第30話 轟羆
「……行ったよ」
「……ん」「……ふぅ〜」
狼型の魔獣。
なんとか気付かれずにやり過ごす。
今日、これで魔獣が3頭目。
遺跡を出てまだ1時間も経ってないのに。
「道」を辿ると、なだらかに下って行ってるみたい。方角的には南の方向へ。
「やっぱりここは東の魔境のようですわね。だとすると……あまり状況はよろしくないですわ」
セリスの表情が曇る。
「魔境?」
ニアが疑問を挟む。ボクも疑問顔でセリスを見る。
「この国グルーサの東側一帯に広がる未踏の森です。危険な魔獣が多くて、あまり足を踏み入れるべき場所ではありませんわ」
「ボクが気配を見てやり過ごすにしても、こう多いと避けきれない心配はあるね。気配でわからない魔獣にも遭ったことあるし……」
「……それでも気を付けて進むしかない」
ニアの言う通り、ボクらに選択肢はない。
「この道を降りたらミヤノに帰れる?」
「山を降りて行けば沿岸の街道まで出ると思います。一度、港町のヒジュを目指して、そこからヒジュ川を上ればミヤノに帰れますわ」
帰る……か。ニアにとって、泉の街ミヤノは帰る場所になってるんだ。
「とにかく、まずはこの魔境を抜け出さなきゃだね」
「そうですわね。日が落ちるまでになるべく安全なところまで……」
「――シッ!」
ボクは気配を感じて会話を制した。
「まずい、風下からだ。気付かれてる」
「相手は何ですの?」
「熊……またあの熊魔獣だ……」
「くま……」
あのときの恐怖を思い出したのか、ニアが縮こまる。
「熊……ロアグリズリーですの?」
「ロア……? わかんないけど、でっかくて怖い熊の魔獣だよ」
ボクは魔獣の気配ビジョンを注視したまま。
魔獣は時おり後ろ足で立ち上がっては、ボクたちの匂いを辿って近付いて来てる。
「背中に赤い毛がありませんこと?」
「……ある」
「間違いありませんわね。咆哮に魔力を乗せてくる厄介な奴ですわ。森の中では逃げきれませんし、迎え撃つしかなさそうですわね」
「ええっ、勝ち目あるの?」
「ミヤノの近くでも遭遇することがある魔獣です、闘い方は知られていますわ。咆哮に魔力を乗せるときに大きな隙がありますの。盾役がいれば咆哮を受け止めている間に隙を突けるんですが、ソロの場合は咆哮を回避しながら倒すことになりますわね」
「できるの?」
「わたくしも剣士のはしくれですわ。ニアとフェイは隠れていて……わたくしに何かあったら、その隙に逃げてくださいまし」
「ダメ。私たちも闘う。避けるだけなら自信があるから、囮になれる。ね、フェイ」
「……うん。3人で一緒になんとかしようよ」
アレに殺されたボクの前のフェイの記憶が鮮明で、トラウマ気味に怖いけど。
「来るよ」
「……来ましたわね」
闘いやすいよう、少し開けた場所で待ち構えていたボクたちの前に、魔獣が姿を現した。
魔獣――ロアグリズリーは、後ろ足で立ち上がってボクたちを睥睨する。
――デカい。
まだ間合いがあるのに、セリスもニアも、ニアの頭の上のボクも、魔獣を見上げる。
魔獣が息を吸い、動きが止まった。膨れ上がる魔力が喉元に集まるのが気配でわかる。
――来る!
魔獣の狙いはボクとニアの方に――いや、明確に、ボクに向いていた。
「ッガアアアアア!!!」
魔獣が吠えた。
咆哮とともに、魔獣の頭くらい魔力の「塊」が、一直線に飛んでくる。
その魔力は不可視でありながら、その濃密さは輪郭の景色を歪めるほど。
でも、その瞬間にはもうニアはその射線にいない。
ニアとセリスは左右に分かれるように跳んでいた。
魔力は少し離れた後ろの地面を穿ち土を捲き上げる。
魔獣は咆哮を追うように突進していた。
なるほど、咆哮の魔力をぶつけて防御が崩れたところに、あの爪で致命的な一撃って戦法か。
魔獣は咆哮の空振りを見て足を止めると、四足のまま向き直る。
え、こっち!?
