第12話 冒険者

 広場を囲むように建物が立ち並ぶ一角。その中のひとつの建物。いかつい男たちが出入りするその扉の上には、剣と盾をあしらった紋章と「冒険者組合」の文字があった。定番だなあ。

 シロンに連れられて、扉をくぐる。

「あらシロンさん。どうしました?」

 正面の受付カウンターに座っていた猫族っぽい半獣人のお姉さんは、立ち上がると、二人に微笑んだ。

「支部長をお願いします」

 受付さんはニアを見て何か察したようだ。すぐに支部長を呼んできた。

「よお、シロンじゃないか、どうした」

 支部長は、筋肉質でがっしりした大柄な熊系の半獣人だった。

「この子を頼みたい」

「…………ああ。わかった、任せろ」

 支部長もすぐに察したように返事をした。

「じゃあニアちゃん、僕はここで。ぜひ、また遊びに来てよね」

「ニアちゃん、か。コイツは妖精オタクだけど、獣人オタクでもあるぞ、気を付けろ?」

 支部長が笑ってからかう。

「ちょ……酷いなぁ」

 そういや最初から獣人がバレてたっけ。この人、それでニアに声かけたんじゃないよね?

 しかもそこから妖精のボクが飛び出したって、ヤバすぎじゃん……。


 ◇ ◇ ◇


「改めて、支部長のダンデだ。まあ、そこにかけてくれ」

 組合の奥に入って、支部長室。

 支部長、ダンデは応接用のソファーを示し、自分は対面に座った。

 ニアも若干堅くなりながら、腰かける。ボクはニアの懐に納まったまま、さっきのパンをソファにして、胸元の柔毛に埋まって陰で話を聞く。


「さて、そう堅くならなくていい。組合は君の味方だ。ただ、これからの事を決めなきゃならん」

 ニアが堅い表情で頷く。

「逃げてきたんだろう?」

 ニアは返事が出来ない。

「咎めてるわけじゃないから安心してくれ。むしろよく逃げて来てくれた。その魔封首輪、違法奴隷商か?」

「……うん。お母さん殺されて、私は売られて、この街の貴族に買われて、虐められてた」

「なんと……」

 ダンデは顔に手を当てて天を仰ぐ。

「……そりゃあ気の毒に。しかし、貴族だって? ……もしや、ガフベデか?」

「うん」

「そうか、やっぱりヤツはクロか。よくそこから逃げられたな、ホントによくやった」

「うん。豚は間抜け」

「ははっ、そりゃいい。ということは、ニアは身寄りはないし、宿なしということだな」

「……うん」

 しょんぼりと俯く。

「普通の子供なら孤児院に連れて行くところだ。しかし、ニアみたいな獣人の子供は人攫いに狙われやすいんだ。孤児院じゃ守りきれない。それどころか、孤児院が裏で売っちまう事さえある」

 一度言葉を切って、ニアをじっと見て、言う。

「厳しいことを言うが、覚悟を決めろ。ニアはこれから自分の力で生きなければいけない。自分の身を守れるように強くなれ。そのためには冒険者になるのが、ほぼ唯一の道だ」

 ニアはダンデの目をまっすぐ見たままだ。

「どうする」

「…………冒険者になる。お母さんも昔、冒険者だったって。私に、生きるために強くなれって言ってた。だから、冒険者になる」

 ニアは強いなあ、やっぱり。

「よろしい。しばらくはここの共同部屋で寝るといい。ちょっかい出すバカはいても身の危険はないはずだ。……それを外してやろう」

 ダンデはニアの首輪に手を当て、何かを辿るように指先を動かすと、パキン、と音がして首輪が開いた。

「……魔法がいるの?」

「このタイプは少し面倒でな。まあ大した魔法じゃない。俺はこうしてたまに必要になるから覚えたけどな」

「……そう」

 ああ、ボクのも外して欲しい……。


「さて、子供は普通は見習いからなんだが、それじゃ稼げないからメシも満足に食えん。依頼を受けられる最低限のFランクになるためには模擬戦の試験が必要だ。受ける気はあるかな?」

