第19話 お風呂

 ボクとニアは馬車で送られ、一足先に冒険者組合に戻ってきていた。いや、ボクは勝手にこっそり付いてきたんだけど。

「え? 保護された子供ってニアちゃん? どういうこと? ……え、まさか……あのバカ、ちょっと問い詰めないと……」

 ネケケさんは囮作戦の事は知らされてなかったみたい。

「ニアちゃん、大丈夫だった? 怪我とかしてない? ヘンなことされてない?」

「……うん、大丈夫」

 全然大丈夫じゃなかったけど 面倒なので言わないことにしたらしい。これダンデに貸しひとつだよね。

「身体洗いたい」

「え、ホントに大丈夫だった? ……じゃあ職員用のおフロ使っちゃって。お湯も使えるから」


 ◇ ◇ ◇


 こっちの世界もお風呂の文化があるんだね。

 組合職員用のお風呂は、日本で言ってファミリーサイズのバスルームくらいかな。

 湯舟は大人一人がゆったり入れるサイズ。ニアならかろうじて泳げそうかな。ボクには立派なプールだけど。

「おおー、これが伝説に語られる、おフロ……!」

「そんな珍しいの?」

「私の中では伝説級だけど、いい宿屋にはあるらしい」

 ううっ、ニア、不憫な子!

「……あ、待って待って!」

 いきなり湯舟に入ろうとするニアを止める。

「先に身体洗わなきゃ、拭いたけどまだ血だらけなんだから、お湯が凄いことになっちゃう」

「おお、なるほどたしかに」

 湯椅子に座り、桶で湯を汲み、まずは毛皮に残る血をあらかた流す。

「これが伝説の石鹸……」

 恭しく両手で石鹸を掲げ、目をキラキラさせるニア。

 石鹸を体に擦りつけ、手で毛皮をわしゃわしゃすると、あっという間に全身泡だらけに。

 背中も尻尾で器用に泡立ててる。なるほど、獣人はその手があるのか。

「フェイも洗ったげるね」

 ボクにとっては大きな、ニアの小さな手がボクを弄ぶように洗ってくれる。

 ふにふに。

 ああー、気持ちいいー……。


「ニアちゃーん、入ってもいい?」

 ニアの手の中で油断してたら、いつの間にか外にネケケさんの気配が。

 二人とも慌てて周りを見回すけど、しまった、ボクが隠れられるところがない!

 ニアとボクは顔を見合わせる。

 そして、ニアはボクを股の下に突っ込んできゅっと膝を閉じた。

 にゃああ、こ、ここ!? むぎゅ。

「あたしも一緒にいいかな?背中流してあげる!」

「む、間に合ってる」

「きゃああ、泡だらけのニアちゃんかわいい! それ!」

 ネケケさんは、ニアの返事を無視して両手でニアをわしわしと洗い始めた。

「にゅうう……」

 ニアはされるがまま。ボクがいるから動けないのか。

「……よかった、怪我はしてないみたいね」

 それを確かめたかったのか。ホントは酷い傷だったのが、きれいさっぱり治っちゃってるんだけどね。

「ところでニアちゃん、隠して何飼ってるの?」

「…………!?」

 ニアがビクッと強張る。

「んふふー、お姉さんに隠しごとはできないのよ。さあ、白状しなさい。誰にも言わないから、今隠した子を見せるのだー、ここか!」

 ネケケさんの手がニアの腿の下に回ってきてボクを探り当て、何者かを確かめるように撫でまわす。

「……え? 何? 人形みたいな……えっ!?」

 その手に背中から掴まれ、引っ張り出された。

「あ…………どうも、フェイです」

 眼前にぶら下げられたまま、思わず挨拶してしまう。

 目の前のネケケさんは、歓喜を満面にたたえたまま、言葉を失っていた。

 ――下を見る。おお、ご立派なお胸をお持ちで。

「……きゃああああ、ウソ! ホント!? すごい!」


 ・ ・ ・


「ネケケ、これは極秘事項。口外したら命はない」

「そりゃそうかー。ゴメンねえ、まさかこんな衝撃スクープが隠されていたとは思ってもみなかったよお」

「ぷらいばしーのそんちょう」

「ニアちゃーん、そんな他人行儀なー。猫族同士、ホントのお姉さんと思ってもいいのよー」

「むー、善処する」

 一緒に湯船に浸かってそんな話をしてる間、ネケケさんはずっとボクをいじり回している。

 おなかをグリグリしてみたり、足や腕を上げ下げしてみたり。お人形さん扱い?

