第7話 日奈子の話
「じゃあ、帰るか」
蜂楽饅頭を食べ終わった俺は言った。
「なんでよ。まだ、何にも話してないでしょ」
「え、まだだったのか」
俺は石川日奈子ともう十分話した気がしていた。
「蜂楽饅頭の話しかしてないから。私の話聞いてくれる約束でしょ」
そんな約束と言うほどだっただろうか、と思ったとき、石川が立ち上がった。
「飲み物おごるから、ね。自販機だけど。何がいい?」
「うーん、俺は缶コーヒー」
「わかった。ちょっと待っててね」
少し猫かぶった石川のしゃべり方になっていた。このバージョンの石川はクラスのアイドルだけあってさすがに可愛い。
「はい」
少し待つと石川は缶コーヒーを俺にくれた。自分はダイエットコーラらしい。
「そういうの飲むのか」
「何よ。女の子らしく紅茶とかカフェオレとかって思った?」
「まあな」
「猫かぶってるときはそうしてるけどね」
「そうなんだ」
石川はペットボトルのキャップを開けてゴクゴクと飲み始めた。
「ぷはー、美味い!」
「なんかビール飲んだおっさんみたいだな」
「何よ、いいでしょ。あんたの前だし」
「お前のそんな姿、クラスの連中に言っても信じられないだろうな」
「あんたが言っても誰も信じないけどね」
「まあな。で、なんだよ話って」
「だから、あいつらの話よ」
そう言って、石川は同じグループの奴らの話を始めた。特に井川という男子がウザイという話だ。確か、俺の胸ぐらをつかんできたあいつか。
「まったく、誰がお前と一緒に遊び行くかっちゅうの」
石川の言葉は辛辣になってきた。
さらには女子にも容赦ない。
「なにが『クラスのアイドル日奈子には来て欲しいなあ』よ。勝手にアイドル扱いしておいて、知るかっての」
「お前、クラスのアイドルって自分でも言ってただろ」
「私が言う分にはいいのよ。まあ、ちょっとは嬉しいし。でも、それを理由に『来るのが義務』みたいに言うのは違うんじゃない? 別に自分からクラスのアイドルになったわけじゃ無いんだから」
石川の愚痴は続いた。俺はほとんど口を挟まず、ただ聞いていた。
「はあ、すっきりした」
気がついたら30分ほど時間が経っていた。
「ごめんね、話聞いてもらって」
「別にいいよ。面白かったし」
「そ、そう?」
「うん」
「そっか。迷惑じゃ無ければ良かった」
「迷惑じゃ無いな」
「じゃあさ、たまにでいいから聞いてもらっていいかな。あんた、話しやすいし」
まあ、俺はほとんど口を挟まないからな。話しやすいだろう。
「俺で良ければいいぞ」
「そう。ありがとう。なんか必ずおごるから」
「別にいいけど」
「いやいや、それぐらいは受け取って。あとさ……」
石川が何か言いにくそうに、もじもじしている。
「なんだよ」
「……できればだけど、毎日一緒に帰りたいなあって」
少し猫かぶりモードになって石川が言った。
「いいのか? 俺と一緒に帰ってるところ見られたら――」
「うん、そうなんだよね。ちょっと時間おいて帰ろうか」
「まあ、俺は図書室で時間つぶせるけど」
「いいの? 迷惑じゃない?」
「時々はそうしてるから」
「そっか。じゃあ、図書室で待ってもらえると嬉しい。帰る時間になったら連絡するから。そしたら来て。電停で待ってる」
「わかった」
こうして、俺はクラスのアイドル石川日奈子と毎日一緒に帰る約束をした。
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