第3話 恋する乙女を頑張らせるおまじない
「デート分が足りない」
放課後の教室で僕の前に仁王立ちになり、厳しい顔をしたセフィアはどこかで聞いたようなことを言う。
「なにそれ」
「デート分とは、デートからしか摂取出来ない希少な栄養素です」
「それ世間のかなりの人が欠乏してるんじゃね?」
「デート分が不足すると、大変なことになるんですよ。レイジはまだその怖さを知らない」
「今の君も十分怖い」
つまりはデートをしたい、と言っているんだな。
「とにかく、今度の日曜日はデートをします。動物園に行きたいです」
「あー場所決めてるんだ。また、デートコース考えろとか言われるのかと思った」
「大丈夫」
突然セフィアが慈愛に溢れる眼差しで僕を見る。
「レイジにそんな甲斐性がないことくらい、あたしにも判ってますから」
「……反論できない。でもひどい」
「いいのよ、最近そういうレイジを見るたびに、背中がゾクゾクするのあたし」
なんか変な方向に目覚めてる!?
「しかしまあ、なんで動物園?」
僕は話を逸らした。セフィアの耳は狐耳、よっぽど動物みたいなのに。
「レイジにはまだ話してなかったね。あたしたちの惑星には、もう自然と呼べる環境が残ってないんだよ」
「ふむ」
「あたしたちの本星では、人も動物も全てが電脳仮想空間で生活してるの。コンピュータの中で生きている、仮想生命の形を取って」
お、なんか本格SFみたいになってきたぞ。
「そして、必要な人材だけはこうして肉体を与えられて、外の世界で働くことを許可されている。そんな感じだから、生きてる動物とか珍しいのよ」
「そうなんだ。じゃあ日曜は朝から動物園だ」
「やったー!」
というわけで、日曜日は朝から動物園に行くことになった。一緒にお風呂に入りたいとかお医者さんゴッコをしてみたいとか、そういった変な要求よりは全然マシだ。
「……で」
日曜日。では行くかと家を出た僕とセフィアは、待ち構えていた人影に冷たい視線を投げかける。
「なんだっけこのちびっこ」
「ちびっこではない!宇宙海賊キャプテンスラン様だっ!」
そう、ブラックホール魚雷による強制転移でどっか遠くに飛ばされていたはずのちびっこが戻って来たのだ。セフィアは露骨に嫌そうな顔をしてる。
「ああ、その見た目で四十過ぎだっけ」
「ぬっ……なんか辛辣だな」
「あのねスラン、あたしたちこれからデートなのデート。夫婦の絆を確かめ合うの」
「いや夫婦ってわけじゃ」
「お前なんぞに娘は嫁にやらん!」
「あんた関係ないでしょうが!」
スパーン、と小気味良い音を立ててセフィアのハリセンが一閃した。僕がセフィアのボケを糾すために百円ショップで買ったものだったけれど、取り上げられて今日に至る。叩かれたちびっこは涙目だ。
「痛いよお姉様」
「年上の妹なんか持った覚えはない!」
スパーン!
「なんかこれ気持ちよくなってきたかも」
「とっとにかくもう行こう」
セフィアが新しい自分に目覚める前に出かけなければ。
「そうね、デート分の補給をしないと」
「なんだそれ?」
首をかしげるちびっこに、セフィアはふふんと得意そうに説明を始める。
「デート分というのは以下省略。摂取しないと大変なことになるのよ」
「あわわわわ知らなんだ」
青ざめて震えだすちびっこ。騙されてる!
スマホをしばらくぽちぽちしていたちびっこが、すがるような顔でこっちを見た。
「うわーん、誰か暇な知り合いはいないか?うちの艦は今日一日全休で、誰も連絡付かん!でも非常招集したくないよー!」
海賊船が一日休みなんてこと、あるの?
