第8話 日奈子が話す相手

 翌日、俺はまた本を読んでいる振りをしながら、石川日奈子のグループの会話を聞いていた。あいつの周りにどういうやつが居るか、誰かストレスになっているかを確認したかったからだ。


 話を聞いていると石川がよく話す女子は主に2人。上水一華あげみずいちか森本由美もりもとゆみこというやつだ。上水一華は石川に「クラスのアイドル」という表現をよく使っていた。


「日奈子はクラスのアイドルなんだからさあ。恥ずかしくない成績じゃないとね」


「うん、そうだね」


「だから、放課後勉強しようよ」


「うーん、少しなら」


 石川はたぶんストレスを感じているだろう。


 一方、森本由美の方はそういうことは言っていない。石川の話し方も少し素に近くなっているところがある。


「日奈子、課題やった?」


「あ、忘れたけど、まあいいか」


「ほんと、そういうとこあるよね、日奈子は」


「まあね」


 一方、男子は一番話しかけてくるのはやはり井川だ。何かと偉そうで、俺の胸ぐらをつかんできたやつだ。


「石川、今度みんなでカラオケ行くんだけど、行かね?」


「うーん、そういうの苦手だから」


「苦手でもいいって。歌わなくていいから」


「それじゃ悪いし」


 石川もこれはストレスが相当たまっていそうだ。


 昼休みの途中、俺のスマホにメッセージが届いた。


石川『ごめん、もう限界だからちょっと話せない?』


笹垣『わかった』


石川『屋上行ってて』


 俺は立ち上がって屋上に向かう。もちろん、石川の方は見なかった。


 屋上の柵に腕をかけて遠くを見る。今日は晴れているが風が少し強く、それが気持ちがいい。そうやって何も考えずにいると石川日奈子が隣にやってきた。


「はぁ」


 俺の横で同じように柵に腕を掛ける。周りには人が居ないし、風も強いから会話は漏れないだろう。


「ほんと、疲れる。特にあいつ。なんで嫌われてるって分かんないかな」


「鈍いやつなんだろ」


「ほんとそう。うんざり。それに一華も。すぐ『クラスのアイドル』の義務を果たせって感じだし」


「まったくだな」


「……もしかして聞いてた?」


「少し」


「そっか。あんたが黙って私たちの会話聞いてるって思ったら笑える」


「なんでだよ」


「だって、素知らぬ顔して聞いてるんだもん。この後、笑っちゃうかも」


「お前、マジでやめろよ」


「大丈夫。私は猫かぶりだから」


「ちゃんとかぶっとけよ」


「にゃあ」


 また、猫のポーズをして俺を見た。思わず見てしまう。


「お前、今の見られたらどうするんだ」


「私はあんたとの仲、ばれてもいいから」


「ばれても教室じゃ、素で話せないぞ」


「……そうね。あんたと猫かぶって話したくないし。内緒にしとくか」


「そうしとけ」


「はーあ。でも、ありがと。楽になった。じゃあ、行くから」


「おう」


「また、帰りね」


「ああ、連絡くれよ」


「うん!」


 小走りで石川は屋上を出て行った。

 俺はしばらく風を感じてから、教室に戻った。


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