第5話 変態

「はぁっ、はぁっ……」

「がああ、はああっ……!」

「ふはっ、はははっ、み、見ろ、捕まえたぞっ……!」

 3人は、しばらく走って足を止めた。

 トレントはほぼ移動しない魔獣だ。これだけ離れれば問題ない。

 全員、肩で息をしながら、アルの手に握られた血まみれの妖精を見る。

 ヒトを身長20センチくらいに縮めた姿、その見た目はローティーンの少女。

 ――おとぎ噺に伝え聞く通り。

「マジか……マジじゃねぇか……」

「い、いくらになるんだコレ……死んでんのか……?」

「いや、まだ息がある。ポーションありったけぶっかけろ! 生きてる方が値が付くはずだ」

「わ、わかった…………よし、こっちに……ど、どうだ?」

 非常用に用意しているハイレベルのポーションを遠慮なく使うと、妖精が痙攣するように身じろぎした。

「……いいぞ、効いてそうだ」

 アルは、気を失ったままの妖精を縛り上げると、革袋に突っ込む。

「念のためだ」

 さらに袋ごと縛り上げる。

「よし、これで……うおっ!?」

 唐突に袋から羽が生えたかと思うと、袋がアルの手を振り切って矢のような勢いで飛び去った。

 ゴンッ! ……ぼてっ

 そして、目の前の木に激突して、地面に落ちる。

「…………。そうだ、魔封首輪あったよな? どうにか巻けるか?」


「妖精が実在したって、街ごと騒ぎになるんじゃねぇか?」

「街どころか国が動くぜ。これを組合に持って行きゃすぐに大騒ぎだ」

「しかし、妖精サマを見つけた見返りなんてたかが知れてそうだな。裏で捌く方が実入りが良さそうだぜ?」

「裏? 伝手があんのか?」

「ああ、ちょっと面白い話がある」


 ◇ ◇ ◇


「よお、お帰り、アル。エノもサンも。収獲はあったか?」

「ああ、とびっきりのレアが獲れたぜ。言えねぇけどな」

「言えないほどか、そりゃおめでとう」

 『街』に着いたみたい。人間の気配がたくさんある。話してるのは街の門番かな。

 気配はわかるんだけど、周りの様子はわからない。

 闇雲に逃げ出して、同じ失敗を繰り返すわけにもいかない。

 あれからほぼ丸1日、彼らは徹夜で歩き続けた。

 ボクは猿ぐつわを嚙まされて袋ごとグルグルに縛られて、さらに魔力も封じられてて――ここまで、逃げる隙がなかった。

 これからどうなるんだろう。魔獣に食われるよりはマシだけどさあ……。


 ◇ ◇ ◇


「我が主のお眼鏡にかなうモノを……?」

 こいつら、ボクを誰かに売りつけるつもりみたいだ。

 アルと呼ばれていた奴がその相手と話している。

 あとの二人も一緒にいるけど黙ってる。交渉役は決まってるらしい。

「ああ、とびっきりのレアものだ。変態好みのな」

「ほうほう、それはまた我が主もお悦びになられる」

 ……ちょっと待てえええ! どういう意味だそれ!?

(むー……! むーっ!!)

「暴れてますが、キケンなものではないでしょうな?」

「そこまでは責任持てねぇな。伝説の妖精サマ、3000ゴルだ」

「……はい? ご冗談を。そんなものが……」

「その目で確かめな。ビタ1ブロ負けられねぇ」

「…………!!!」

 変態の部下らしい男が、ボクが入った袋を覗き込む。

 目が合った。驚愕に目を真ん丸にしている。

「……かしこまりました。このことは誰にも漏らしていませんね? もちろん、ご内密に願います。代金は今夜までに用意しましょう。ああ、金額が金額です。お3人となると抜け駆けがご心配でしょう。みなさんご一緒にお越しくださっても、もちろんかまいませんよ」


 ◇ ◇ ◇


(むー……! むーっ!!)

 お前ら死亡フラグ立ってるって! あからさまに消すつもりなのわかんないのか! ほら、外になんかヤバい気配が! こんな奴にボクを売るんじゃないいいい! 助けてえええ!

 変態の部下だという男が袋を覗き込む。

 また目が合った。涙目のボクを見てにんまりと笑う。

「確かに。それではこちらを」

「お、おう、大金貨300枚……」

 そこで、外の気配が部屋に躍り込んだと思ったら……ああ、3人とも気配消えちゃった……

 怖い、怖いよこの世界。


 ◇ ◇ ◇


「ガフベデ様。こちらにございます」

 猿ぐつわにグルグル巻き、さらに上から魔封のベルトを巻かれたボクは、檻に入れられ、醜い豚に渡されようとしていた。

 この檻はたぶん鳥かごだ。不格好に身体に巻かれたベルトは、本来は首輪なのかもしれない。頭に髪の毛がないこの豚は人間かもしれないけど、『豚』の方が似合ってる。

「ゲイル……素晴らしいぞ……」

 趣味の悪い豪華な服を着た豚は、目の前にボクの入った檻をぶら下げる。その顔が粘つくような笑みに歪む。その濁った目はボクを捕えたまま離れない。

 ボクはグルグル巻きに縛られた身体を捩って、少しでも豚の目から離れようともがいた。

「ぐふふふ、妖精が、とうとうこの手に……そう怖がるな。可愛がってやるからのぅ、ぐふ、ふふふ……」

 背筋に悪寒が走る。血の気が引いて眩暈がする。こいつは変態だ、間違いない。

 こんなエロ同人みたいな展開、アリ?

 これからボクの身に降りかかるだろう災難に戦慄して、涙があふれた。


 ◇ ◇ ◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る