第34話 幸福

(ボクはここで待ってるから、二人で行っといでよ)

「むうう~……」

「仕方ないですわニア」

 脱いでカゴに入れたニアの服の中に隠れてるボク。

 宿のお風呂は共同の大浴場。

 他の人も結構いるし、お風呂じゃ隠れるところがないからボクは一緒に入るわけにもいかない。

(ボクは後で水浴びするから、気にしないで二人でゆっくりしてきてよ)

(……うん。ごめん)

(気にしないでってば)

 それでもニアは申し訳なさそうな顔で頷くと、セリスと二人で浴室に入って行った。

 うーん、そりゃボクも残念は残念だけどさ……。


 ◇ ◇ ◇


「ずっと隠れて暮らすなんて、フェイが可哀想ですわ」

「んー……」

 セリスはそう言ってくれるけど……机の上の手桶のお風呂で手足を伸ばしながら、考える。

 そりゃあボクも、出来る事ならニアと一緒に堂々と街や旅を楽しみたい。せっかくの異世界転生だもの、この世界を満喫したいよ。

 最初は、ニアもボクも逃げ隠れして生きていく似た立場だと思ってたけど。

 ニアはそうじゃないんだ。堂々と生きていかなきゃいけないんだ。そのための力を付けようとしてるんだ。

 でもボクは……ボクを狙うのは国レベルかもしれない。ヘタしたらこの国から逃げ出さなきゃいけなくなるかもしれない。

 そんなリスクを冒すわけにはいかない。

「ごめん、私がもっと強ければ……」

「違うよ、ニアを頼るしかないボクが悪いんだよ」

 ニアはこれからどんどん世の中と関わって生きていくんだ。

 ボクがその邪魔しちゃいけないよね。

 だから、ボクはやっぱりそんな素振りを見せちゃいけないんだ。

 ニアの胸のモフモフに喜んで埋もれてなきゃいけないんだ。

 ……と、ボクが密かに怪しい決意を固めていると、セリスが少し言いにくそうに口を開いた。

「その……王宮がって言ってたのは、どういう事ですの?」

 そういえば、セリスはそこを気にしてたね。

「ミヤノで妖精研究家って人に言われたんだ。王宮は妖精を見つけたら捕まえに来るって」

「それは……何か根拠がある話ですの?」

「うーん、そう言われてみれば、彼の……シロンの推測ではあるけども」

「もう一度詳しく聞いてみるべきですわ。もちろん無暗に身を晒すのが危なくないとは言えませんけど……昔は、妖精は人とともに暮らしていたと言われていますわ」

「そういえば確かに、シロンもそうは言ってた……」

「でも……」

 ニアが俯いたまま言う。

「でも、そうしていたから、泉のフェイは死んだ……殺された」

 世間的には自ら身を投げた事になってるはずだけど。

「それは……そう……そうですわね……」

 殺されたようなもの、と受け取ったのかな? それとも、セリスも何か知ってる……?