「……誰でもいい?」
「うん」
僕は急いで吉村に電話をかける。ラインのほうがいいだろって?文字打つのがめんどいの、僕は。
「あーもしもし、何だよこんな朝から」
「今すぐ出て来い。こないだのロリがお前を待っている」
「マジかすぐ行く」
ほんの五分で吉村は現れた。めっちゃいい笑顔をしている。
「よし来たな」
「おう来たぞ」
「ほら、これ」
スランとと引き合わされて、めちゃくちゃ赤面する吉村。そういや歳の話するの忘れてたな……
「どうも、吉村です」
「アタイはスランだ」
もじもじする二人。もじもじくねくねするばかりで全く話が進まない。
「じゃあ、あとは若い人同士で」
しびれを切らしたセフィアがそう切り出す。片方は若くないぞ。
「そうですね、二人でそのへんを散歩でも」
僕も乗って、二人を送り出す。どうなるかは知らないけれど、まあ厄介払いは出来た。
「じゃあ行こレイジ」
「ああ」
こうして三十分以上を無駄にして、ようやく出発することになったのだった。前途多難?
「今日のセフィアは私服だ。オリーブブラウンのチュニックに黒のレギンスの組み合わせは彼女の銀髪と良く似合う。いつものスニーカーではなく茶色のローファーで少し大人な雰囲気も出していて、僕はそんなセフィアを見るたびに胸が高鳴るのを自覚しないわけにはいかなかった」
「黙れ。まるでナレーションみたいに人の気持ちを捏造するな」
「でもまあ確かにそう言うだけはあって、昨日の晩から悩んで決めたというセフィアの装いはとても可愛らしくて」
「黙れと言った」
僕はセフィアの四次元ハンドバッグからハリセンを取り出して一閃する。すぱーんという小気味いい音が周囲に響き渡る。
「だってレイジ全然褒めてくれないんだもん」
ぷーっと膨れるセフィア。
「せっかくおしゃれしたのに」
「そういうのは恥ずかしいんだよ」
「まあいいけどさ、言葉にしないと伝わらないこともあるんだからねっ」
「ほれ、あそこペンギン」
「うわーっ」
指さした方に走っていくセフィア。少し見て、とぼとぼと帰ってくる。
「……くさかった。あと目が怖い」
「まあ生き物だからな」
「猿もなんか威嚇ばっかりしてくるし、虎は寝てるし」
「生き物なんだから思い通りにならないんだ」
「そうだね、それが自然ってことなんだね」
「まあ動物園を自然と呼ぶのにはちと抵抗があるけどな。あ、ちょっと待ってて」
僕はセフィアを待たせてソフトクリームを、チョコとバニラの二つ買って戻る。
「どっちがいい?」
「チョコ」
「ほい」
「ありがと」
セフィアに笑顔が戻った。まあこれでデートらしくなったとは思う。
「……ダグラモナス星雲人の侵略対象になる星ってね、宇宙連合政府が所属している星々がずっと昔に通り過ぎた頃の文化を持ってるの。あたしたちがもう戻れない頃の輝きが、この星にもたくさんある。そういうものをね、レイジと一緒にたくさん見たいんだ」
セフィアは時々こういう風に遠い目をしてしみじみ語る時がある。いつもこうならハリセンの出番もないんだけれどな。
ソフトクリーム部分をあらかた舐め終えると、セフィアは残ったコーンを一気にばりばりと噛み砕いて食べ切った。これは宇宙人式なんだろうか?
