第25話 馬車

「はい、依頼の手続きはこれで完了です」

 ポーターの依頼は、組合を通して正式依頼にしてくれた。

 窓口でネケケさんに受け付けしてもらうと、そのまま手続きまでやってもらえた。

「依頼達成したら実績になるから、ニアちゃん頑張ってね!」

 ネケケさんに声援までもらっちゃった。


 ◇ ◇ ◇


「では、お願いいたします」

 3人が馬車に乗り込むと、御者が馬車を走らせた。

 もちろん、頭数に入っていないボクはニアの胸の中。

 さすがお貴族様、借りる馬車も御者付きのワゴンタイプ。高そう。

 街道を馬車で遺跡に近いところまで行って、そこから徒歩で向かうんだって。

 馬車のワゴンの中は、前後で向かい合うベンチシート。

 前側にユーチェさんが座り、後側にセリス。

 ニアはというと、セリスの膝の上に寝かされていた。

 セリスは蕩けるような至福の表情で、ニアの頭から背を撫で続けている。

 ニアが不服そうなのは、伏せがちな耳や丸めた尻尾に表れちゃってるけど、これも依頼のうちなんだよねえ。

 ちなみに、ポーターのはずなのに、持たされた荷物はニアのぶんの非常用保存食と水だけ。

 明らかに依頼の主目的はこっちだよね。

 頑張れニア。


「遺跡は先遣隊が調査済みですので、危険がないことは確認されています」

 ユーチェさんが目的地と目的を説明してくれる。

「調査終わってるのに調査するの?」

「わたくしたちは最奥の祭壇を調査するのが目的ですわ。同じような遺跡は複数見つかっていて、そこに刻まれている術式を研究していますの。これについてはわたくしの専門ですわ」

 ニアの疑問にはセリスが答えた。

「術式?」

「この遺跡は神世の時代のものと考えられていますの。祭壇の術式もその時代のもの……いえ、本当は術なのかどうかもわかりませんのよ。遺跡によって紋様に変化があって、何のための祭壇なのか……歴史のミステリーですわ」

