第23話 狩り

 翌朝。

 受付は朝の喧騒で近寄れなかったので、組合の食堂で朝食を取って、出かける。

 常設の素材買い取りは、事前の受付も特に必要ないからね。


 街の中心を流れる川に沿って南下していくと、やがて西から川に流れ込んでいる支流の沢に当たった。

 この沢に沿って登って行くと、野生動物が多い西の山地がある。

 街の外柵に設けられた西門から街を出る。

 西門は基本的に街の人しか使わないから、小さな詰所があって出入りの管理をしてるだけ。冒険者証を見せたらほぼ素通りだった。

 街の外には農地が広がっていた。ちらほらと農作業をする人影もある。

 畑の中に続く小道を通って山の方へ向かうと、また動物避けの低い柵。

 小道は柵を開閉して出られるようになっている。

 ここを出ると、ヒトの領域の外ということ。気を引き締めて行こう。


 ◇ ◇ ◇


 沢沿いの小道は、やがて林に入り、山道になった。

 近くに人の気配はない。

 ボクはニアの胸元から肩の上に場所を移した。

 そして、周りの気配を探る。

 さっそく……

「ニア、あっちにヤマネズミがいるよ」

 ボクの気配ビジョンに獲物が引っかかった。

 小道を外れて山に分け入る。木々の間は土と岩の地面。下草はまばらで、歩き回る事ができる。なるほど、狩りをしやすそうな山地。

「すぐそこ、慎重に……」

 ニアは音をたてないように猫足で近付き、物陰からそっと覗く。

 そして、ヤマネズミと目が合ってしまった。

 途端にダッシュで逃げるヤマネズミをニアが慌てて追う。

 ニアは獣人だから素早さは相当のもの……と思っていた。

 でも、野生の小動物の逃げ足はそれを上回る。そりゃ命がけだもの。

 あっという間に巣穴に逃げ込まれ、気配も途切れてしまった。


「ニア、次の獲物は二手に分かれて挟み撃ちしよう。ボクが先回りして足止めするから、その隙にニアが捕まえて」

「わかった。今度はうまくやる」

 ボクは素早さには自信がある。さっきのネズミ程度なら余裕であしらえるはず。でもボクの力じゃ捕獲は無理だから、そこはニアの出番ってわけね。

「ニア、あっちにヤマウサギだ」

 ヤマウサギはウサギの中でも大柄な種類。買取も期待できる。

 この木の向こうにいるってとこまで来て、ボクは反対側に回った。

 それを確認して、ニアがウサギに襲い掛かる。

 ウサギは、ニアが伸ばした手から、まさに脱兎のごとく逃げ出す。

 ここでボクが余裕の登場、ウサギの進路に立ち塞がった。

 ウサギの背後にはニアが迫っている。

 ウサギにとっては一瞬の躊躇が命取り。

 ……え、躊躇ナシ!? ボクの存在なんて無視して一直線に向かってくる。

 あ、いや、これ、ボクにとっては暴走トラック並みなんだけど!? どうやって足止めすれば!?

 ドカッ! ドスッ!! ゲシッ!!!

 ウサギの突進をモロに食らう。頭突きで弾き飛ばされ、前足に踏みつけられ、後足で蹴り飛ばされた。

「……フェイっ!?」

 勢いそのままに走り去るウサギと、うつ伏せでボロ布のように横たわるボク。

「だ……大丈夫?」

 ニアがボクを拾い上げる。

 まあそりゃ、大したダメージじゃないけど……

 う……ウサギ怖い。また転生テンプレしちゃうかと思った……

 

 小動物は意外にも、ニアでさえ身体が大きくて小回りで負けてしまう。

 直接の捕獲ではなく、罠を仕掛けるべきなのでは。

 今回は用意がないんで、もっと大きな獲物を狙うことにしよう。


「ニア、いた、ヤマイノシシ!」

 ちなみに、鹿は見つけたとたんに逃げられた。

 逃げ足のスペックが違いすぎて、無理。

 何あれ鹿ってバネで出来てんの?

 ヤマイノシシは、日本にいるイノシシよりふた回りほど大きい。

 ニアの素早さなら突進は避けられるし、短剣の攻撃もギリギリ刃が通るだろう。

 倒せそうな限界の相手だ。もちろん油断は禁物。

 この相手は隠れて近付く必要はない。

 むしろ、攻撃すればするほど興奮して、あっちから襲ってくる。

 ボクがニアの定位置に戻ってジョイスティッ毛操作を用意する万全の態勢で、イノシシと対峙した。

 瞬間、イノシシは逃げるか立ち向かうかの迷いを見せた。

 逃げられては困るんで、即座にこちらから突っ込んでいく。

 イノシシもそれでヤル気になり、頭を低くして突進の構えを取る。

 最初の交錯はお互い空振りに終わった。

 ニアは直前で横に大きく飛んで突進を避けたと思わせておいて、すれ違いざまに踏み込んで距離を詰め、首筋を狙った。

 イノシシはそれに反応して前足を踏ん張り巨体の突進を止めると、牙を横薙ぎにカチ上げてニアの胴体を狙った。

 でも、そのときにはニアはもう跳躍して空中に逃れていた。ボクの先読みだ。

 ニアは着地するとすぐさま反転し、また、互いに突進する。

 ニアが同じフェイントで踏み込む。

 イノシシは今度はニアを空中に逃がすまいと、大きく首を振り上げた。

 しょせんは動物、単純だ。

 ニアは今度は低い姿勢で懐に踏み込んでいた。

 目の前に晒された喉元に易々と短剣を突き刺し、牙が振り下ろされた時には、短剣を残してもう離脱していた。

 また対峙して、睨み合う。

 イノシシは憤怒の形相で身体を震わせると、「まだまだ!」とでも言うように、刺された首をブルンと大きく振って短剣を振り払う。

 短剣が抜け――

 ブシャアアアアア!

 怒涛の勢いで鮮血が噴き出した。

 ――ドサアッ

 イノシシは、地面を叩く自分の血の奔流に目を落とし、それを理解する間があっただろうか、巨体が崩れ落ちるように倒れ込んだ。


 ・ ・ ・


「むうー……入らない」

 イノシシを倒し、二人で喜んだところで問題が発生。

 イノシシが大きすぎて、魔法収納に入らない。

「しょうがないね、解体して持って帰れるだけ持って帰るしか……えっ?」

 血の匂いを嗅ぎつけたのか、何かがまっすぐこっちに向かってくる。

 気配ビジョンで見えたのは……熊の魔獣だ!

 まずい、ニアに倒せる相手じゃない。

「ニア、ヤバい奴が来る! 逃げないと!」

「え……イノシシ……初めての獲物が……」

「ダメ、もうすぐそこまで! あっちだ、逃げよう!」

「うーっ」

 ニアが駆け出す。ほとんど入れ替わりで熊魔獣が姿を現した。

 瞬間、振り返ったニアはその姿を目にして、ヤバさに戦慄する。

 熊魔獣もボクらに気付いてる。でも、幸いにも、目の前の大物の方にしか興味がないようだ。

 ニアが必死に走る。そりゃあ命がけだもの。さっきのヤマネズミと同じ。

 小道まで出てきて、ようやく走るのをやめた。肩で息をしてる。

 走った事よりも、恐怖が抜けないのかもしれない。

 獣人は毛皮で顔色がわからないけど、ヒトなら真っ青だろう。

「ニア、今日はもう引き揚げよう」

 ニアの表情には悔しさが滲む。

「……うん……わかった」


 朝来た道をとぼとぼと引き返す。

 初めての狩りは、収獲なしに終わった。


 ◇ ◇ ◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る