僕も慌てて残りのソフトクリームを食べ終える。セフィアが右手を差し出したので、手を繋いで歩き出したその時。
ピピピピッ、と電子音が鳴った。
「状況を」
「第三ラグランジュ点付近に敵艦隊捕捉。艦影二十五、工作部隊と推定」
「了解、月軌道艦隊で迎撃する。ベラスデスを旗艦に、これより転移する」
「ラジャ」
セフィアはこっちを振り向いて、苦笑い。
「何も日曜日に来なくてもいいのにね」
「全くだ」
手を繋いだままだった僕たちはそのまま宇宙戦艦のブリッジへ転移した。もう馴れて来たぞ。しかし僕まで行く理由っていうのはなんだろう。
「敵艦種の詳細データは」
「現在偵察ドローンにて取得中」
「AIは工作部隊と推定と言ったか。参謀、工作内容についてなにか見解はあるか?」
「これまでのダグラモナス軍の行動パターンからしますと、地球人類の切り崩しではないかと」
セフィアの座る偉い人シートより一段低い席に座った、クール系美女が答える。色んなキャラがこのブリッジにいるけれど、みんな狐耳っていうのはシュールだ。
「宣伝、誣告の類となるとやはり近づけるわけにはいかん。艦隊の発進準備は」
「あとイチサンで完了します」
「駆逐艦隊を先行して迎撃に回せ。敵は恐らく地球への直進コースを取る。アサルトアーマー隊を出して足を止めろ」
「ラジャ。駆逐艦隊は先行して戦闘空域に入り次第アサルトアーマー隊を展開、迎撃を開始してください」
「あのさ、聞いていい?」
近くに座っている、目のくりくりしたブリッジ要員に僕は声をかけた。
「はい、大佐の旦那様」
「いやまだ旦那じゃないんだけど。それよりさ、時々艦の名前が変わるけど、見た感じいつも同じメンバーが乗ってると思うんだ」
「ああ、そうですね。旗艦のブリッジクルーは交代勤務も含めて固定ですから、作戦によって艦を変えても同じメンバーが乗ります」
「なるほど、ありがとう」
しかし僕には座席が用意されていないので、床に直接胡坐を組む。掴まる手すりもないのに立っていて、揺れに負けて転びたくはないもんね。
「主戦艦隊出撃準備完了」
「了解、全艦全速。先行する駆逐艦隊と合流して息を叩く」
「ラジャ。全艦全速。駆逐艦隊との合流はイチナナを予定」
「分析ドローンよりのデータ到着。敵工作艦五は揚陸艇、大気圏突入を目的と推定」
「やはりな」
聞いてるだけでは退屈なので色々説明すると、広いブリッジの床にはあちこち丸い穴が開いていて、その中にクルーの席が設えてある。床面よりちょい低いあたりにモニターの上辺がある感じだ。そんな席が八つほど半円を描くように配置されていて、その半円の反対側が階段状に三段立ち上がっている。そのひな壇には普通に座席とモニター類が置いてあって、一番高い場所にはセフィアがいる。
上から二段目に座席は二つで、さっきのクール系ともう一人、おっとり系お姉さんがいる。一番下の段には四人分の席があって、セフィアの命令を他に伝えるのはその四人が分担しているっぽい。全員狐耳の女性で、髪の色はまちまちだ。
僕は特にすることもいる場所もないので、円の中心あたりに座っている。正面の大きな窓はたぶんモニターで、ガラス窓みたいに見えるのはたぶん演出だと思う。
「主戦艦隊が敵を射程圏内に収めました」
「敵工作艦を逃すな、ミサイル発射後に主砲は威嚇射撃、敵の散開を阻止せよ」
そんな説明をしている間に敵艦隊と接触をした。
「ラジャ。光子ミサイル発射後に威嚇射撃」
「敵艦隊損耗率四十五パーセント。味方の損害は現在十パーセント」
「威嚇射撃の幅を詰めて敵艦を追い込め、後退しつつ射撃継続。アサルトアーマー隊にも通達、工作艦を逃すな」
「ラジャ。威嚇射撃の上下角マイナス3、左右角マイナス4。微速後退」
「ラジャ。各アサルトアーマーは敵艦を包囲しつつ工作艦を目標に設定」
「司令官、敵艦隊下方に小規模な次元震確認。次元潜航艇と思われます。規模から二隻と推定」
「次元潜航艇だと!?しまった、連中めそちらが本命か!」
ぎりっと歯噛みをするセフィア。一段下の席のおっとりお姉さんがセフィアを見上げた。
「司令、本艦には試作の次元魚雷が搭載されています」
「何基ある?」
「八基です」
「……魚雷発射管一番から四番に試作次元魚雷を近接信管で装填。目標は敵次元潜航艇」
「ラジャ。魚雷発射管一番から四番に近接信管で試作次元魚雷を装填。敵艦隊下部の次元震から潜航艇の位置予測開始」
「位置予測完了。右前方距離サンマル、角度ニイハチ」
「こちら魚雷管制、位置予測データ投入、発射準備よろし」
僕にはまだよく判っていないんだけれど、主砲や副砲、対空機銃あたりは基本ビームらしい。そして特殊な目的のものも含む実弾系が魚雷と、そんな使い分けをしているらしい。
魚雷が発射された。しばらくは実体弾が尾を引いて飛んで行くのが見えていたけれど、ある程度離れたところでぷっつりと姿を消した。
「亜空間に入ったんですよ」
すぐ後ろにいる、一段上の子が僕に囁く。
「次元潜航艇って、亜空間に潜む潜水艦みたいなものなんです。普通の攻撃は当たらないけど、あの魚雷なら当たるはずなんですよ」
「そりゃすごい」
「次元魚雷の爆発確認、四基全て着弾」
「敵艦隊が撤退を開始します」
「アサルトアーマー隊を撤収させろ。次元ソナーでの索敵開始」
「ラジャ。各アサルトアーマー隊は順次帰還して下さい」
「時限ソナーに感あり!司令、敵次元潜航艇はあとイチサンで大気圏へ突入します!」
「なんだと!」
「先ほどの潜航艇もオトリか」
クール系が頷く。
「二段構えとは周到ですね。ここからでは、試作次元魚雷では間に合いません」
おっとりお姉さんが困っている。
「潜航艇の次元浮上タイミングが判れば、そこに」
「司令、角度がいけません。本艦隊の位置からでは地上に被害が」
万事休す!このまま、敵の侵入を許してしまうのか!?
