第7話 獣人

「……うわあっ!」

 ……あ、あれ、ここは? 蛸は? 足は!? ……な、なんともない。また治ったのか。

 飛び起きたボクは、どうやら気を失ってたみたい。蛸に食われる悍ましい感触を思い出し、太ももを撫でた。

 豚はいない。ボクは全裸のまま、また鳥かごの檻に入れられていた。

 肉を食いちぎられ、骨を砕かれる、あの感覚が蘇りそうになるのを、ぎゅっと目をつぶって頭から追い払う。

 とにもかくにも、今は生きている事実を噛みしめる。


 見回すと、ここは、さっきよりも少し小さい部屋。

 僕のいる鳥かごの檻は、スタンドにぶら下がっていた。檻の扉には、これ見よがしにでっかい錠前がぶら下がってる。

 部屋には、僕のいる鳥かごの他にも、大小の檻がいくつも置かれてる。ほとんど空だけど、ひとつだけ先客がいた。

 全身毛皮に覆われた獣人の女の子が、さっきからじっとこっちを見ている。さすが異世界、モフモフだよ。まだ子供だ、10歳くらいかな?

「君も捕まってるの?」

 声をかけてみた。

「……うん。……妖精さん?」

「ボクはフェイ。君は?」

「フェイ? 妖精のフェイなの? あのフェイ?」

「えっ、どのフェイ?」

「妖精の泉の?」

「?」

「……違うの?」

「違うんじゃないかな。気がつくと森にいて、すぐ捕まってここにきちゃった。その前のことはよく覚えてないんだ」

「そうなんだ……。私は猫族のニア」


 ・ ・ ・


 ニアの話では、ここはさっきの部屋の奥にあった扉の部屋らしい。

 妖精の泉のフェイってのは、昔話に出てくる伝説の妖精なんだけど、ホントにいたと言われてるんだって。というか、そう言われるくらい、妖精は誰も見たことがないんだって。伝説級レアってそういう事か……。

 ニアは猫族の獣人。青みがかったグレーの毛並みに長い尻尾。頭上に尖った両耳とエメラルドグリーンの瞳。その姿は、前の世界の猫、ロシアンブルーを彷彿させる。肌は顔まで全て毛皮。鼻と口元あたりに少し猫っぽさがあるけど、顔の形は猫よりも人に近くて頭には髪の毛もある。

 この世界、半獣人は多いけど、ニアみたいな完全な獣人は珍しいらしい。獣人と半獣人が違う種族ってわけじゃないけど、顔の肌が毛皮かどうかくらいを堺に区別するそうだ。獣人の血が濃いと同族の獣人同士じゃないと子供ができにくいから、獣人は半獣人に比べて数が少ないんだって。珍しいから子供が人身売買の的として狙われることもあって、ニアは親が亡くなって売られてしまった。

 ちなみに、この世界にはいろんな種族がいるけど、父親がどの種族でも子供は母親と同じ種族になるそうだ。

 他にも、この街のこととか、この国のこととかも聞いた。ニアもまだ子供で要領得ないとこも多いけどね。


 そして、ニアもあの豚に酷い目に遭わされてるらしい。ボクも次は何をされるのか……考えただけでも恐ろしい。なんとかここから逃げないと。

 部屋を見渡してみる。あの扉は……ん? 扉の下の隙間が結構広いぞ。通気のためかな? ボクなら抜けられるんじゃない?

 でも、檻にはしっかり錠前がぶら下がってるしなあ。鍵穴もデカいな、差し込む鍵はボクの腕より太そうだ。

 ……うん?

 いかにも古風なこの錠前。鍵穴に腕を突っ込めるなら、ピッキングも簡単なのでは?

 どれどれ……? ここにピンが……押して、こっちがロックだよね、よいしょっと……

 ガシャン! ……ゴトッ

 よし、外れた!落ちた!知っててよかった鍵の構造、防犯知識!

 檻の扉を開けて下を見る。今飛べないからこの高さは……いや、ボクの身長が何cmだろうが、1mは1mだから高くない!はず!えいっ!

 トン

 はああ、大丈夫、大丈夫、ふう。

 部屋の扉に駆け寄って下を覗く。さっきの部屋が見える。抜けられそうだ。

「ニア、向こう見てくる! すぐ戻るから!」

「……うん」

 ちょっと不安そう。またひとりになるのは怖いよね。なんとか二人で逃げ出そうよ。

 こっちは拷問部屋とでも言うのか、やっぱり悍ましい。ボクはまず入口の扉に走った。……ダメだ、こっちはほとんど隙間がない。ぐるっと上を見ると壁にいくつか通気口らしき穴があるけど、檻がはまってる。あれもボクなら抜けられそう。……あそこまで飛べればだけど。

 こっちから檻の部屋の扉を見ると、太いかんぬきがかかって、かんぬきには同じような錠前がぶら下がってる。鍵は開けられそうだけど、届かないなあ。それに、鍵を開けたとしても、あの大きなかんぬきはボクには動かせそうにない。

 ……待てよ、かんぬきさえかかれば、中から扉は開かない……行けるかも?


 ボクは檻の部屋に戻った。ニアの檻は部屋の手前にある。ボクの鳥かごは奥の方だ。

「ニア、キミの檻を開けるよ、ボクを鍵のところに!」

 やっぱり、ニアの檻の錠前も同じもの。ニアに持ち上げてもらって、錠前の鍵穴に手を突っ込むと、簡単に開いた。

 よし、これで準備完了!

「ニア、いいかい。あの豚がこの部屋に来たら、ボクが檻から飛び降りて囮になるから、キミはその隙に外に出て、外から豚を閉じ込めるんだ。ボクはその扉の隙間から逃げ出すから」

「……フェイは大丈夫? あいつから逃げられる?」

「あいつの歩き方見ただろ。ノロマだよ、大丈夫!この地下室から出られれば、きっと外に逃げられる!」

 ボクを檻に戻してもらって、ニアも檻に戻ろうとして、そこで二人の服や切れた縄が無造作に放り込まれた箱を発見。そうだね、外に逃げるんだし、服があってよかった。ボクの服はズタズタだけど。首輪をなんとかして魔力流せれば、直るはず。


 ◇ ◇ ◇

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