんな格好をしているんだろう?僕は一度も見たことがない。


 「接舷完了、工作班の侵入開始」

 「ゲート装置に生命反応なし。転送方向反転工作開始します」


 木星にも土星にも地面がない。ガスが集まって出来ている惑星だからだ。そしてその質量が一定量を超えたなら、自分で核反応を起こして燃える星になる。


 宇宙のどこかには、主星である太陽の他にも恒星を持つ惑星系があるんだろう。でも、二つの燃える星に挟まれた環境で命が生まれるんだろうか?


 「工作班より連絡。装置の逆転に成功、全員撤収とのこと」

 「了解。工作班の撤収確認後、急速上昇。流入した水素の逆転送確認後にゲート装置を破壊する」

 「ラジャ。工作班撤収確認後に急上昇。距離イチサンにて経過観察に入ります」

 「ゲート装置破壊のための主砲エネルギーが足りません」

 「装置破壊はブラックホール魚雷とする。接触信管にて準備せよ」

 「ラジャ。魚雷発射管一番にブラックホール魚雷を接触信管にて装填。目標座標は追って指示する」

 「……司令官」


 ササメユキ参謀がセフィアを見上げた。


 「水素の逆転送完了を待っていては、本艦は重力圏から脱出不能になります」

 「だがしかし、現地の星系に影響を残すことはできない」

 「ですがこれは不可抗力です。まだ木星の直径に大きな影響は出ていません。今すぐゲート装置を破壊しての離脱を上申します」

 「わたくしも同意見です、司令官」


 ナミシマ参謀も同意する。


 「ここまで来れば、木星の恒星化そのものは阻止出来ました。後日の再転送を具申してみてはいかがでしょう」

 「いや、迎撃任務の一環だからこそ許可される作戦だ。後日の意見具申では却下される可能性が強い」

 「しかし」

 「惑星の公転軌道は、微妙なバランスで成り立っている。五番惑星の質量増加がどう影響するかのシミュレート結果では、千年もしないうちに地球は今の火星軌道まで引っ張られる」


 ざわっ、とするクルー。


 「それじゃ生態系が」

 「だからだ、ここでやらねばならん」


 深くため息をつくセフィア。


 「総員退艦準備」

 「退艦でありますか!?」


 「転移装置ならまだ上空のエステレスに届く。総員退艦の後、水素の逆転送完了を以て本艦をゲート装置にぶつける」

 「自動操艦システムを用意します」

 「不要だ、あたしがやる」


 「いけません!」


 ナミシマ参謀が叫ぶ。


 「確実なタイミングで破壊しなければ、今度は第六惑星が膨張する。自動操艦では無理だ」

 「しかし!」

 「忘れたのか、我々の任務は地球防衛だ。私情は捨てろ」

 「でっ、でも」


 ナミシマ参謀はおろおろしながら、呆然とする僕と決意に眦を上げるセフィアを見る。


 「これ以上の議論は無用だ。司令官権限で、総員即時退艦」


 セフィアが静かに言って、空中のパネルに手を触れる。その瞬間、周囲にいたクルーたちの姿がシュンと消えて、広いブリッジには僕とセフィアの二人だけが残された。


 しん、と静まり返るブリッジ。


 「……ウソだろ?他に何か方法が」

 「ごめんねレイジ。花火大会、行けなくなっちゃった」


 セフィアの目に涙が光っている。僕は彼女に駆け寄って、その細い体を抱きしめた。


 「なら、なら僕も残る。僕も行く」

 「駄目よレイジ。そんなことをしたら、あなたを守れないわ」

 「だってそんな、こんなことって」


 頭の中で色々なことがぐるぐる巡って、どうにもまとまらない。


 「最後に責任を取るのは、指揮官の務めよ。判っていた、判っていたけど……ごめんねレイジ、あたしだって死にたくない。まだ死にたくないけど、誰かがこれをやらなきゃならないの」

 「なんでだよ、なんでそこまでするんだよ!?なんでそうまでできるんだよ!?」


 僕も泣いていた。ほんの数か月前に知り合って色々あって、迷惑してたはずなのになんでここまで心を揺さぶられているんだろう。


 「あたしもね……ほんとは後ろめたくないわけじゃないんだよ」


 セフィアの声は震えていた。


 「地球を人質にして、勢いで押し切ってレイジの隣に居座る。不自然だって判ってるよ。ズルいって判ってるよ。だってレイジには、拒否なんてできっこないんだもの。状況と立場を利用してズルっこしてるくらい、自分でも判ってるよ」


 だからテンション高くないと駄目だったのか。自分の良心すら誤魔化してでも手に入れたかったのか、戦いの中ではない普通の日々を。


 「いいんだよ、そんなこと。だってセフィアはずっと守ってくれたじゃないか。人類を、僕を。そして今はこの太陽系の惑星まで守ろうとしてくれてる。だから二人で一緒に行こう。僕は、君が好きだよ」


 たぶん初めて、流されずに自分の言葉を口にした。セフィアは涙を拭いて微笑む。神々しい笑顔だな。と僕は思った。


 「レイジ、勇気をちょうだい」


 セフィアが僕の腕の中でそっと目を閉じる。僕はその柔らかな唇に、ゆっくりと唇を重ねた。



 「ありがとう、そしてさようなら」




 次の瞬間、僕は見知らぬ船の狭いブリッジに飛ばされていた。






 「水素の逆転送完了まであとゼロニ」


 ササメユキ参謀が、力なくそう呟く。休憩室を与えられた旗艦のクルーたちは、ただ茫然とその声を聞く。


 「やめてよ、ササメユキ」

 「旗艦グレストラナ、ゲート装置に向けて移動開始。最終転移範囲から離脱確認」

 「やめてってば!!」



 ナミシマ参謀が絶叫して、床に崩れ落ちた。



 「やめてよ、お願いだから……」


 休憩室にすすり泣く声が満ちる。僕はぎゅっと下唇を噛み締めた。何も、何もできないのか!?