「うん、受ける」

「獣人は身体能力が高いからな、できればその方がいいだろう」


 ダンデに連れられ、建物の裏側にある、木の塀で囲まれた広場にやってきた。

「ここは訓練場だ。いつでも好きに使っていいぞ。試験はここで行う。まずは俺の打ち込みに対応して見せろ」

 ダンデはニアに短剣の木剣を渡すと、自分は棍棒を構えた。

「いくぞ、ほれ!」

 ピッ、と棍棒の先端が走り、ニアの右肩の直前で止まる。寸止めだ。

「どうした、全く反応できてないぞ!」

 ダンデは棍棒を引くとすぐに大きく横薙ぎに振る。

 今度はメチャクチャ手加減して大振りしてくれてるよ。

 ニアもわかってはいるけど、短剣でどう反応すればいいのかがわからないみたいだ。

 でも今度はなんとか棍棒に短剣を向けることは出来た。

 ボクは高性能気配ビジョンのおかげで、ダンデがどう動こうとしてるか動く前から感じることができている。それをニアに伝えられればいいんだけど……そうだ、毛を引っ張ったらどうだろう?

 ニアの背中に回って毛を掴み『操作』する。ボクは気配を見てるから、隠れたままでも大丈夫。ほら、次は右! 左だ!

 ニアは最初驚いたみたいだけど、すぐに意味がわかったらしい。

 カン!

 短剣が棍棒を受けた。

「ほう、順応が早いな」

 突きが来る! 毛を引っ張る。ニアはトン、とバックステップした。ダンデの棍棒が空を突く。

「急に動きが良くなったな、いいぞ!」

 ダンデの打ち込みに反応するように、トン、トン、トン、とニアがステップを踏んで棍棒を捌く。僕のジョイスティッ毛操作で棍棒が来る前に一歩動けるから、落ち着いて棍棒を捌けるようになってきた。

「よし、次だ。俺に打ち込んでみろ」 

 ボクがニアの毛を引っ張ると、ニアがその通りに動く。面白いや、ゲームみたいだ。いや、巨大ロボットに乗って操縦してるみたい、かも。

 左右にフェイントを入れながら、ここ!と毛を前に倒すとニアが短剣を打ち込む。

「いいぞ、センスがある」

 ダンデは棍棒を巧みに操って受け流しながら笑う。

 あ、ニア、もしかしてあれ狙ってる? いいのかな? ……まいいや、今だ!

 剣をフェイントにして低く踏み込み、ニアの右足が鋭く蹴り上げられる!

「……おっ!?」

 二人の動きが止まった。ニア得意の急所狙いは、ダンデの右手で受け止められていた。しかも、しっかりと足首を掴まれている。

「はははっ、足癖が悪いな!」

「にゃっ!」

 ダンデはそのままニアを逆さに吊り上げる。外套がまくれてニアの何も穿いてない下半身が露わになった。

「おおっ、悪い!」

 慌ててダンデはニアをひっくり返して立たせる。ニアは気にしてないようだけど、ダンデは顔を赤くして気まずそうだ。

「ま、まあ、じゅうぶん合格だ。戦闘だけならもう1ランク上げてもいいくらいだな」


 ◇ ◇ ◇


「これが冒険者証のブレスレットになりますね。魔法収納付きになってます。代金は出世払いなので、依頼を受けるようにしてくださいね」

 受付に戻って、さっきのお姉さんから説明を受けている。出世払いかー、世知辛いなー。

「おおー」

 ニアは懐から取り出したパンを魔法収納に出し入れして感心している。ボクはパンのベッドがなくなったんで、外套のハンモックに移動する。

 うーん、ニア、アンダー着てくれないかな? そしたら挟まっていられてラクでいいんだけどな。

「生き物は入りませんので気を付けてくださいね」

 ……ん? ボクに気付いてる? 受付のお姉さん、支部長のダンデよりスルドイのでは?


 ◇ ◇ ◇

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