第33話 友達

 翌日、夕刻。

 ボクたちはヒジュの街の門をくぐった。

 朝、宿場町を発って、一日歩いてきた。

 ヒジュはミヤノみたいに周りに魔獣がいる森もないので、街壁はそう高くない。

 ニアの身軽さなら簡単に越えられそうだけど、巡回してる見張りに見つかったら牢屋行きになっちゃう。

 そもそも冒険者はほぼフリーパスなので、そんな事をする意味はない。

 商品を持ち込む商人とかなら意味あるかもだけどね。


 ヒジュの街は、ミヤノよりもずっと賑やかだった。

 南街道の主要都市である街は交易が盛んで、ヒジュ川が注ぐ海は海の幸に恵まれて漁業も盛んなのだそう。特に、ここでしか獲れない特産のアルカ海老は絶品なんだって。


「まずは冒険者組合でユーチェと連絡を取りますわ」

 電話みたいな魔法通話でもあるのかと期待したけど、そうじゃなくて郵便のネットワークがあるんだって。従魔による速達もあるんだとか。

 街を楽しむのは置いといて、まずは無事を知らせないとね。

 冒険者組合は東門を入ってすぐの広場にあった。

 広場の周りには他にも商業組合や役所なんかが並び、ここを中心にして繁華街が広がってる。食堂や宿屋もたくさんあるみたい。

 ちなみに西門と北門にも同じように広場があって、それぞれに冒険者組合があるんだって。街の中心にひとつしかないミヤノとは街の規模が違うんだなあ。


 ・ ・ ・


「ニアは待っててくださいまし」

 セリスはそう言って、冒険者で混雑する受付に並びに行った。


 ごった返すというほどじゃないけど、組合の中は多くの冒険者が行き交っている。

 ニアは酒場を兼ねた広いロビーを見渡した。

 というのも、ロビーの入口が少し位置の高い踊り場になっていて、ロビー全体を見渡せるようになっていた。

 パーティの集合場所として使いやすいようになってるのかな。円卓が整然と並んでる割に、椅子はあちこちに持っていかれるのか雑然としてる。

 ふと、そんなロビーの片隅に小さな人だかりが出来ているのが目に留まる。まだ子供と言ってもいい少年たちが多く、中には女の子やニアと同年代くらいの子供の姿もある。

 彼らはテーブルに何かを広げ、みんなこぞってそれを覗き込んでいた。

 ニアはその人だかりにやって来た。でも背の低いニアでは後ろから覗き込むことが出来ない。むしろ体の小ささを活かし、隙間に入り込んで最前列ににゅっと顔を出した。

「――『正義の味方がいる限り、この世に悪は栄えない! ファーリー仮面見参!』」

 正面にいる少年が、どこかで見た覚えのあるセリフを読み上げる。

「ファーリー仮面!」「やっつけろー」「かっこいい」「……(ぽっ)」

 彼がテーブルに広げているのは、あまり紙質の良くない本。そこにはシロンのアトリエで見せてもらったマンガが載っていた。

 彼がマンガのセリフを読み上げるたび、覗き込んでいるみんながやいのやいのと騒いでいた。

 ちなみにファーリー仮面とは、主役の狼獣人の女の子が変身してナイスバディな大人になった姿。

「『強化完了! やっちゃえ!』『ありがとリーファ、いっくよ〜!』」

「妖精かわいい〜」「やーん、抱きしめたい!」

 ナイスバディ獣人のファーリー仮面は男の子に人気、マスコットキャラのような妖精リーファは女の子に人気、って感じ。

 ふと彼がマンガから目を上げ、正面にいたニアと目が合った。

「……うわっ、獣人!?」

 ニアはフードを被っているとはいえ、正面からでは顔を隠しきれていない。

「えっ、セリフ違う……?」「獣人かっこいい」「……ファーリー仮面……好き(ぽっ)」

 ニアの顔が見えない周りの子供たちは事態を呑み込めてない。彼の言葉をマンガのセリフと思ってる子もいるみたい。