 僕は室内を見回してみる。ジュースと軽食、タバコの自動販売機がある。壁際には観葉植物の鉢があり、その横には消火器。こういうのはどこでも共通なのか?いや、待てよ。僕はポケットをまさぐる。


 あった!


 「ササメユキさん」


 僕は必死に涙を堪えているササメユキ参謀の前に立った。


 「お願いがあります。そして皆さんも」




 あそこだ。かなり先に光が見える。その光をたぐり寄せるように空間を掴んでは後ろへと送る。泳ぐのとはちょっとばかり勝手が違うな、でも急がなければ。クロール?平泳ぎ?なんでもいい、とにかくあそこだ!よし、今だ!


 僕は光に向かって頭を突っ込む。むにょん、という嫌な感触があって、見えている世界が変わる。



 旗艦グレストラナのブリッジだ。



 「えっ、レイジ?なんで?」


 セフィアから見た僕はとても珍妙で奇怪だったろう。デスクの上に置かれた彼女の四次元バッグから僕の上半身が生えているのだから。僕も実際そこからどういう風に出ているのかなんて、じっくり観察したくはない。


 「いいから、来い!!」


 一瞬の間もなく、セフィアが僕の胸の中に飛び込んできた。僕は左手で掴んでいたロープを二回、引っ張って合図する。


 と、ロープが一気に引っ張り上げられて……僕とセフィアは巡洋艦エステレスの休憩室へ、旗艦クルーのみんなの元へと飛び出した。


 そう、あのパーソナル・スペースを脱出に利用されてもらったのだ。中が繋がっているというあの言葉がヒント。そう言えば、あのネコ型ロボットの話でもスペアとメインは繋がっていたっけ。




 ま、こんな物語でメインキャラが死ぬなんて、あっちゃいけないよね。







 「ふっふふふん」


 セフィアは朝からご機嫌で、全自動浴衣に着てニヤニヤしている。


 あれから一週間。


 敵は目立った動きを見せていない。一か八かで投入した大戦力が敗れたことで、しばらくは動けないだろうというのがAIの予想らしい。


 ただ、ここまで捨て鉢な作戦に出て来たことは過去に例がなく、星雲人の中で何か状況が変わっているのかも知れないという話もあるそうだ。地球侵略を諦めてくれるのならいいんだけれど。


 咄嗟の機転でセフィアを救ったということで、僕は連合政府から表彰を打診されたけれど辞退した。だって恥ずかしいじゃないか。それになんだ、これは口に出すとセフィアが調子に乗るので絶対に言わないけれど……好きな子を守るのなんて当然だろ。勲章なんか必要ない。


 「ねーまだー?」

 「あのな、花火大会は夜七時からだ。さっき朝御飯食べたばっかだろ」


 トトロのメイかよ、と僕は苦笑する。まあ楽しみにしてくれてるのは嬉しいんだけど。


 「ほらほら、今から浴衣なんか着てうろうろしてるとシワになるし、汚しちゃうぞ」

 「大丈夫よ。この浴衣には超次元コーティングがしてあるから」


 なんかこう、怪しいカーワックスみたいなこと言い出した。


 「しかも温度の調整機能もついてるから、着てると涼しいの。レイジのもあるよ、着て着て」


 えっ涼しいの?なんだか興味を惹かれたその瞬間。



 ピピピピッ。



 電子音が鳴った。


 「状況を」

 「司令官、ブリッジクルー総員は本日の作戦へ参加を希望します」

 「ん?なんだ、今日は何も」


 困惑するセフィア。


 「全自動浴衣及び宇宙草履、スペース団扇装備完了。これより総員転移します」

 「ちょっと待って!?」


 次の瞬間、我が家のリビングは突如出現した浴衣姿の宇宙人女性たちによって占拠された。




 「まだ開場まで半日以上あるんだよ!?あと部屋の中で草履はダメ!」


 ああもう、無事で終わらないんだから。僕はため息をつく。


 「ほらほら、みんなはしゃぎ過ぎないで」

 「一番浮かれてる君には言われたくないだろう」


 ま、いいか。みんな笑顔ならそれで良し。




 しかし宇宙草履にスペース団扇?なんかもう頭が痛くなってきた。




 



-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=

 ……というところで一区切り、いったんこのお話はおしまいです。

 何も考えずに行き当たりばったりで書きました。キャラも設定もアドリブに近いので、どこかで矛盾しているかも知れませんけれど、それはもう大宇宙の神秘だと思って下さい。

 何か新しく思いついたり、ご要望があれば続きを書くかも知れません。



 ※ラスト手前コピペミスがあったので一部修正しています。


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