第32話 脱出

「川だ~っ!」

 やっと身体を洗える!

 ――ドプン!

 そう思ったら、ボクはニアの肩から一直線に川に飛び込んでいた。

 川というか沢ってくらいの流れだけど、ボクが泳ぐには十二分な水量。

 飛び込んだ勢いのまま水中を進んで気付く。空を飛ぶボクの羽の推進力は水中でも健在だ。手足を動かさなくても空を飛ぶように水中を自由自在に泳ぎ回れる。しかも息継ぎもいらないじゃん、こりゃいいや。

 グルグル渦を巻いたり、きり揉みにスピンしたり。カピカピだった身体も服も、あっという間に洗濯機。

 あはは、たーのしー!

 ザプン、と水面から飛び出すと、ちょうどニアとセリスがやってきたところ。

「渦潮脱水飛行~! にゃはははは!」

 二人の前で高速で小さな円を描いてグルグル飛ぶ。

「きゃ……!」「にゃ」

 遠心力で飛沫が二人に飛んだ。

「フェイ、テンション上げすぎですわ」

「むうー」

「にゃはは、ゴメンゴメン」

 言いながらボクは服に魔力を流して乾かし、カラスならぬ妖精の行水完了。

「わたくしも傷の跡を洗いたいですわ」

「私も水浴びする」

「ごゆっくりとは言えないけど、ボクが見張ってるよ」

 気配を見張るから、目で見張るより広範囲で安全安心。

 ニアは防具と服を脱ぎ捨てて沢に入る。

 セリスは手拭いを濡らして身体を拭くようだ。

 それでもいつ魔獣が襲ってくるかわからない魔境、二人とも手早く済ませた。

「フェイ、ちょっと背中見て」

 沢から上がったニアがボクの方に背を向け、振り返ってボクを呼ぶ。

「どしたの? 何か付いた?」

 ボクがニアに近寄ると……

 ブルブルブルッ!

 ニアが身体を振って毛皮の水を切る。

 盛大に飛んだ飛沫でボクはベチャベチャになった。

「お返し」

 ニヤッと笑ってニアは言った。


 ◇ ◇ ◇


 また日が傾いてきた。

 あれから、なんとか魔獣を避けて進んでる。ロアグリズリーほどの大物にも出会わずに済んでる。ヤツの縄張りが広かったのかもしれない。

「夜営できる場所を探す必要がありますわね」

「ボクは木の上で寝たよ」

「それはそれで相手によっては逃げ場がないという危険が……フェイの場合は飛んで逃げられますものね。でも今は確かにそれが最善ですわね」

 3人で携帯食の食事を済ませ、セリスは低いところに枝がない大きな木を選んだ。

 ニアを背負って、木の幹に回したロープで身体を支え、ブーツに付けた爪を幹に引っ掛けて登っていく。

 へえー、こんな登り方があるんだ。

 ずいぶん高いところの太い枝まで登って、セリスが幹を背にして枝を跨いで腰を下ろす。その前にニアを座らせて二人ごとロープで幹に身体を括る。

 そしてボクがニアの胸に納まると、密着就寝体制の出来上がり。

 魔獣が近付いた時、声を出さないで済むように身体を叩く合図をいくつか決めておく。

「セリス……すっごいシアワセそうなんだけど」

 ニアを抱えるように両手をおなかに回し、ニアの頭に頬を寄せて恍惚の表情を浮かべるセリス。

「こ、これは不可抗力ですわ。でもニア、どうせなら正面から抱き合っても……」

「周り見えないからダメ」

 ニアはいたって冷静だった。


 ◇ ◇ ◇


「見えましたわ! 南街道ですわ!」

 森を抜け、見通しが開けたところで、麓の方に道と海が見えた。

 開けた草原に危険な気配はない。

 ――やっと魔境を脱出できたんだ。

「助かりましたわ! わたくしたち、助かったんですのよ!」

 セリスがニアに抱き付いて持ち上げる。

「うん……よかった」

 ニアはされるがままだけど、心底安心したように微笑んでいた。

(ぐえええ……)

 ボクはそんなニアとセリスの間で押し潰されていた。


 ◇ ◇ ◇


「はああ~、やあっ……と、落ち着けますわあ」

 この国グルーサは、東西北の三方はそれぞれ3つの隣国、南方は海に接している。

 南街道は、首都ウジシャッコをはじめとするグルーサの沿岸五都市を繋ぐ、海沿いの交易路。

 都市間を人々が行き交う南街道には宿場町が点在してる。

 南街道に辿り着いたボクたちは、まず最初の宿場町で宿を取った。

 宿代はニア持ちなので、質素な宿だ。

 ――

「ごめんなさい。全部ユーチェに任せていましたので、わたくしはあまり手持ちがありませんの」

「もちろんニアには報酬を弾みますわ。でも、組合に行かないとお金が下ろせないんですの」

 ――

 冒険者組合はヒジュまで行かないとないけど、幸い数日の宿代に困ることはない。


 宿場町の食堂はたいていテイクアウトできる。

 買っておいた食事を部屋でテーブルに並べて3人で囲んだ。

 いろんな旅人が行き交うだけにレアな獣人でもスルーされてたけど、さすがに妖精は人前に出られないからね。

 お風呂はなくて、いつぞやと同じ井戸と衝立スペースの水浴び方式だった。

 サッパリ顔のセリス。なぜか毛並みツヤツヤのニア。そして、なぜかぐったり疲れ切ってテーブルに突っ伏すボク。


「セリス、大事な話がある」

 そんなボクを置いといて、ニアが真面目な顔で切り出した。

「フェイのことは極秘。他言無用。口外したら命はない」

「……もちろんですわ。でも、フェイはこれからずっと隠れて暮らすんですの? なんとかしたい……いえ、なんとかなるといいのですけど」

「ダメ。王宮に知られたらたいへん」

「……? それはどういう?」

 セリスの表情が曇る。

「捕まったら酷いことされる」

 セリスが困惑したような顔になる。

「そんな……あり得ませんわ」

「それでもダメ」

「……」

 少し悲しそう。どうしてかな。

「わかりましたわ」

 お、気を取り直した。

「わたくしからもお願いですが、あの、転移先での事は誰にも話さないでもらえますか」

「ん……わかった。お漏らしは秘密」

「おも……!? いや、そのことじゃなくて、いえ、そのこともですが……!」

「ん?」

「あの遺跡にあんな意味がある事は、混乱を招きます。どうか他言なさらぬよう」

「そっち……ん、わかった」

「できればあっちも内密に……」

「……ん?」

 ニアの笑みがちょっと黒いぞ。


 ◇ ◇ ◇

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