 しょうがないから、そんなネケケさんをじっくり観察してみよう。

 年の頃は20代中盤くらいかな。

 半獣人だけど、黒髪から生えるネコミミとお尻の長い尻尾以外、身体も肌もヒトと全く変わらない。むしろ薄いくらい。

 基本的にはスレンダーだけど、目の前で湯船にプカプカとたゆたう豊満な母性は、ボクから見ると島と言っていいくらい巨大で迫力がある。うへへぇ、眼福。

 ……わぷっ!?

 突然、湯船に沈められた。

「なんか今、不穏な空気を感じたんだけど……フェイちゃん、女の子よね?」

 ネケケさんがボクをひっくり返して確かめる。

 逆さ大の字はヤな事思い出すからやめてえ……

「いじめちゃダメ!」

 ネケケさんの手からニアがボクを奪い返す。

「ごめんごめん、フェイちゃんってば、鼻の下伸ばしたおっさんみたいな雰囲気が……気のせいよね、ごめんごめん」

 はい。気のせいじゃないです。やっぱスルドいのね。


「フェイちゃんはニアちゃんの従魔なの?」

 え、こんどは魔獣扱い?

「違う。フェイは魔獣じゃない。パートナーの冒険者」

 冒険者かあ。そうだよね、ニアと一緒にいるってことはそうなるってことか。

「うーん、でも、妖精は種族的に冒険者登録できないかな……ニアちゃんの従魔登録ならできそうだけど」

「従魔じゃない!」

「妖精は憲法の『国民たる種族』にないから、法律的には魔獣ってことになっちゃうなあ。まあ、この国にいない魚人なんかも入ってないけど魔獣とは言わないから、ビミョーではあるけど」

 そうか、つまりこの国ではボクには基本的人権がないのか。

 ……ええ? そこから?

「フェイも魔獣じゃない!」

「そうねえ……こればっかりは制度だからねえ」

「むうう。ダンデに制度変えてもらう」

「支部長でどうにかなる話じゃないわよお。王族様に国民の定義変えてもらわないと。特例ならアリかなあ? 聞いた事はないなあ……」

「むうう」

「ボクはニアといられるなら従魔でもいいけど」

「ダメ。従魔は対等じゃない。フェイはぜったい魔獣なんかじゃない」

「それに、新種の従魔は上に報告しなきゃいけないから……あたしの命がなくなっちゃうわね」

「じゃあ、当面はフリーの妖精さんってことで、よろしく」


 ◇ ◇ ◇


 翌日。

 支部長室には、ボクとニア、そして床に頭を擦り付けて土下座するダンデ。

「俺の失策だ。ほんっ――――とうに、すまんかった!」

 ニアとボクは顔を見合わせる。

「貸しひとつ」

「…………すまん!」

 ダンデはもう一度頭を下げた。


「今回の報酬、10ゴルだ。半分は騎士団から、詫びだそうだ。それと、預かってた冒険者証も」

 おおー、10ゴルって言うと100万円くらいって事か、いきなり稼いだねニア。でも、命がけだった事を考えると安い気もする。


 事件が結局どうなったか、ひととおり説明してくれた。

 ガフベデは失脚。違法人身売買は最低でも奴隷落ちになるそう。ニアを襲うところを押さえられてるんで、去勢のオマケつきも確定。半分遂行済みだけど。

 部下のゲイルは殺人の罪で死刑。ただ、実行犯は逃走して不明。囮のニアを捕獲したのが同一人物と思われるけど、追跡に気付いていたようで撒かれてしまった。

 ガフベデの屋敷は騎士団によって徹底的に捜索される。汚職、横流し、着服、横領などの疑いがかかっており、多くの証拠が出てくると思われる。

 地下室で意図的に内容を消去されたと思われる魔鉱紙本が見つかった。犯罪に関与するものかは不明。

 ああ、それはボクが……うんまあ、黙っとこう。あれは存在も知られない方がいい。


 ◇ ◇ ◇

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