第27話 転移
「……これは……転移ですの?」
フェードアウトするように魔法陣の光が消えていく中、セリスは身を起こして辺りを見回す。
先ほどまでの遺跡と似た作りではあるものの、ここは祭壇の間ではない。術式の柱もないし、壁も近い。
よく観察する間もないまま、魔法陣は完全に消え去り、暗闇に包まれた。
「ユーチェ! ユーチェ! いませんの? ユーチェ! ……ふええ」
折り重なったまま組み敷いた温かい毛皮の塊に縋りつくように、セリスの手に力が入る。
「セリス……重い」
毛皮の塊――ニアが抗議の声を上げた。
「ニア……ああ、ニア……真っ暗ですわ、何も見えませんわ」
セリスは涙声になっていた。ニアの上からは退いたものの、抱きついた腕は緩めない。
セリスに抱かれてニアも半身を起こした。胸元に手を当ててボクの存在を確かめる。ボクはニアの胸の毛皮にぎゅっとしがみつくことで応えた。
「私も見えない。明かり持ってない。セリスは持ってない?」
ニアにも見えないとなると、光の届かない完全な闇か。どこかの地下とかかな。
「わ、わたくしも持っていませんわ……そんな……わたくしたち、このまま闇の中で……こ、怖い、ふえええ……」
セリスはとうとう声を上げて泣き出してしまった。
この緊急事態、秘密だなんて言ってられない。
「とりあえず周りに気配はないけど……うわ、ほんとに真っ暗だね」
ボクはニアの胸元から顔を出した。
「えっ……ど、どなたですの?」
「ボクはフェイ。ニアの友達……かな」
闇の中だけど、ボクはセリスの目の高さに飛び上がる。
「……よ、妖精さま……」
セリスが呆然と呟いた。
あれ、ボクが見えてる?
というか、セリスの姿がぼうっと淡く照らされてる。
明かり?
背後を見ると……ボクの羽が淡く光っていた。
あ、魔力が羽の形に見えてるってのは、発光もしてるのか。
「フェイ、これなら見える。頭に乗ってて」
ボク自身やセリスにとっては数歩先がぼんやり見えるくらいの頼りない光だけど、ニアにはじゅうぶん明るいらしい。
「妖精さま……お、お友達なんですの?」
「うん」「そうだよ」
ニアとボクの答えが重なる。
「フェイさまって、あの泉の……」
「違うよ、別人だよ」
「そう……ですか」
セリスは、なぜかほっとしたような顔をした。
ん、どういうこと?
「……それより今はここから出る方法を探さないと」
セリスの様子は少し気になるけど、それどころじゃないよね。
「ニア、周りはどうなってるの? ボクたちは暗くてわかんないよ」
ニアが周りを見回しながら様子を教えてくれる。
「広さは……さっきの部屋の半分の半分くらい。天井は同じくらい高いけど。あっち、正面におっきな扉があって、さっきと同じような柱が並んでる。他は……他に出口らしいとこ、ない」
「この床石、先ほどの遺跡と同種の遺跡なのは間違いありませんわ」
気を取り直したセリスが、床を撫でながら言う。
「わたくしの仮説、ここが各地の祭壇から通じている場所だとすると、さきほどの祭壇から近い場所ではないのかも……でも、どうして起動したのか……まさか古代の術式がまだ生きてるなんて思いもしませんでしたわ……」
「大きい」
「これは……これも古代術式の紋様ですわね」
巨大な――ボクから見てじゃなく、ヒトから見ても巨大な両開きの重厚な扉。体育館なら天井まであるくらいの。
扉は石で出来てて、一面に装飾の彫刻と紋様が刻まれている。
人の力で開くわけがないんで、扉の周りを調べてるけど。
「この向こうの気配なんだけど……なんか遮断されてる感じがする。気配を感じないけど、わからないんじゃなくて、通らないって感じ。封印か何かなのかな……」
「フェイは気配が見える。生きものならわかる」
ニアがセリスに説明してくれる。
「気配じゃないんだけど……胸騒ぎが……さっきから変な胸騒ぎがする……」
何だろう。胸騒ぎというか、本能が揺れるような、今世も前世も通して初めて感じる感覚。
「封印……この扉は何かを封印しているのでしょうか。ここもまだ生きてるとすると、迂闊に扱うのは危険ですわ。もっとよく調べて……」
『千年ハ待ッタゾ客人タチヨ、コレ以上イツマデ待タセルツモリダ。サア、入ルガイイ』
突然、地の底を揺るがすような重い声が響いた。
ニアとセリスは反射的に飛び退る。
両開きの扉の中央に光の筋が現れ、音もなく扉が開いていく。
その隙間から、光とともに、瘴気にも似た圧倒的な威圧感が溢れ出す。
ニアは短剣を抜いたものの、構えることが出来ない。
セリスは力が抜けるように呆然とへたり込んだ。
ボクはニアの頭の上で、開いた封印の向こうに見える気配の「格」の違いに硬直していた。
開いていく扉の向こうには、大きな部屋を埋め尽くす巨大で歪な黒い塊が静かに蠢動していた。
柔らかな光が溢れるような部屋にあるその塊は、ゆっくりとしたリズムで脈打つように蠢き、そのたび、黒い体躯に赤い光の不規則な模様が浮かぶ。
「…………」
3人とも、言葉を発することが出来ないでいた。息を飲んだまま、呼吸をすることさえ忘れていた。
扉が開き切ったところで、巨大な塊が解けるように、無数の触手となって部屋の空間を埋め尽くした。蠢く黒い触手の表面を赤い光が不規則に動く。
同時に、その塊の存在感が濁流のように押し寄せ、圧倒される。
存在の「格」がはるか上位である事を本能が悟る。
ニアが尻尾を丸めてへたり込む。
もとよりへたり込んでいたセリスの周りに染みが広がっていく。
ボクは――なぜか、その塊がボクに安寧をもたらすものに感じていた。
『我ハ破壊神。世界ヲ破壊スル使命ヲ賜リシ者。客人タチヲ歓迎シヨウ』
◇ ◇ ◇
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