第11話 妖精
「まず、さっきも言ったけど、泉の妖精は、疫病が流行る前はずいぶん長いこと、この街の前身の村で暮らしていたらしい。それこそ村の人が何代にも渡るほどの間、歳を取らずにずっと村にいた」
歳取らないんだ。
「そして、三百年前に世界的な疫病の流行が起きたのも事実。当時、妖精の血が特効薬になったのも事実らしい。それで、さっきの絵本の話になるんだけど、ボクはあの話は眉唾だと思ってる。言い伝えにしては話の伝わり方が不自然なんだ。まるで、不都合な事実を覆い隠すために誰かが流布したかのように。僕は、妖精が自ら進んで犠牲になったのではないと推測してる。当時の記録に、妖精が逃げ、捕まえた、という記述が見つかってる」
「…………」
それってつまり、逃げて、追われて、捕まって、血を絞られて、最後に……
「そして君は、この国の王宮には気を付けなきゃいけない」
「え…………?」
「彼らは事実を知っている。妖精の存在も、効能も。国の象徴だなんだと持ち上げてるけど、もし君を手に入れることがあれば、君はいざというときのために飼い殺しにされるだろう。その長寿の身で、一生ね。もちろん、何かあれば…………」
えー、つまり、ボクは国に狙われてるってこと……?
「次、いいかい?」
「え、まだあるの?」
「故意に流布された言い伝え、それに尾ひれがついたんだね。妖精を食べると不老長寿になれる、という話がまことしやかに囁かれた」
「食べる!?」
「そして、実際に妖精を捕まえて食べた人物がいたんだ。実は、妖精はその後も何度か史実に現れてるんだよ」
「食べた!?」
「でも、その人物は特に不老でも長寿でもなく、一生を終えた。不老長寿は眉唾だった」
「じゃあ、それはもう大丈夫?」
「いや。彼は手記を遺したんだ。この世のものと思えないほど『美味しかった』と。しかも『部位ごと』に『詳細』な手記をね」
「ぅぇ……」
「一部の美食家の間では、妖精は『伝説的な食材』として有名だ。気を付けた方がいい」
「…………」
ボクは泣きそうな顔になる。
「それと、不老長寿の方も、一部の錬金術師はまだ『材料』として諦めていない。気を付けた方がいい」
ちょっと涙出てきた……。
「確かに、フェイはおいしそうなニオイする」
ニアが鼻にボクを近付けてスンスンと嗅ぐ。
「……え? ちょ、ちょっとニア……!? たたた、食べないでよね?」
言いながら、迫る口を押し返す。
「食べないよお……はむ、もむもむ」
と言ったそばから、押し返していたボクの両腕を口に含むと、両手を舌先で舐めまわす。
「いにゃあああぁぁ!?」
びっくりして、くすぐったくて、ヘンな悲鳴が出た。
「ふは……やっぱり、ちょっとあまくておいしい」
「んなななな…………」
それをぽかんと見ていたシロンだが。
「ぼぼ、僕も舐めてみてもいい?」
「いいわけあるかぁぁぁぁぁ!!!!」
「ゴホン、そして最後は……」
「ええー、まだあるのー……」
もうやだー。
「一部の好事家が、そのー、アレな対象として狙ってる。これも気を付けた方がいい」
「……ええー……ねえ、絵本描いたキミがそれ言う?」
ジト目でシロンを睨む。
「い、いや、ボクは、あの本を描いたときはまだ真実を知らなくて……」
「そっちじゃなくてさ、蛸はないでしょ蛸は!」
「っ!? ななな、な、何……!?」
「とぼけないでよ、豚野郎に蛸けしかけられて、食い殺されるとこだったんだから!」
「いいいいやあの本をボクが描いたとか、ななな何を根拠に……」
「ほら、知ってる時点でクロでしょ! 絵柄見りゃ一発だし!」
「え、絵柄って何? 名前変えてるのに……ってあばばばば」
「もしかして絵柄の概念ないのか……まあキミのせいじゃないし創作の自由は尊重するけどさあ、実害は困るんだよ。そういうのはフェイ以外のフィクションでやってよ、実在の人物は関係ありません! ファウとかラファとかフィリーとか、テキトーに違うの考えてよね!」
「フィク……何? フェイ以外……実在……そうか、そういう考え方もあるのか……」
「だいたい、どんだけ狙われてるんだよボク……あの本どんだけ作ったのさ? あの豚みたいなのが他にもいるの?」
「あ、あれは僕が趣味で作った本だから、ホントは出回ってないはずなんだよ。魔鉱石から作る魔鉱紙はとっても高価だから、片手くらいしかないよ」
「その本をコピーして海賊版が出回ってたりしないの?」
「か、海賊?は知らないけど、魔鉱絵本はコピーだからコピーできないよ。魔鉱紙は魔力で発色するんだ。だからコピーをコピーしようとすると、コピーする前に元のコピーが魔力で変色して消えちゃうんだ」
「……ああー、なるほど。じゃあ、魔鉱絵本に魔力だけ当てたら?」
「もちろん消えちゃう。だから魔気厳禁って書いてあるでしょ」
「そうか……じゃあ、アレは抹消出来るのか……でも、そんなに高価だと、本はお金持ちしか買わないの?」
「そうなんだよね。せっかく作った妖精の絵本も、買うのはほとんど貴族ばかり。教会あたりが買って子供に読んであげたりして欲しいんだけどな。教義の書なんかは、印刷で安くたくさん作るのにね。印刷ってのは、魔法を使わずにインクで刷るんだよ、文字と簡単な図しか刷れないけどね。印刷で絵は刷れないんだよなあ」
「ふーん……でも、字と図が刷れるなら、マンガは刷れるんじゃないの?」
「マンガ? なんだいそれ?」
「ここ描いていい? こんな絵を描いて、セリフ付けて……」
『妖精だ!』
『冗談はようせい!』
「フェイ、下手くそ」
ニアが容赦ない。
「うっ、ボクは描く人じゃないからいいの! シロンなら描けるでしょ」
「……こう?」
「おおお、さすが絵描き! そうそう、このくらいデフォルメした方が可愛くない?」
「デフォ……? ……なるほど……これならどんどん描けるけど、むしろ生き生きして……このくらいの線なら印刷の彫り師でも……庶民に買える本で……ええぇ……面白いかも」
「ボクは、豪華フルカラーイラスト本より、モノクロのマンガ本の方が好きだな」
「……デフォルメ……フィクション……マンガ……ブツブツ……」
シロンはしばらく考え込んでいた。
・ ・ ・
「まあ、というわけでフェイ。君はむやみに人に姿を見せない方がいい。僕も他言しないよ。人生の目標をかなえてくれた妖精さんのためにもね」
シロンは、今度はニアに話を振る。
「ところで、ニアは冒険者なの?」
ふるふる…………
シロンの問いに、ニアが首を振る。
「獣人の子供が一人……じゃないけど、危ないよ。お母さんは?」
ふるふる…………
ニアがまた首を振る。
「迷子……ってわけじゃなさそうだね。じゃあ、冒険者組合に行こうか?」
「冒険者? どうして?」
「君みたいな子はあそこが専門だ。君の将来のためにもね」
◇ ◇ ◇
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