第29話 日奈子の様子

 午後の授業。俺が上の空なのはいつものことだが、日奈子も上の空だったようだ。


「じゃあ、次、石川」


 先生に当てられても気がついている様子が無い。


「石川!」


「は、はい!」


 慌てて立ち上がる。


「ちゃんと授業聞いとけよ」


「すみません……」


 優等生らしくない態度だった。何が原因かは分かってるが……。


 休み時間になり、上水と森本が日奈子の席に来る。


「日奈子どうしたの?」


「あ、ちょっとね」


「もしかして彼氏と喧嘩した?」


「し、してないわよ」


「あ、逆か。彼氏と――」


「もういいでしょ!」


 日奈子が上水に言い返す。


「ごめん、ごめん。あ、もしかして、あの後、進展あった?」


 何も言い返していない。日奈子が黙っているようだ。


「あ、あったんだ~。へぇ、あいつもなかなかやるねえ」


「もう、一華! 怒るよ!」


「ごめん、ごめん。でも、授業はしっかり聞かないとね」


「わかってる。気合い入れるから」


 そう言って日奈子は教室を出て行った。


 俺のところに竹田がやってきた。


「もしかして学校で進展してる?」


「な、なんだよ……」


「学校では自重しなさいよ、まったく」


「わかってるよ。俺はそんなつもりはない」


「……なるほどねえ。じゃあ、あっちにも釘指しとく」


「頼む」


 日奈子が戻ってくると、竹田が近づいてなにやら小声で言っているようだった。


 放課後になり、俺は図書室に行こうとした。すると、日奈子からメッセージが来た。


日奈子『ごめん、ちょっと頭冷やしたいから今日は一人で帰る』


陽太『そうか、わかった』


日奈子『一緒に居たくないとかじゃないから。その逆。このままだと何しでかすか分かんないから一旦頭冷やす』


陽太『わかった』


日奈子『何その返事。なんかむかつく』


陽太『すまん』


日奈子『まあいいか。でも、明日は一緒に帰って』


陽太『わかった』


日奈子『ねえ、好き?』


陽太『好きだぞ』


日奈子『ありがと』


 ふと見ると、日奈子が自分の席に座ったまま俺を見ていた。


陽太『バレるぞ』


日奈子『もういいかなって』


陽太『ダメだ』


日奈子『わかってる』


 そのとき、森本の声が聞こえた。


「日奈子、帰ろうか」


「あ、うん」


 日奈子は森本、上水と一緒に教室を出て行った。


 俺はいつものように図書室に行き、いろいろな本を見た。だが、なかなか頭に入ってこない。俺もいつもとは違うようだ。頭を冷やす必要があるな。


 結局、本を一冊も借りずに図書室を出た。


 路面電車の電停に行くと、そこに竹田が居た。


「あれ? 日奈子は居ないよ?」


「今日は一人だ」


「そうなんだ。じゃあ、一緒に帰ろうよ」


「はあ?」


「にらまないの。クラスメイトなんだからいいでしょ」


「俺と一緒に帰っても面白くないだろ」


「まあそうだけど、ちょっと聞きたいこともあるから。尋問タイムだよ」


「……好きにしろ」


「ふふっ。日奈子の彼氏、ちょっと借りちゃお」


「お前、そういうことに喜びを感じるタイプか」


「無いとは言えないね。笹垣君はクラスのアイドル日奈子が愛する人だもんね。その笹垣君を私ごときが独り占めできるなんてなかなか無いから。なんなら、この際、奪っちゃおうかな、なんて」


「からかうのもいい加減にしろよ」


「うーん、でも、ちょっと本気だったりして」


「やめろよ。俺は日奈子以外には興味が無い」


「そういう笹垣君を落とせたら私の自尊心もすごく満たせそう」


「安心しろ、そんなことはできないから」


「ふふ、冗談よ。本気にしないでよね」


「まったく……」


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