第22話 喧嘩
夕刻。
ボクらは組合に戻ってきた。
ロビーは多くの冒険者が行き交ってて、依頼達成の報告や素材の買い取りなど、職員も忙しそう。
ネケケさんは合間にニアに気付いて笑顔で手を振ってくれたけど、仕事の手は放せないみたい。
依頼が貼り出される掲示板の前に行って見上げる。
ここは常に人が集まっているけど、今なら背の低いニアでも見られないほどではない。
掲示板に雑然と貼られている依頼書は、頭にぱっと見てわかるように大きくランクが書かれており、次に目立つのは報酬。
だいたい、左から右にランクが低くなっていってる。
ニアは最低のFランク。Fの依頼は街中の雑用的なものも多いみたい。
さらに右、掲示板の横に常設の買い取り素材表があった。
食用の動物や魔獣の肉。素材として、革、角、爪や内臓部位。その他薬草類など。
見習い含めて、駆け出しはまず食用の動物を狩ったり薬草を集めたりすることから始めるのが定番と、ネケケさんは教えてくれた。
西の山地に入るといいけど、あまり奥に行かないように、とも。
ニアとは、ネケケさんのアドバイスに従おうってことで話は決まってる。
ボクらに獲れそうな獲物は、鼠、兎、鹿、かろうじて猪、くらいまでかな。鳥は狩る手段がないし。
気配で探すというチートが使えるボクらは有利なはず。いよいよチート無双の機会が巡ってきたか!
◇ ◇ ◇
狩りは明日の朝出発。
今日の夕食は組合併設の食堂で取ることにしてみた。宿もここの雑魚寝部屋だしね。
食堂は、夜は基本的に飲み屋なんだけど、普通に食事もできる。
駆け出しパーティっぽい3人組が、依頼成功の打ち上げなのか、騒がしく飲み食いしていた。慣れない依頼を達成してテンション上がってるって感じ。
トレーに載った夕食を受け取って、なるべく近付かないように隅っこのテーブルへ。
でも。
「おい、そこのガキ! 新入りか? 先輩にアイサツもなしかァ!?」
まだ宵の口から既にだいぶ出来上がってそうな、犬族半獣人の少年がニアに難癖をつける。
そう言うお前も15かそこらのガキじゃないか。他の2人も似たようなもんだし。
この世界は未成年飲酒オーケーなの? それとも成人年齢が低いとか?
「…………」
ニアは無言。
「このガキ、舐めてんのか? 顔くらい見せねえか」
少年がツカツカとやって来て、ニアの外套のフードを捲る。
上目遣いに不機嫌そうに少年を睨んでいるニアと目が合う。
「なっ……獣人…………」
そう、半獣人の多いこの世界でも、獣人は珍しい。
少年は一瞬面食らった。顔を隠す理由、獣人特有の事情を知らないわけではない。
でもそんな可能性を微塵も考えなかった浅はかな自分。
ちっぽけなプライドが勝手に傷つき、その怒りをニアへ向けてしまう。
「ケモノなんかに冒険者が務まるのかよ! ガキは帰ってママのおっぱいでもしゃぶってろ!」
少し考えれば、それが最悪の言葉だという事に思い至るはずなのに。
――ドン!ドスン!
ニアは椅子を弾き飛ばして少年に掴みかかっていた。
ガシャン!ガン!ガラララ!
周りの椅子や机を蹴散らしながら、二人はもつれるように床を転がって取っ組み合う。
「――――っ!」
「ぐふっ、こ、このガキ!」
ニアが少年を馬乗りに押さえ付けたかと思うと、少年は軽いニアを身体ごと払いのける。
今度は少年が上になろうとしたところを、ニアが少年の腹を下から蹴り上げる。
(ぐえっ)
少年はニアの胸ぐらを掴もうとしたのか、中にボクがいる胸当てを突き飛ばした。
革の防具に守られてるおかげで直接の衝撃はないけど、防具とニアの胸の間で潰されてしまう。
ニアは慌てて飛びすさり、ボクを心配するように胸の防具の上から手を当てた。
ボクは「大丈夫」と、ニアの胸をトントンと叩く。
キッ!
それに安心すると、ニアの目がより鋭く少年を睨んだ。
「なっ、なんだよ!?」
少年からすれば、こんな子供が胸を触られたことに怒った、とでも思ったのか。
「やめんかガキども!!」
食堂のおばちゃんあたりが呼んできたのか、怒鳴り込り込んできたのは支部長のダンデだ。ニアの首根っこを掴んでぶら下げる。
あとの二人が、うずくまっていた少年を引き起こした。
「組合での喧嘩は本来なら両成敗のペナルティだ。だが、ガキの喧嘩ってことで、今回だけは見逃す。次はないぞ。……返事は!?」
「……わかったよ、悪かった」
「……ごめんなさい」
そうは言ってるけど、ダンデがニアを庇っての措置だろう。
「貸し」はこれで帳消しかな。
でも、ボクはニアの肩を持つよ。
言っていいことと悪いことがある。
怒るべきことに怒るのは当然のことだ。
反省すべき点はひとつだけ。
次は手を出す前に場所を変えよう。
「表に出ろ」ってやつだね。
◇ ◇ ◇
雑魚寝部屋。
いつものように隅っこで頭から毛布を被って寝るニア。
少し離れたところでさっきの3人も寝ている。
一応警戒はしていたけど、ダンデに釘を刺されたからか、ちょっかいをかけてくるつもりはなさそう。互いに無視を決め込んでいる。
とはいえ、これじゃ心が休まらないし、近くにいられるとボクもニアとあまり話せない。
(ニア、明日は宿を取ろう)
(……うん)
3人に気付かれないよう、小声でそれだけ話して、眠りに落ちた。
◇ ◇ ◇
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