セリスは、魔獣を挟んでちょうど反対側にいる。
軽鎧に身を固め長剣を構えるセリスと、簡易な防具を身に付けて短剣を持っただけの子供、ニア。その頭の上のボク。
いくら魔獣とはいえ、警戒すべきはセリスの方だろうに、どうしてこっちを向くんだよ。
囮のボクらとしちゃ都合はいいけどさ。
魔獣がまた魔力を溜める。
その隙を逃さずセリスが奔る。
流れるようなきれいな剣筋が、魔獣の背後から後脚を切り裂く。
でも、魔獣はそれを一切意に介さず――
「ガアアアアッ!!」
咆哮を放った。
ボクはニアのジョイスティッ毛でそれを回避しながら、確信を持った。
こいつ、ニアじゃなくて、ボクしか見てない。
魔獣の意識は、終始、そして今も、ボクだけに向いてる。
なんで? ボク何かした? 初対面だよね?
魔獣とボクの視線がぶつかり合う。
鋭い牙を見せ付けるように開いた魔獣の口から涎が流れ落ちる。
ボクに向いた魔獣の意識は、獲物を捕らえようと、食ってやろうと……
もしかして「美味そう」なの!? 匂い!?
魔獣がまた魔力を溜める。
――意識の向き方がこれまでと違う。何かするつもり……?
魔獣は首を振って薙ぐように咆哮した。
魔力が塊ではなく扇状に広がって迫る。
――回避できない!
「ニア、防御!」
ニアは顔の前で腕をクロスさせ、腰を低くして踏ん張る。
でも、これを受けちゃったら続く突進を躱せない。
ボクは意を決して、ニアから離れて上空に飛んだ。
空中で魔力を躱し、今まさに突進しようとする魔獣に突っ込む。
魔獣は、魔力を受け止めて耐えるニアを無視して、ボクを追って立ち上がった。
長い前肢が虚空に弧を描いて迫る。
――あの記憶と重なる。でも、あの時とは違う。
ボクが爪を紙一重で躱すと、続けて別の方向から爪が振るわれる。
それも躱して、魔獣に纏わりつくように周りを飛び回る。
魔獣はボクを追って両方の前脚を無茶苦茶に振り回す。
当たらないよ、妖精さんムーブ舐めんな。
ボクはタイミングを計って、魔獣の頭上を越えた。
魔獣がボクを追って背後に身を捩った、そのとき。
走り込んでいたセリスの剣が、魔獣の喉元に深々と突き立った。
「……ガハッ」
初めて、魔獣の意識がボクではなくセリスに向く。
魔獣の胸元に取り付いて突き立った剣を抜こうとするセリスに前脚が振り降ろされ――
その一瞬前に、魔獣の目に向けて短剣が飛んだ。ニアだ。
魔獣は振り下ろそうとしていた前脚で顔を庇いながら、大きく身体を振ってセリスを振り払った。
飛ばされて地面で一回転したセリスは、その勢いのまま立ち上がり、まだ体勢を崩したままの魔獣にもう一度突進する。
「――トドメっ!」
ダメ! 危ないっ!
魔獣の懐に飛び込み、胸を抉るように剣を突き立てるセリス。
直後、魔獣が下から薙いだ前脚がセリスの身体を弾き飛ばした。
そのままもんどりうって仰向けに倒れ込んだ魔獣の胸には、セリスの剣が柄まで埋まっていた。
「「セリス!!」」
ボクとニアの悲鳴のような叫びが重なる。
セリスは放物線を描いて地面に落ちてバウンドし、丸まったように倒れたまま、動かなかった。
◇ ◇ ◇
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