第24話 お嬢様
朝出てきた西の門をくぐり、ミヤノの街に戻ってきた。
ちょうど日が暮れ、夕闇が降りる。
ボクらは、まず今夜の宿を探すことにした。組合の共同部屋は落ち着かないしね。
・ ・ ・
1軒目は「ウチは冒険者向けじゃない」と、にべもなく断られた。
2軒目は「獣人!? 部屋がケモノ臭くなる」だって。酷い。ニアはこんなにいい匂いなのに。
文句を言いたかったけど、ニアは黙ってくるりと回って宿を出た。
……ニアの目が死んでる。
朝から、いや昨晩から、さんざんだもんなあ。
3軒目。
「相部屋なら空いてるよ」
そういうのアリなの? さすがに……
「うん、それで」
ええ、ニア、それじゃわざわざ宿取る意味が……もう、しょうがないか。
なんでもいいから落ち着きたいのはボクも同じだし。
「1泊は銀貨2枚。……確かに。部屋は2階の5番だよ。先客に女が二人、入ったばかりだから入れてもらいな」
・ ・ ・
(……じゃなきゃ世間を知ることになりませんわ)
(でもお嬢様、何もここまで……)
中から話し声が聞こえる。
ニアは乱暴の一歩手前くらいでドンドンと扉を叩いた。
数瞬の間を置き、カチャリと鍵を外す音とともに扉が開く。
すらっと背の高い、黒系スーツを纏った黒髪の豹族半獣人の女性が立っていた。
「……同室の方ですか?」
女性はニアの腕の冒険者証をちらりと見た。こくりとニアが頷く。
女性は一歩引いてニアを招き入れ、扉を閉めた。
両側に2段のベッド、真ん中に2つの椅子と小さなテーブルがあるだけの、狭い4人部屋。
椅子に座っていたもうひとり、普人の少女が無言で立ち上がり、毅然と整った足取りでツカツカとニアに歩み寄る。
後ろ髪を縦ロールにしたブロンド。フリルをあしらったドレス系の衣装は、一応は鎧下かな。
15歳くらい? まさにお嬢様然としたお嬢様が、無表情にニアを見下ろす。
あー、また獣人がどうの子供がどうのとトラブルになるのかな。
もういい加減にして欲しいんだけど……
「……きゃああああ!獣人ですわああああ!」
少女はしゃがんでニアに抱き付き、喜色満面で頬ずりする。
「いやあああああ、ホントにモフモフですわああああ!」
全身をまさぐられるままに、ニアは死んだ目をしていた。
「ゴホン。失礼いたしました。わたくし、セリスと申します。そしてこちらが……」
「セリスお嬢様の護衛で、ユーチェと申します」
「わたくし、然る貴族当主の娘でして、学院を卒業して世間修行をしていますの。今は身分などはお気になさる必要はありませんわ」
「私はニア。Fの冒険者」
ニアは無表情のまま答えた。
「獣人は1万人に数人、我が国全体でも数百人しかいませんのよ! ニアと出会えたのは、ああ、なんという幸運でしょう!」
「……お嬢様。ほどほどになさいませんと、ニア様が引いておられます」
くきゅるるるる……
無表情を崩さないまま、ニアのおなかが空腹を訴えた。
「あら、ごめんなさい。お食事がまだですのね。いかがかしら、よければご一緒に、ご馳走させてもらえませんこと?」
「……うん、ありがとう」
ニアの表情が和らいだ。決してごはんに釣られたわけではない。……ないと思う。
・ ・ ・
「それで、ニアは明日も狩りに行くんですの?」
「……うーん。まだ用意が足りない」
冒険者向けの食堂。
パリっとしたスーツで決めたオトナの女性、ドレスのような軽鎧を纏い高貴な空気を醸すお嬢様然とした少女、そして獣人の子供。
周りのテーブルからは少し……かなり浮いてる気がする。
食事を終えて人心地付き、何をしていたかを聞かれて話していた。
「わたくしたち、遺跡の調査に向かうところなのですけど、ニア、ポーターとして雇われていただけませんこと?」
ポーター、つまり荷物持ち。
「……そんなに荷物持てない」
「その腕輪でじゅうぶんですわ」
「お嬢様……はあ、仕方ありません。明日より5日間、報酬は50シル。食事付きのモフられ付きです」
好条件かと思いきや、最後の一言でニアの顔が少し歪む。そこが目的か。
「……夜はひとりで寝てもいい?」
「くっ……し、仕方ありませんわ。よろしくお願いしますわね」
・ ・ ・
(フェイ、ごめん。勝手に決めちゃった)
夜、寝床に就いて、二人の寝息が聞こえだしてから、小声でニアと話す。
(大丈夫。ニアのしたいようにしていいよ。冒険者だもんね)
これ、セリスはともかく、ユーチェさんには気付かれてるね。
まあボクの正体まではバレてないだろうし、追及しないでいてくれるみたいだから、大丈夫かな。
◇ ◇ ◇
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