「ふははははは!」
と、そこに単艦出現したのはそう!スランの海賊艦だったのです!ババーン!
「お姉様!助けに来たよっ!」
「スラン!?」
「僕もいるよー」
「吉村、お前そこで何してるの?」
「デートの続きかな?よくわからん」
「司令、今のうちです。次元潜航艇は今のままでは大気圏投入はできません。そのためには必ず一度次元浮上、こちらの空間に戻る必要があります」
おっとりお姉さんが笑顔で続ける。
「あの海賊船には、潜航艇と同一座標でフタになってもらいましょう」
「ふむ」
「時間を稼いでいる間に本艦で接近、次元地雷で潜航艇を撃破……というのはどうでしょう?」
「よし、それで行く。海賊艦に座標データを送れ。スラン聞こえるか、こちらの指示する座標に移動するんだ」
「ラジャ。連合軍通常周波帯で座標データ送ります……双方向通信コネクト確認、以降はこちらの指示に従って下さい」
「お姉様のためならエンヤコラ!」
……というわけで、頑張った敵の作戦も計算外な海賊船のおかげで潰れたのでありました。
まあご都合主義でいいんですよ、こういう話は。再登場が伏線って、よくある話でしょ?
敵の攻撃も色々と手が込んできてるみたいだ。今はまだ搦め手だけど、力で攻めて来たらどうなるんだろう?やっぱり苦戦してしまうんだろうか。
「大丈夫だとは思うんだけどね、こっちも新装備の開発は常にしてるし」
「ふーん、まあ守ってもらうしかない立場からすると、頑張って下さいとしか言いようが」
「頑張りたいなー」
セフィアは棒読みで言う。
「えっ?」
「あーあ、頑張りたいなー。どうしたら頑張れるかなー」
偉い人席から降りてくるセフィア、そしてそれを見つめるクルーたちの視線。コツコツと固い床をローファーが叩く音が響く。
「やる気の出る出る、そう、おまじないか何かないかなー」
一気にアウエーの空気。好奇心と期待とその他いろんな眼差しが刺さる、刺さる、刺さる。
「なんかこう、あるよねー?恋する乙女を頑張らせるおまじないって」
「自分で言ってて恥ずかしくないか?」
「こういうのって先に言っちゃうと案外恥ずかしくないんだよねー。よく考えたら、今さらこの子たちに見られたところで何が変わるわけでもないし。デートの締めくくり、してほしいなー。んー」
目を閉じ、しな垂れかかるセフィア。手で顔を隠すクルーもいるけれど、指の隙間からしっかり見ている。だからもう、僕は観念した。
「吉村さー」
「んー」
「あのロリとどうなったさ」
「聞いて驚け。メアドとテル番ゲットした」
「おおお、やるな」
でへへ、と目尻が下がる吉村。
「あの子宇宙人なんだなぁ、驚いたよ。まあセフィアさんの知り合いなら当然か」
「うん。あと一つ驚くことがあるぞ」
「なんだね、おぢさんに話してみんしゃい」
僕はひとつ咳払いをした。
「あの子、四十過ぎてるらしいぞ」
「マジ?」
「マジ」
吉村はしばらくじっと考えて、ポンとひとつ手を打った。
「なるほどつまり、年下趣味と年上趣味のハイブリッドってことか」
嗚呼。
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