第10話 画家

「ほら、水瓶は今でも売られているんだよ。効果はもうないけどね」

 シロンは話を締めくくると、近くの土産屋を指差した。

「フェイ、死んじゃったの?」

 シロンを見上げる目は少し潤んでいる。

「……泉の妖精は死んだ、それは間違いないみたいだ。僕は何年もかけて詳しく調べたんだけど……」

「フェイは生きてる!」

「……そうだね、そうだ。僕もそう思うんだよ。今もきっとどこかにいるんだ。だから僕は妖精を探してるんだ、ずっとね」


 三百年前にいた、泉の妖精フェイ……

 ボクの前のフェイは魔獣に殺された。そしてボクが転生した。

 もしかして、フェイは死ぬたびにこうして転生を繰り返してる……?

 泉の妖精は、ボクの前のフェイの、そのまたずっと前のフェイなのかな?

 この兄さん、妖精研究家って言ったよね。ボクの知らないフェイのことを知っているかもしれない。

 話を聞いてみたい。

 ニアに耳打ちする。

「シロン、妖精のおはなし、もっと聞きたい」

「ああ、いいとも。僕のアトリエに来るかい?すぐ近くなんだ」

 ニアが一瞬ボクを伺う。

(大丈夫、悪意は感じないよ)

「……うん、わかった」


 ◇ ◇ ◇


「どうぞ、そこ掛けててね。お茶を淹れてくるよ」

 シロンは奥に入っていく。

 部屋には書きかけの絵が所狭しと置かれている。ほとんど妖精の絵ばかり。片隅に小さな丸机と、その周りに椅子が3つ置いてあった。

 ニアはその中のひとつによじ登って腰かけた。

 小声で相談する。

(フェイ……どうする?)

(話してる間、ずっと悪意は感じなかった。大丈夫だと思う)

 シロンがカップをふたつ手にして戻ってきた。ニアの前にひとつ置くと、自分も椅子に掛け、カップを傾ける。

「……あつ。……ふー、ふー、ふー」

 ニアはお約束の猫舌か。

 シロンは優しい目でニアを見ている。

 ニアは、すぐに飲むのは諦めたというようにカップを置き、口を開いた。

「シロンは、妖精さんに会いたいの?」

「そうだよ。妖精に会うのが、僕の人生の目標なんだ」

「会ってどうするの?」

「……そうだね。どうするんだろう。泉の妖精は元々は人と暮らしていたんだ。妖精も人と暮らしたいんじゃないかと思うんだよ。話を聞いてみたいじゃないか」

「ううん。フェイの方が、話を聞きたいんだって」

「……えっ? どういうこと?」

 ニアはフードに手を入れると、その手をシロンの方に差し出す。

 そこにはボクが座っていた。


「…………っ!!!!????」


 ゴトン、と机に落ちたカップが倒れてお茶が広がる。目を丸くして立ち上がったシロンの後ろでガタン!と椅子が倒れた。

 声が出ないのか、顎をわなわな震わせながら、シロンの手がゆるゆるとボクに伸びる。

「ちょっ、話すだけだよ!?」

「…………ぁ…………ぉ…………」

 シロンはボクの声に驚いたように手を止め、そのままボロボロと涙をこぼし始めた。

 ボクは「うわぁ……」という顔で、シロンが落ち着くのを待った。


「ほんとにいたんだ……やっぱりいたんだ……フェイ、君がフェイ?」

 ようやく声が出せるようになったシロンがボクに迫る。

「そう、ボクはフェイ。でも、泉のフェイはボクは知らないよ」

「知らない……フェイはどこから来たんだい?」

「覚えてない。近くの森で気が付いて、それより前の記憶がないんだ。だから、シロンが知ってる妖精の話を聞きたい」


「覚えてない……知らない……そうか、知らないなら、知っておいた方がいいな」

 シロンは倒れた椅子を戻して座りなおすと、姿勢を正した。まっすぐボクを見る。

「いや、君は知っておかないといけない」

 ボクはシロンの目を見て頷いた。


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