第26話 刺客
「ここが祭壇の間ですわね――」
3人は遺跡の最奥の部屋に踏み込んだ。
もちろん、頭数に入っていないボクは、ニアの胸の中に隠れてるけど。
今日は朝からしっかり準備し、調査対象の遺跡に踏み入った。
中は当然真っ暗なので、魔法灯――魔鉱石を燃料に使う魔道具のランプをユーチェさんが下げている。
暗いから慎重に進んだものの、すでに調査済みで手元に見取り図もある。
特に障害もなければ、ダンジョンのようにモンスターが出るわけでもない。
地下2階層目の最奥のその部屋まで、一行は順調に進んでいた。
「いつものように広い部屋ですわね。この奥に祭壇があるはずですけど、明かりが届きませんわ」
部屋の両脇に装飾が彫刻された柱が整然と並び、通路が部屋の中央を闇の中へと伸びている。
その先に祭壇があるとのこと。
「そういえば猫族の獣人は夜目が利きますわよね。どのくらい見えるんですの?」
「あっちまで70歩くらい……見えない?」
ニアはしっかり見えてるみたいね。
ニアの歩幅は50cmもないだろうから、30mってとこかな。天井も高いし、小さな体育館くらいはありそう。
「こう広いと壁や天井で光が反射しないから、普人の目では10歩先くらいまでしか見えませんわ……行きましょう」
祭壇の前で調査の準備に取り掛かる。
ユーチェさんがランプを床に置いた、そのとき。
カンッ!
突然ランプが吹っ飛び、一瞬で闇が落ちた。
【ユーチェSide】 ◇ ◇ ◇
――殺気。
反射的にお嬢様を抱え、一番近い柱の陰に飛んでいました。
カンッ!
同時にランプが吹っ飛び、魔鉱石が外れたのでしょう、一瞬で闇に包まれました。
このような襲撃は予測の範囲内、そのために私がいます。
ニアは気の毒ですが、冒険者なのですから、ここで命を失うとしても自己責任です。
――えっ。
驚きました。ニアが私のすぐ横にいます。
彼女は私とほぼ同時に動いていました。しかも気配に目を向けています。
子どもだからと思っていましたが、気配察知に優れていますね。獣人の能力でしょうか。
収納から別の明かりの魔道具を取り出して起動します。
ランプという形の魔法灯とは異なり、一定時間空間を照らすという魔法起動タイプです。
調査で使うために用意したものですが、もちろんこのような場面も想定しています。
この大きな部屋全体までは行き渡りませんが、刺客と闘うには十二分の視界が確保できます。
闇討ちを諦めたのか、刺客が姿を現しました。
黒髪、黒耳、黒尻尾。金色の目をした猫族半獣人の男。
「何者ですか」
「――くくくっ、わかってんだろ。お姫さまはここで事故死していただくって事だよ」
口が軽いですね。あまり賢くはなさそうです。
それなりに腕は立ちそうですが、私には及ばないように見えますね。
「まずはてめぇか。お姫さまはお愉しみに取っとこうか」
男が口角に笑みを浮かべ、その右手が消えます。
消えたのではなく、暗器のナイフを取り出して投げる、その一連の動作が目にも留まらない速さ、ということ。
回避は出来ません。
ナイフは私を狙ったように見せて、射線は背後のお嬢様に向いています。どうせ毒も塗られているでしょう。
カッ!
私の右手も、暗器のナイフを取り出して飛んでくるナイフを払い、その勢いのまま投擲します。
間髪入れず、左手でナイフを2本、相手の回避先を予測して投擲。
「おおっとお!」
男はそれを2段飛びで後退して回避しました。これで間合いが開きます。
「お嬢様、柱の陰へ」
「ユーチェ、気を付けて」
お嬢様がニアを伴って柱に身を寄せました。
私は男から視線を外さずにそれを確認し、一気に男と間合いを詰めます。
男は一瞬ナイフを投擲しようか迷いを見せ、近接戦を覚悟したようにダガーを抜いて構えます。
――同じ暗器系スタイルだけに、甘さがよく見えますね。
私が抜いたダガーの一閃を男がダガーで受けます。
その峰のブレイカーで私のダガーを捕えようとしてますが、やはり甘いですね。
私はそれをいなして連撃を繰り出します。
男はそれを受け止め、受け流し、躱します。
危なげはありませんが、防戦一方ですね。
男の力量は把握しました。さっさと決めに行きましょう。
私は一度間合いを取り、決めの一撃を繰り出します。
男はそれを渾身の力で受け止め、私のダガーをブレイカーで絡め取り、私の手から弾き飛ばします。
――がら空きですよ。
私は腕に仕込んだ隠しナイフで男の首を掻き切りました。
――掻き切ったはずでした。
男はそれを読んでいました。
いえ。
これまでの流れも、私に力量を見誤らせるための、男の演技だったのです。
私が決めたと思った瞬間のわずかな隙、男は最初からそれを狙っていたのです。
私の仕込みナイフをわずかに逸らし、男は私と身体を入れ替えました。
私はもちろん、常にお嬢様を背後に置くように闘っていました。
その位置が入れ替わってしまったのです。
しまった!
――と思ったときには手遅れでした。
男は何かをお嬢さまの方に投擲していました。
黒く小さな球状の――付与弾!
「お嬢様っ!」
◇ ◇ ◇
闘いはユーチェさんが一方的に押している展開だった。
一瞬の交錯。
カッ、カッ、コロッ――
男の背が見えたその瞬間、何かがこっちに飛んできた。
その小さな球体には見覚えがある。
ガフベデの屋敷で見た、電撃が付与された付与弾。
ダンデは言っていた、「もっと強力な付与もできる――」と。
――!
ボクの「操作」よりも早いくらいに、ニアはセリスを抱えて飛んでいた。
でも、体格の小さいニアでは、ユーチェさんのようにはいかない。
「お嬢様っ!」
ユーチェさんの悲痛な叫びが聞こえ、セリスと一緒に球体から離れるように倒れ込んだとき、閃光とともに球体が爆発した。
「――ッ!」「ぐうっ!」
直撃は避けたものの、二人は木の葉のように吹き飛ばされて床を転がり、ちょうど祭壇に叩き付けられた。
――すると。
祭壇を取り囲むように立っている背丈くらいの数本の柱――術式が刻まれているというその柱が、ぼうっと緑色の光を帯びた。
そして祭壇を中心にして床に魔法陣が浮かび上がり、折り重なるニアとセリスを光が包み込む。
「……転移!? お嬢様っ!!」
「仕掛けが生きてやがんのか!?聞いてねぇぞ!」
男は慌ててセリスに向かってナイフを投げようとした。
今度こそ、その隙をユーチェの刃が見逃さなかった。
喉から延髄を貫かれた男がくずおれる。
「お嬢様!!」
ユーチェが祭壇に駆け寄った時には、光も魔法陣も、セリスとニアも消えていた。
そして、ユーチェが何をしても、祭壇の転移術式が再び起動することはなかった。
◇ ◇ ◇
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