「お、お、おまえ誰だ!? 顔見せろよ!」

 少年がニアを指差す。ようやく周りの目がニアに集まった。

 まあ、見せろと言うならここで隠す理由もない。

 ニアはフードをめくって顔を露わにする。

「――ニア。Fランク」

「獣人だ」「猫族?」「……好き(ぽっ)」

 みんながざわつく。

「……すっげぇ、本物の獣人初めて見た! 俺はケント。俺もこいつらもみんなまだ見習いだ」

 マンガを読み聞かせしていた彼、ケントは目をキラキラさせてニアを見ていた。他のみんなも好奇の気持ちはあるものの、概ね好意的みたい。獣人が主役のシロンのマンガの影響もあるのかな。

「これは?」

 ニアがマンガに目を落として聞いた。

「昨日アニキがミヤノから持って帰ってきた『マンガ』ってんだ。『ファーリーウルフ・マキ』、面白いんだぜ!」

「ミヤノで売ってるの?」

「ああ、続きは来週買えるんだって。ああー、俺もミヤノに行きてえ。……なあ、お前はファーリーキャットなのか?」

「……変身はできない」

「そりゃそうだよな、妖精いないとな!」

「いてもできない」

「ところが、妖精噛むと大人に変身するんだぜ!」

「うーん……じゃあこんど試してみる」

「はははっ、大人になれたら俺にも見せてくれよな!」

「うん」

 ……いや、なれないから試さないでよね?


 セリスだ。入口でニアを見つけて手を振ってる。ニアは頷いて応えた。

「仲間が来た。もう行く」

「そうか」

 ケントは残念そうな顔をしたけど、すぐに笑顔になって言う。

「ニアはもう俺たちの仲間だ、またな!」

「うん、また」

 みんなと手を振り合って別れた。

(友だち出来たね)

(うん)

 ニアが嬉しそうに微笑む。

 この間のミヤノではケンカになったけど、ケントたちが獣人に最初から好意的だったのは、やっぱりマンガの影響が大きいのかな。


 ・ ・ ・


「ユーチェからも手紙が届いてましたわ。……全国に出したのかしら。速達を出しておいたので、ミヤノで落ち合えそうですわ」

 組合を出て大通りを歩く。人通りが多い。ヒジュに入ってからずっと、ボクはニアの胸に隠れたまま。

「ミヤノには乗合馬車が出てますから、明日の朝、北門から乗りましょう。今夜はこの辺りで宿を取りますわ」

「北門じゃなくて?」

 ニアの疑問はもっとも。今日のうちに北門に行っておいた方が効率いいよね。

「街の中も巡回馬車があるから朝でも大丈夫ですわ。北門は海から離れるので、その……ここでアルカ海老を食べたいのですわ、名物ですのよ」

 食い意地が理由か。


 ◇ ◇ ◇


「んん〜、サクサクですわあ」

 満面の笑みでアルカ海老のかき揚げを頬張るセリス。

 ロブスターみたいな大きな海老を想像してたら、そうじゃなくて小海老だった。

 山盛りの小海老を衣で揚げた、かき揚げが名物なのだそう。

 隠れたままで、ボクもひとかけ、というか1匹分のカケラをニアにもらってかぶり付いた。小海老と言っても、ボクにとってはロブスターサイズ。

 カリッ

 ボクからすると、サクサクというよりカリカリ。

 芳醇な海老の香りが口いっぱいに広がる。うま〜い!

 あっという間に1匹平らげると、もう1匹降ってきた。

 ニア、ナイスタイミング。

 ……あれ? もう1匹。

 見上げると、ニアが必死にかき揚げにかぶり付いてはボロボロとこぼしていた。

 あー、獣人のニアは普人と少し口の形が違うから食べにくいのかな。

 いいや、文字通りおこぼれに預かろっと。


 ◇ ◇ ◇

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