第9話 帰り

 放課後、俺は約束通りに図書室に行き、時間をつぶす。一緒に帰る石川日奈子からの連絡を待つためだ。


 どれぐらい時間がかかるか分からないし、適当な本を探し読み出した。

 結構読んだ感じがしたが、まだ40分ぐらいしか経っていなかった。スマホが振動する。


石川『来て』


笹垣『直接電停か』


石川『うん』


 俺は本を返し、図書室を出て、校門へ向かう。

 路面電車の停留所に着くと、石川が居た。周りにはうちの学校の生徒は居ないようだ。


「案外早かったな。勉強するんじゃ無かったのか」


「用事があるって言って逃げてきちゃった」


「用事なんて無いくせに」


「あるわよ。あんたと一緒に帰るって用事」


「なんでそれが用事だよ」


「用事よ。大事な用事」


 石川がにやっと笑った。俺も少し笑ってしまう。


 一緒に電車に乗り込む。やはり席は空いている。いつもの後ろの席に座る。石川も横に座った。


「……空いているのになんか距離近くないか?」


「いいでしょ、あんたと私なんだし」


「まあ、いいけど」


 俺は少し狭い空間で身じろぎする。


「それにしても、我ながら『あんた』って呼ぶのも口悪いわね」


「そうだぞ。最初のように『笹垣君』って言えよ。あの頃は可愛かったのにな」


「何よ。『笹垣君』なんて今更呼べないわよ。ただのクラスメイトじゃ無いんだから」


「そうなのか?」


「そうよ。あんたは……その……一緒に帰ってるんだし。素を出していい相手なんだから」


 石川は何か恥ずかしそうにしている。


「だから、『あんた』ってのも悪いから『陽太』って呼ぶから」


「はあ?」


 名前で呼ぶのかよ。女子に呼ばれたことなど今まで無いぞ。


「何よ、陽太。あと、私のことも石川って呼ばないで。クラスの連中思い出すから」


「じゃあ、なんて呼ぶんだよ」


「日奈子よ。私も名前で呼んでるんだから」


「はあ? ひ、日奈子さんって呼ぶのか?」


「さんはいらない。呼び捨てでいいから」


「マジかよ」


「あ、ひなちゃんでもいいよ」


 猫かぶりモードで言う。


「……日奈子にさせてくれ」


「うん、わかったよ、陽太」


「な、なんか照れるな」


「照れなくていいのよ。恋人同士じゃないんだから。ただの素を出せる者同士ってだけ」


 そりゃそうか。俺たちは恋人として名前を呼び合うわけじゃ無い。単に素を出しているから名前を呼ぶだけだ。


「わかったよ、日奈子。ただし、教室では石川さんだからな」


「当たり前でしょ。私も猫かぶってるんだから。クラスのアイドルなんだから名前で呼ばないでよね」


「お前、クラスのアイドルって気に入ってるだろ」


「気に入ってなんか無いわよ。すぐ、クラスのアイドルだからって言われるんだから……。でも、まあ、自信になってることは確かね」


「やっぱり、気に入ってるじゃないか。お前はそんな肩書き無くても十分美人なんだから自信持っていいんだよ」


「!! ちょっと、いきなり何言うのよ」


「は? 何が?」


「だから、美人とか。口説いてるの?」


「はあ? 何でお前を口説くんだよ。美人に美人と言っただけだ。自分でも自覚あるんだろ」


「そうだけど……。まったく。無自覚は恐いわね」


 日奈子は美人と言われているだろうに、何を今更照れているんだろうか。


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