 ふーん、なんか学術的な話だなあ。

「今日は遺跡の入口まで行って野宿ですから、ご興味がおありなら、今夜、ゆ~っくり、詳し~く、教えて差し上げましょう」

 セリスの目が獲物を見つけた鷹のように怪しく光っていた。

「いらない」

 ニアは両耳をペタンと伏せ、さらに両手で押さえて全力で拒否の姿勢を示した。

 セリスの笑みは「逃がさない」と言いたげだった。


 携帯食にしては豪華な昼食を取り、さらに2時間ほど。

 ガタゴト揺れていた馬車の速度が落ち、ほどなく止まる。

 ブルル、と2頭の馬がいななき、御者台の窓が開いた。

「お客人、目印はこれかね?」

 ユーチェさんが立ち上がり、ドアを開けて外に出る。

「そのようですね。では、4日後の正午にまたここへお願いします」

 道路脇に組まれた木組みを確認したユーチェさんは、ワゴンに戻って声をかけた。

「さ、お嬢様、ニア、ここから歩きますよ」

 セリスはニアを抱き上げて立たせると、背中に手を当てて降りるように促し、自身も立ち上がる。

 ニアはステップから飛び降りるように、セリスはユーチェさんにエスコートされるようにして、馬車を降りた。

「ありがとう、またお願いしますわ」

「それでは失礼いたします」

 御者は巧みに馬を操って馬車の向きを変え、元来た道を戻っていく。

 二人が何とはなしに見送っていると、地図を見ていたユーチェさんが言った。

「お嬢様、この奥に道があるそうです。行きましょう」

 目印の木組み以外に特段何もない山地に思えるけども。

 分け入って行くと、道……と言えるのだろうか。所々に目印のように黒い石の柱が立っているのを辿って行く。

 そうして「道」を辿る限り、山中を歩いている割に平坦なのは、やっぱりこれが「道」ということなのね。


 ・ ・ ・


 遺跡の入口は、石組みで屋根だけは確保された、小さな階段だった。

 こんなの、人里離れた山中で誰がどうやって見つけたんだろう。

 今は入口は魔道具で封印されていて、入れないようになってる。

 先遣隊が安全を確保した後に、魔獣なんかが入り込まないようにしてるんだって。

 もちろん、解除するための魔道具は手元にある。

 でも、今日はもうすぐ日が暮れるんで、ここで野宿。


 ユーチェさんが魔法収納から取り出したテントを手際よく組み立てる。

 ニアが手伝おうとして、どうしていいかわからずにいると。

「無用ですよ」

 言う間に、出来上がってしまった。

 テントも冒険者用にしてはずいぶん立派に見える。

 ニアの収納だと、これだけでいっぱいになっちゃうんじゃないかな。

 やっぱり魔法収納も性能で容量が違うのかな。

「さ、どうぞ。私は夕食の支度をしますので」

「ニア、少し休んでいましょう。疲れてるでしょう」

「……うん」

 テントの中には布と骨組みで出来たチェアとコット――椅子とベッドが2つずつ。

 コットに腰かけたセリスがニアを手招きして膝の上に座らせ、後ろから抱き付くようにしてニアの毛並みを堪能し始めた。

 これじゃ休むことにならないのでは……と思ったら、意外やニアはリラックスしているみたい。

「ニアは馬車が嫌いでして?」

「……あんまり好きじゃない。嫌なこと思い出すから」

 ……そうか。ニアは違法奴隷商に捕まって売られるときしか馬車の経験がないのか。

 セリスに撫でられるのが嫌なんじゃなくて、原因は馬車だったんだね。

「そう……辛い目に遭ってきたんですわね」

 セリスも、幼い獣人の冒険者であるニアの過去を察したようだった。


 ◇ ◇ ◇


 焚火の脇で夕食を終え、セリスの遺跡談議に花が咲く。

 でも、ニアはすぐにコックリコックリと舟をこぎ始めてしまった。

「あの祭壇は転移の術式が刻まれているのでは、と見ていますの。各地のすべての祭壇が同じ場所に繋がるとすれば、文様の違いは方向と距離の違い、すなわち、それを読み解くことが出来れば、どこに繋がるかがわかるはずですの。その先に何があるのか、ああ、まさに歴史のミステリーですわ」

 それでも、セリスの熱弁は止まる様子がない。

「お嬢様。そろそろお休みなさいませ。ニアも、どうぞテントの中で」

 タイミングを見計らうことには慣れているのか、スッとユーチェさんが言葉を挟んだ。

 ニアが目をこすって復帰する。

「……うゆ……ユーチェは?」

「私は見張りを兼ねて夜通し火の番をします。半分起きていながら半分寝ますので、ご心配なく」

 なんか器用なこと言ってる。さすが、貴族の護衛を独りでこなすだけのことはあるのね。

「……にゅ……おやすみなさい」

 ニアはふらふらとテントに入ると、そのままコットにうつ伏せにどさっと倒れ込んだ。

 よっぽど疲れてるんだね。

 ……それはいいけど、これってボクがかなり苦しいんだけど。

 ニアにのしかかられて、とても重い……というか、押し潰されてさっきから息が出来ない。

 息が出来ない割には、おかしいな、そこまで苦しくならない。

 かわりに魔力を呼吸するように、ほんの少しずつ、吸ったり出したりしてる。

 そっかあ、妖精の身体って息しなくても魔力で呼吸できちゃうんだ。これは新発見。


 ・ ・ ・


 ボクは仰向けでニアの毛皮に埋もれて胸「板」に押し潰され、全く身動きが出来ないまま眠っていたけど、ふと目が覚める。

 全身が圧迫されてるということは、下腹あたりも圧迫されてて……その、催してきてしまった。

 なんとか腕に力を入れ、「ぐっ、ぐっ、ぐっ」とニアの胸を押し返す。

 いつもなら「ト・イ・レ」と叩いて合図するんだけど。

 何度か合図してると、やっとニアが気付いてくれた。

「……ん……トイレ……」

 ニアがむっくり起き上がって呟き、テントを出る。

 ユーチェさんと目配せを交わして、近くの茂みの陰に入ると、ニアもしゃがみ込む。

 チョロロロ……ショオオオオ……

 ニアは放尿しながら、ボクを手に持ち「しーしー」のポーズにして、ニアの「濁流」の上に持っていく。

 ちょ……そんなことしてくれなくても、ひとりで……ああ、でももう限界……

 チロロロロ……

 ニアに抗議したくても、すぐそこにユーチェさんがいるから、声を上げるわけにもいかず。

 ううっ、なんという屈辱……。

 二人とも一息ついたところで、ニアがボクを顔に近付けて囁く。

(ごめんフェイ、さっきは苦しくなかった?)

(うん、あれはあれでアリかな、新たな境地に目覚めたよ……)


 ◇ ◇ ◇

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