靴下のあと
藤泉都理
靴下のあと
これは高校生の証なんだよ。
姉は十歳下の妹に言った。
指二本分の縦幅に、膝の下を一周する横幅のギザギザ模様で、触れば僅かにボコボコしている、高校専用のハイソックスの跡を見た妹にそれは何と愛らしく尋ねられたので、ちょっとからかったのである。
この証が膝の下にできたら、高校生にならないといけないんだよ。
二年前の出来事である。
まさかこのからかいを覚えているなんて、ましてや信じているなんて、姉は思いもしなかったのである。
姉は高校三年生に、妹は小学三年生に進級して一か月が経った頃。
姉が高校から家に帰って来ると、わんわんわんわん大号泣する妹がリビングで仰向けになって大暴れしているではないか。
まさかいじめにでもあったのかゆるさんお姉ちゃんがいじめっ子を成敗してやる。
妹大好きな姉は妹に駆け寄って、どうして泣いているのと優しく尋ねた。
すれば、高校に行きたくないと言うではないか。
「え?高校?」
中学校ではなく、高校?
飛び級ってやつ?
え?私の妹ってそんなに優秀だったの?
え?まじか?
うわっお祝いしなくちゃ。
いやでも妹は行きたくないって言ってるし。
本人が嫌なら、ね。うん。いいんじゃないかなまだ行かなくても。
大人の説得はお姉ちゃんに任せなさい。
光の速さで思考が駆け巡っては結論を出した姉が、いいよ行かなくてもと優しく言うと、行かないとだめだと妹は泣きながら言うのだ。
「いいよ行かなくて。無理に行くところじゃないんだよ」
「だめだもん!行かなくちゃ!だって!膝の下に証ができちゃったんだもん!」
「証?」
「ギザギザゴツゴツの高校生の証!お姉ちゃん、言ったじゃん!これができたら、高校生にならないといけないって!」
「え?」
言ったかな、言ったような、そっか言った、な。うん。かな。
泣き喚きも大暴れも最高潮に達した妹を前に、うへへまだ信じてたんだ妹は本当に可愛いなあと思った姉が妹を見続けて、一分後。いやいやこんなに泣かせてはいかん姉失格だと思い直して、ごめんなさいと土下座した。
嘘ですまことに申し訳ありません高校生の証ってのは噓ではありませんが高校生にならないといけないわけではありません高校専用のハイソックスの跡だったんです。
「って。誠心誠意謝ったんだけど」
「じごーじとく」
「うう。一か月も経ったのにまだ話してもらえない」
「一生話してもらえないかもね」
「嫌だ!」
学校終わり。
大型ショッピングセンターのフードコートに来ていた姉の友達は、泣き喚く姉をコーラを飲みながら見つめて、そして、自分の膝下を見つめて、ふっと笑った。
「高校生の証。ね」
「全部が全部、嘘じゃないもん。高校生の証だもん」
「まあ。そーとも言える、かも」
「でしょ!だったら、援護をお願い!」
「やだ」
「薄情者!」
「私、妹ちゃんの味方だから」
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」
(2024.5.30)
靴下のあと 藤泉都理 @fujitori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます