第9話 泉
ニアの足は人の多い方へと向く。ボクはフードの陰から街の様子を伺う。よくある異世界モノの世界って感じ。現代世界のように科学文明が発展してるわけではなく、家は石と木で出来てるし、馬車が走ってるし。魔法はどんな感じなんだろ? いまんとこ魔力ってものがあるということしかわかんない。
まだ朝と言っていい時間かな。歩きながら、ニアがいただいてきたパンを取り出した。
「はい、フェイも」
ニアがもうひとつのパンをフードの中のボクに見えるように差し出す。ボクが具になれそうなサイズのパンをどうしろと。
「ボクはニアのひと口ぶんもらえば多すぎるくらいだよ。ニアが食べなよ」
「そう? じゃあ、はい」
ひとつは懐にしまって、食べてるパンの柔らかいところをちぎってくれた。
……うまぁぁ! パンってこんなに美味しいんだ。やっぱ食べものは文明のものだよね!
ニアは道案内を見ながらどこかに向かってる。
「ニア、どこか行く当てがあるの?」
「うん。この街がミヤノだって知って、行きたかった。フェイが一緒だから、なおさら」
◇ ◇ ◇
ちょっと大きめの泉の周りに、綺麗に整備された公園。
透き通った泉は、そこここから湧き出す水で底砂が踊っている。
そして、泉の真ん中には、背に羽のある妖精を象った彫像。
ニアは湖畔に立って、しばらく、泉と妖精像を眺めていた。
「ここが、妖精の泉……フェイのおはなしの泉。本当にいるなんて……」
ニアが呟く。ボクは黙ってフードの奥に隠れた。
「そうだよ、獣人のお嬢さん。君も『妖精の泉のおはなし』を読んだのかい?」
ニアがフードの下から鋭く睨む。さっきまであっちで絵を描いていた男だ。獣人がバレてる。
「……しらない」
「ははは、そう警戒しないでよ。ここに妖精を見に来る子には、妖精のおはなしをしてあげたいんだ。ボクは画家のシロン。妖精研究家でもある」
シロンは荷物からケースに入った大きな本を取り出した。
「この絵本だよ、知らないかい? ボクが描いたんだよ」
「……魔鉱絵本?」
「おっ、絵本は知ってるんだね」
「とても高い」
「そうだよ。読んであげようか」
シロンは『魔気厳禁』と書かれた大層なケースから本を取り出し、開いて見せる。
ボクもフードのわきからそっと覗き込んだ。ニアはそんなボクをうまく隠してくれた。
そこに描かれているのは、写実的ルネサンス調みたいな美麗な油絵。そして、それをグラビアにしたような本だった。
描かれている優雅な女性、その背には二枚の羽があって……
見たような画風、というか、絵柄だよなあ……
そして、文章も書かれている。
『むかしむかし……』
~ ~ ~ 妖精の泉のおはなし ~ ~ ~
むかしむかし。
三百年ほどむかしのおはなし。
ことのはじまりは、とある村でした。
いなかのちいさな村をおそろしい病がおそいました。
その病にかかると、高い熱がでて、やがて血をはいて死んでしまうのです。
おそろしいことに、その病は、村から街へ、街から街へ、やがて国中へ、さらには大陸中へ、ものすごいいきおいでひろがっていきました。
たくさんの人がたおれ、命をうしないました。
べつの村に、村人たちといっしょに、フェイという名の妖精がくらしていました。
その村にも病が伝わってきます。
まず、子供がたおれました。家族や村人が看病しましたが、子供はとうとう血を吐き、くるしみました。
村の妖精は、自分のうでを傷つけると、ながれた血を子供になめさせました。
するとどうでしょう。子供はうそのように元気になったのです。
村人たちは驚き、妖精に感謝しました。
ところが、つぎつぎと村人が高熱に倒れました。
妖精は、みんなに同じようにして血を与えました。
この村では、誰一人として、この病で死ぬことはありませんでした。
その村のうわさは王宮に伝わりました。
役人が村におしかけ、妖精を召し上げます。
妖精は、すくえるだけの人をすくいたいと、役人に従いました。
でも、病に倒れる人が多すぎました。
妖精のちいさなからだでは、多くの人に血を与えることができません。
すぐに血を流しすぎてしまい、妖精は弱っていきました。
王宮は、そんな妖精に血を流すことをやめさせました。
それでも、妖精のうわさは国の外にまで伝わってしまいました。
周りの国が、妖精をうばおうと、戦争になってしまったのです。
攻める兵士も守る兵士も、病におかされて血を吐きながらたたかいました。
妖精は心をいためます。
人々をすくいたいのに、自分のせいで人々があらそい、死んでいきます。
妖精は「泉の水をのみなさい」と言いのこして、姿をけしてしまいました。
病で血を吐き、戦いで傷ついた兵士たちは、泉の水をのみました。
するとどうでしょう。兵士たちの病がなおり、命がたすかったのです。
しかも、まだこの病にかかっていない人が水をのむと、病にかからないのです。
王宮は、この泉の水を国中の人にとどけるため、瓶に入れてはこぶことにします。
ドワーフの国と協力し、小さな瓶をたくさんつくって、泉の水をくみ、国中にとどけました。
それだけではなく、周りの国にも水瓶を売ってあげることで、争いをおさめたのでした。
そうして泉の水の効果は世界中にひろがり、やがて、世界からこの病はきえました。
泉の水を売った村は、街になりました。
街は、水がわき出る泉に公園を作りました。
そのとき、泉の底から、小さな小さな、妖精のなきがらが見つかったのです。
公園は、今でも、この国の象徴として、人々に愛されています。
~ ~ ~
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