第8話 脱出
「ニア、来た」
そっと声をかける。外の扉を開けて誰か入ってくる気配。こっちの部屋の扉が閉まってるせいか、その向こうの気配ビジョンは見えない。でも、この粘つくような気持ち悪い気配は、アイツに間違いない。
ガチャ、ガシャン……ぎいいい
扉が開いて豚が入ってきた。口元に下卑た笑みを浮かべ、粘着質な視線をボクの鳥かごに向ける。その目が驚愕に丸くなった。
「……なっ! どうやって開けおった!」
ボクは「ヤバ!」って表情を作って、開いた鳥かごの扉から飛び降りる。
「待て、逃がさんぞ!」
思惑通り、豚はこっちに気を取られて、ニアの檻には目もくれない。よしっ!
豚をさらにこっちに誘導しようと、ボクは恐怖の表情で立ちすくんでみせる。ニアが動いたらすぐに動けるように身構えながら。
でも、豚が取った行動は思わぬものだった。ポケットから何かを取り出すと、ボクの方に放り投げたのだ。
えっ……
コロコロと転がるその小さな球体が何かと思う間もなく。
バシイッ!
「ぎゃっ!」
その周り一帯に幾条もの稲妻が走った。近くにいたボクは電撃に撃たれ、硬直してバッタリ倒れる。身体が麻痺して動けない。そんな……
豚が肥満体を揺すりながらこっちに歩いてくる。
「逃げられると思っておるのか、キツい仕置きが必要……ふごぉっ!」
突然、豚が股間を押さえて前かがみになる。そこにはニアのハイキックが食い込んでいた。
「むぐおおおお……」
豚は悶絶してそのまま前に倒れ込む。ニアは素早くボクを拾い上げると踵を返した。
「むおお、きさま……」
苦悶の表情を向ける豚を尻目に、部屋を飛び出し、扉を閉めてかんぬきをかけた。
「こらあああ!貴様ら、ここを開けんかあああ!」
やった! ニア、ナイスフォロー! ……喜ぼうとするけど、まだ身体がいう事を聞かない。ぐぎぎ……
「フェイ! フェイ! しっかり! しっかりして!」
ニアは閉めた扉の前で蹲ると、両手でボクを優しく支えるように抱きながら、涙を流していた。
あああ、大したことないよ、大丈夫だから泣かないで!
ボクは必死に身体をよじる。錆びついたロボットみたいに少しずつ手足が動く。
「だ……だ、いじょ……ぶだ……よ……」
なんとか声が出た。こうして優しく抱いてもらうの、こっちに来て初めてだよ。ああ、大きな手の上が落ち着くなあ、もふもふだし。
「フェイ……よかった」
ニアがボクを胸に抱きしめる。もふ、ふかぁ。ああ、胸元の毛が柔らかい。最高。
◇ ◇ ◇
「…………! ………………!」
拷問部屋を出て扉を閉めると、もう豚の叫び声はほとんど聞こえない。廊下にはさらにもうひとつ、同じような扉があった。ここを出て閉めちゃえば、何も聞こえなくなるだろう。あんな部屋だもの、どんな悲鳴も漏れないように出来てるはずだよね。
「ありがとう、ニア。ダメかと思ったよ」
「男には弱点がある。お母さんに教わった」
「す……すごいお母さんだね」
ないモノがヒュンとしちゃうよ。
「お母さんは強くなれって言った。だから、私は強くなる」
強いなあ、ニアは。
ニアの服はくたびれた外套一枚だけ。そのフードは、被れば顔まですっぽり隠せる。
ズタズタの服を引っ掛けるように着たボクは、その上からマントのように布切れを巻いて、ニアのフードの中に隠れて肩に乗った。
二人とも魔封首輪は付いたままだ。引っ張ってみたりしたけど、ベルトのタイプと違って、簡単には取れそうにない。
廊下の扉もしっかり閉めて、石階段を登る。階段の出口は引き戸みたいになっていた。
横に開いてその先を覗くと、書斎のような部屋。引き戸のようなそれは本棚。
地下への隠し出入口って事か。
……ん?
(ニア、待って。外に誰か来た)
小声で囁く。耳元だしね。
「ガフベデ様、おられますか?」
書斎の外から声がした。
(……いませんか。昨日の今日ですし、しばらくはお愉しみでしょうね)
息をひそめていると、気配は離れていった。ボクを買ったヤツだな。
(ニア、今なら近くに誰もいない。行こう)
(大丈夫なの?)
(気配でわかるんだ、そうじゃなきゃあの森で生きてけないよ)
何度も死にかけたのはナイショだけど!
(ニア、右へ……そこを下に、あっ、そこに隠れて!)
廊下の彫刻の陰に隠れて、突き当りの廊下をメイドが通るのをやり過ごす。
(あっちだ、今の人が来た方に)
曲がった先の廊下は、突き当りの両側に2つずつ、ドアのない部屋があった。いい匂いが漂ってくる。厨房かな。
右奥の部屋にシェフっぽい人がいるけど、他に人の気配はない。左手前の部屋に入ると、食糧庫のようだった。
(……じゅる)
周りを見てニアが涎をすする。
(ニア、その扉、出入口だ。外に出られる!)
「これ、もらって行く」
ニアが棚にあった大きなパンをふたつ拝借して懐にしまう。
扉を開けると……外だあ!
建物の外には高い外壁があるけど、そこにも出入口の扉があった。使用人用の出入口だろう、鍵はかかっていなかった。
外の気配を探ると、人通りはあるものの、そう多くはない。人がいないタイミングを待って、外に出る。
「フェイ! やった!」
「とりあえず急いで離れよう!」
ニアは駆け出し、やがて街の雑踏に紛れる。
……脱出成功!
◇ ◇ ◇
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