第4話 人間

 気配ビジョンで見えたのは、3人の人間。あちらも気配を探るように周りを警戒しながら、森の中を進んでくる。

 こっちに気付いてる感じはないから、気配察知はたぶんボクほど高性能ではなさそうだ。

 細心の注意を払って、姿が見えるところまで近付いて、木の上に隠れて様子を伺う。

 人間だよ、人間。人間がいる世界でよかったあ。危険な魔獣だらけの世界で孤独に生きてくハードモードになったらどうしようかと。

 定番で言えば冒険者……なのかな? 帽子、グローブ、ブーツあたりの要所は革製の装備で、腰に短めの剣を下げてるものの、手にはナイフ。どちらかというと冒険というより山歩きのような装備。

 でも、こんな森の奥深くなのに荷物をほとんど持ってない。もしかして魔法収納的なアイテムかスキルがあるのかな。


「む」

 3人のうちの1人が何かを見つけて足を止めた。先行していた別の1人が振り返る。

「どうした?」

「足跡だ」

 しゃがみ込み、すぐにため息をついて立ち上がる。

「ハズレ。ヤマイノシシだな」

「勘弁しろよサン、レアのカケラもねぇだろうが。このままじゃ今回収獲なしだ」

「そんなの俺に文句言われてもな」

 そう言ってサンと呼ばれた男が笑い、3人はさらに奥へと進み始めた。


 彼らに接触してみるべきか――うーん、悩ましい。

 妖精ってどういう立場なのか、まだわかんないんだよね。

 人間と普通に共生してるのか、それとも、もしかして狩りの対象だったりするのか。

 でも、薄々気付いてたんだけど、彼らの言葉を聞いてはっきりわかった。ボクが今こうして考えてるこの言葉は、日本語じゃない。

 そして、彼らはボクと同じ言葉を話してる。言語が共通ってことは、つまり、妖精と人間は共生しているってことじゃないかな。

 ただ、そうだとしても、彼らが味方とも限らない。さっきの会話からして、この森にレアなモンスターとか狩りに来てるって事でしょ。妖精がレアで捕まっちゃうって恐れもあるよね。

 とりあえず彼らが来たであろう街か村に戻るまで、こっそりつけていく方がいいかな……。

 なんて思案しながら、木の肌に置いていた手が、その表面を這う細い蔓に触れたとき。

 シュルッ!

 その蔓が突然、手首に巻き付いた。

(ぅえっ!?)

 びっくりしたけど声を殺したまま、慌てて蔓を引きはがそうと引っ張る。

 そのとき……

 ザザザザザ――――

 森が、動いた。

 いや、そう思ったのは、森の木々に擬態していた巨大な魔獣だ。

 数本の大木が、それが生えている藪のような地面ごとゆっくりと蠢く。

 なにこれ怖っ! こんなデカいのに、チートでも気配がわからなかったよ! 気配も消してたのか!

 飛んで振り払おうとしたけど、細いくせに頑丈で引き千切ることもできない。

 それどころか、ぐいぐいと引き戻されてしまってる。しかも、木の方からもっと太い触手のような蔓が次々と伸びてくる。

 や、ヤバい……何するつもりかわかんないけど、あんまりいい未来が浮かばない。

 とうとう、腕に、脚に、胴に、太い蔓が巻き付く。

「は、放せ、このぉっ!」

 あっ、思わず声が出ちゃった!

 でも、このっ、なんて力だよ! うあああ、身動きできない、巻かれた腕も脚もビクとも動かせない!


 3人は木の魔獣の出現に騒然としていた。

「トレントだ! やべぇ、逃げるぞ!」

「待て、狙いは俺たちじゃねぇ……あそこだ、何か捕まえてるぞ」

 視線で射抜かれたのが気配でわかった。ボクに気付かれた。

「妖精ッ!!!???」

 彼は素っ頓狂な声を上げた。

「伝説級だっ! おいっ、やるぞ!」

「いや、しかし! トレントはヤベェ! ……おい、待て!」

「こんなチャンス逃してたまるかあああ!」


 男のひとりが巨大な木の魔獣――トレントに飛び掛かると、ボクを捕えている木の根本にムチャクチャに剣を振り下ろす。

 でもトレントはそっちを意に介する様子もなく、ゆっくりとした動きでボクを幹の方に運ぶ。

 同時に、その幹の一部が縦に割れるように開いていく。割れた幹の内側には無数の鋭い牙が並び、その奥の肉壁には粘液が糸を引いている。

 ――く、口っ!? ボクを食べようとしてるっ!?

「うわあああ! やめろおおおお!」

 叫んで暴れようともがくけど、すでに幾重にも身体に巻き付いた蔓はビクともしない。

 なす術もなく、目の前に無数の牙の壁が迫ってくる。

「う……あぁ……」

 もうダメだ……絶望に心が折れそうになった、そのとき。

 ドシュッ!

 ボクを掠めるようにして巨大な金属がトレントの口奥の肉壁に突き立った。――剣だ。

「ギョオオオオオオオオ」

 重く低く、地の底から湧き起こるようなトレントの咆哮が響く。

 男が突き立てた剣を手放し、ボクを捕えた太い蔓に取り付いた。

 ――デカっ!

 ボクは妖精として、初めて間近で人間を見上げた。

 顔がボクの身長くらいある巨人がボクを見下ろし、腰からナイフを抜いて振りかぶる。

 ま、まさか――

「ひぃっ! や、やめ……」

 ドシュッ!

 男がナイフを振り下ろした。ボクの身体を簡単に両断しそうな巨大で鋭利な刃が、ボクに巻き付いた蔓に衝撃とともに食い込んだ。

 まるで巨大なギロチンが落ちて来たような恐怖に総毛立つ。

「うらぁっ! おらぁ!」

 男は必死の形相で、ボクに向けて何度もナイフを振り下ろす。

「がっ! ぎっ! っ……」

 恐怖どころでは済まなかった。

 蔓と一緒にボクの身体も容赦なく切り裂かれ、鮮血が噴き出す。

 それでも構わず男は何度もナイフを振り下ろし、ついにはトレントの蔓からボクをもぎ取った。

「ぐあ……げぼ……」

 ボクの胴体を掴む大きな人間の手。

 身体を強く締め上げられ、喉に血の味が込み上げて息が詰まる。

 ……だめ……意識が遠のく……。


 ◇ ◇ ◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る