第29話 弾丸烏
フェードアウトするように魔法陣の光が消えていく。
そこは、また同じような遺跡の、何もない部屋。
そして、奥に見える階段には明かりが差していた。
「……外の……明かり、ですの……?」
へたり込んだままのセリスがかすれた声で言う。
周りを見回し、あの威圧感が欠片もなく、ここがただの何もない部屋であることを確かめると。
「こ……怖かった……怖かった……ふえ、ふええええ」
また声を上げて泣き出してしまった。
ボクとニアは顔を見合わせ、ようやく安堵の表情になった。
◇ ◇ ◇
「見苦しいところをお見せしましたわ、忘れてくださいまし」
キリリと背筋を伸ばしてセリスが言った。濡れた下着はさっき替えていた。
遺跡を出たところ、森の中。
その入口は最初に入った遺跡と似てるけど、少なくとも数十年は誰の目にも留まってないって感じ。
……ここ、どこ?
「まわりに危険な気配はないから……ちょっとボクが上から見てみるよ」
「ん……フェイ、気を付けて」
「お願いいたしますわ」
手近の一番高い木に隠れながら森の上に出た。
日が傾きかけてる。まずは野営できる安全な場所を探さなきゃ。
だけど、この辺りが起伏の低いところなのか、あまり遠くまで見通せなかった。
遠くを見るには上空に上がらなきゃだけど、また鳥魔獣が襲って来たら怖いしなあ。
注意深く、周りや上空を見回す。
……見当たらないし、少しだけ?
ボクは上に注意しながら、木から離れて上昇した。
――っ!?
途端に、視線と害意が迫るのを感じた――背後!
ボクはその射線から横跳びに離れながら振り向く。
さっきまでボクがいたところを黒い影が凄い勢いで貫いた。
影は羽を広げると、ボクから離れるように森の木々スレスレの高さを大きく旋回する。
鳥型の魔獣。
……あっぶな!
こんな奴、どこにいた?
いつぞやの鳥魔獣ほど大きくはない……カラスくらいかな、小型な方か。
黒い身体に短く太い首、アンバランスに大きな尖った嘴。
今は100m以上は離れたところを大きく旋回しながら滑空してる。
数度羽ばたいて速度を落とすと、魔獣の視線がもう一度こちらを向いた。
魔獣が空中で羽を畳む。
黒く小さな丸い塊に見える。
ドンッ!
えっ?
黒い丸が動かない……いや、まっすぐ迫って来てる!?
――ヤバ!
見ていたからこそ、反応が遅れた。
100m以上の距離が縮むのに1秒かかっただろうか。
魔獣は、魔力で弾丸を発射するように自らを加速していた。
なんとか直撃は避けたものの、すれ違う衝撃波でボクは錐揉みに飛ばされていた。
回る空に舞う血飛沫が視界に入る。
魔獣の羽の先端が掠めただけで、二の腕がざっくり切れちゃってる。
魔獣は今度はすぐに減速して反転して来てる。
「……! ……!」
視界の端に二人が映った。こっちに何か叫んでる。
どっちが空でどっちが地面かわからないまま、ボクはニアの気配に向けて全力で飛んだ。
ぶつかる前に急減速したけど、止まり切れずにぶつかってしまう。
でも、ニアはボクを抱き止めてくれた。
「フェイ! しっかり!」
いつもの毛皮に包まれ、緊張が解ける。
上を見上げると、魔獣は諦めて飛び去って行くところだった。
……ああ、助かったあ。
「血が出てますわ! すぐ手当を……」
セリスが青い顔をして心配してくれる。
「……だいじょぶ。このくらいならすぐ治るよ」
・ ・ ・
「あれはバレットクロウですわ。大型の鳥魔獣を襲う魔獣と聞いてはいましたが、妖精さまも狙われるんですのね……ごめんなさい、人を襲う魔獣じゃないから盲点でした」
「だいじょぶだいじょぶ。それにボクは傷の治りが早いんだ。ほら、もう塞がってるし」
ボクはニアの手の上で、傷を受けてた腕をセリスに見せる。
なるほど、あの方法だと水平から上にしか攻撃できないもんね。地上にいれば襲われる事はないのか。
最初にボクを襲った大型の鳥魔獣が深追いして来なかったのも、バレットクロウを警戒してたのかもしれない。
「フェイ、まだ血が付いてる……ペロリ」
「にゃっ!?」
ニアの大きな舌が迫り、腕から肩、ついでに頬を舐められた。
「……ニア、味わってない?」
「てへぺろ?」
うう、いいけどさあ……
どこで覚えたんだよそれ。
「いいなあ……」
セリスまで!? ダメだかんね!?
「ごめん、遠くは見えなかった。あっちの方が高かったから、そのあたりまで行ってもう一度……」
「危ないからそれはもうダメですわ。それに、ほらあそこ、この遺跡も『道』の目印が見つかりました。まずはこれを辿りましょう」
セリスが指差すところ、茂みの陰に、来た時と同じような黒い石の柱がある。
「……明日にした方がよくない?」
ニアが空を見上げて言う。確かに、そろそろ日が沈みそう。
「そうですわね。今夜は移動せずに、遺跡で夜を越す方が安全そうですわね」
◇ ◇ ◇
夜。
遺跡の中の入口近くで火を焚いて野営。
薪を集めて、火起こしの魔道具もなくて、ちょっとだけ苦労した。
ニアはセリスに抱かれてモフられながらも、眠そうに船を漕いでいる。
「そうですの、フェイさまはご自身がどこから来たのか……」
「ねえ、その『フェイさま』ってやめてよ。ボクは泉のフェイじゃないんだし、セリスはもう友達……あっ、貴族様に無礼かな」
「いいえ、妖精さまとお友達なんて光栄ですわ。ぜひ、フェイ……と呼ばせてくださいな」
「うん、もちろん」
「フェイ……は、あの破壊神と……その、お友達でしたの?」
「んなわけないでしょ、初対面だよ」
転生とか彼の使命とかについては話さないでおこう。
彼の役目はまだまだ回ってきそうにないしね。
◇ ◇ ◇
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