「そうならないで済む方法ってないかなあ」

「やっぱりダメ。危険」

「でも、シロンとはもう一度話してみよう」

「……うん。でも危ないのは絶対ダメ」

 そんなニアとボクを見て、セリスが独り言のように呟く。

「やっぱり、なんとかしないと、ですわね……」


 ◇ ◇ ◇


 退屈だ~。

 朝、早めに宿を発ち、巡回馬車で東門から北門へ。そしてミヤノ行きの乗合馬車に乗って……もうお昼。

 ニアとセリスの他に5人ほどの乗客がいる。

 ボクは相変わらず、ずっとニアの胸に隠れたまま。

 そうだ、これはとても喜ばしい事なのだ。

 ボクは窓の外を見るよりもニアの柔毛を堪能するべきなのだ。

 ボクの部屋とも言える、ニアの防具の胸の膨らみ。

 ニアの胸はぺったんこだから、硬い革で形作られたささやかな胸の膨らみ分は、ただの空間になってる。

 そこにボクが横になると、割と自由に姿勢を変えられるくらいの余裕がある。

 胸には自前の毛皮があるからか、ニアは下着は下しか穿かない。

 そう、つまりボクの部屋は最高級の毛皮がモフモフなのだ。

 胸やおなかの毛皮は、ただでさえ他のところよりも柔らかい。

 少し長めのその柔毛を掻き分けると、下にはふわっふわの綿毛の層がある。

 ボクはそこに顔を埋めて、胸いっぱいにニアの匂いを堪能する。

 焼きたてのパンみたいな薄い香りは、なんだかとっても幸せになれる。

 この多幸感は、もしかしてヤバい成分でも含まれてるんじゃなかろうか。

 おっと、柔毛にちょっと隠れたふたつのぽっちはあまり刺激しないように気を付けてるよ。

 といっても、どうしても身体が当たっちゃうのは避けられないけどね。

 ――ニアがもぞりと動く。

(フェイ……お風呂が楽しみ)


 ◇ ◇ ◇


 ミヤノへの街道の途中にある宿場町。

 今日の乗合馬車はここまで。

 明日は4人乗りの小さめの馬車に乗り換えて、ミヤノに到着する予定。

 山に入ると道が細くなるんだって。

 それでも馬車が通れるくらいには道が整備されてるんだけど。


 ◇ ◇ ◇


「フェイ、さっきはおたのしみだった」

 ニアが笑顔でボクを見下ろして言う。その目には怪しい光が宿ってる。

「そ、その……お手柔らかにお願い……」

 ボクはニアの両手に乗せられ、両肩を親指でがっちりと押さえ込まれてる。

 逃げることはもちろん、隠すこともできない。もちろん全裸だし。

 うん。例によって井戸と衝立で区切られた水浴びスペース方式だった時点で、覚悟してた。

 宿場ではこの形が多いみたいね。

 ニアがボクのおなかに鼻を付けて、すうう~っと息を吸う。

 そしてそのまま鼻からぶおお~っと吐く。

 小さなボクにとっては凄い風量。

 たとえか弱いニアの力であっても、ボクにとっては強大で、押さえ込まれるとビクとも動かせない。

 そんな状態で巨大な顔が迫ってくるのは、どうしても心の奥底の恐怖感が消えず、竦んでしまう。

「フェイの匂い、好き」

 目前のニアの目が笑う。しゃべる吐息がボクの下腹部を撫でる。

 抗えないことが、ニアにボクの全てを委ねることが、竦んでしまう事さえも、心地良さと感じてしまう。

 ニアの蠢く舌がボクの身体を這い回る。

 熱い巨大な肉塊に圧迫されるたびに、そこから痺れが全身に広がる。

 おなかの奥がきゅんきゅんするのは、前世では知らなかった感覚。


 かぱっ……はぐっ

 うえっ!? いたっ!?


 ニアが口を開けたと思うと、巨大な牙が肩口に食い込んだ。

 電気が走ったように全身が硬直した。

「に、ニア……」

「んふ……ふぁーりーちぇ~んじ」

 だから変身なんてしないってば……あ……

 かぷっ

 ニアがボクの身体にあちこち次々と歯形を付けていく。

 巨大な顎が本気で噛めば、ボクなんか簡単に壊されてしまう。

 その牙がボクに食い込むたび、全身に電気が走るように硬直する。

 竦んでるのか、イッてるのか、よくわからない。

 何度目か、それとも何十度目だろうか、ボクは真っ白になった意識を手放してしまった。


 ・ ・ ・


「ん……」

「フェイ、気が付いた?」

「……うん……凄かった」

 身体を見下ろすと、全身歯型だらけ。

「ごめん、やりすぎた」

「ううん、だいじょぶ。その……凄かった……」

 凄かったとしか言いようがない。

 脱力したボクはニアの掌にぐったりと全身を委ねた。


 ◇ ◇ ◇

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