第6話 フードコート

 石川日奈子が俺を引っ張ってきたのは百貨店の地下。ここにフードコートがある。少し奥まった場所にあるため、意外に人は少ない。この時間では席はたくさん空いていた。


「お腹空かない? 何か食べる?」


 石川が聞いてくる。そりゃ、腹は空いている。だが、手持ちの金は少ない。


蜂楽饅頭ほうらくまんじゅうだな」


「やっぱりそれか」


 安く買えるこの饅頭は今川焼きとか呼ばれるやつの一種だ。ここのはあんこに蜂蜜が入っていて甘く美味しい。ただし、人気があるから買うときには行列に並ぶしか無い。俺たちは多少長くなっている行列に並んだ。


「私は白あん派」


 石川が言う。


「ありえん。俺は黒あんだ」


「はあ? それこそありえんでしょ。絶対白」


「いや、黒だね」


 この論争は熊本では定番だ。だが、石川が教室では見せないような話し方をしてくるのが俺は嬉しかった。


「何よ」


 俺がにやけているのを見て石川が言う。


「いや、教室とは全然違うなあと思って」


「当たり前でしょ。あんたの前だもん」


 石川が照れたように言った。


「あんた今日、結構こっち見てたよ」


「そ、そうか」


「ほんと、気を付けないと気づかれるからね」


「わかった」


 そんな話をしていたら順番が回ってきた。俺たちはそれぞれ白あんと黒あんを1個ずつ買い、テーブルに座った。


「ちょっと、コレ持ってて」


 石川が自分が買った饅頭を俺に持たせて、お茶を入れに行く。ここのお茶はセルフサービスで無料だ。紙コップ2つを抱えて石川が帰ってきた。


「はい」


「ありがとう」


「……あんたってお礼とか言うんだ」


「俺をなんだと思ってるんだ、まったく……」


 石川に饅頭を返し俺たちは食べ始めた。


「あー美味い。やっぱ白あんだわ」


 石川が言う。


「いいや、黒あんだね」


 俺は言った。


「ふーん。じゃあさ、少し残して交換しようよ」


「え!?」


 俺は驚いていった。それって、間接……


「なによ。そういうの気にするタイプ?」


「いや、普通は気にしないが」


 クラスのアイドル石川日奈子となると意識せずには居られない。


「なによ。私とは嫌だって?」


「そんな男子は居ないだろうな」


「そうよね。私だもん」


 にやりとして俺を見る。また、俺をからかってるのか。


「お前、自分が人気あるの、はっきり自覚してるんだな」


「当たり前でしょ。ま、普段は謙遜するけど、あんたの前だからいいでしょ」


「はあ?」


「だから交換するの? しないの?」


「……ありがたくさせてもらう」


「最初からそう言えばいいのよ、はい」


 俺は白あんをもらい食べた。


「美味いな」


「でしょ!」


 石川が得意げに言う。


「お前も食べろよ」


「うん。……あ、久々に食べると黒あんも美味しい」


「だろ?」


 俺も得意げに言ってしまった。


「まあ、どっちも美味いのよ」


「そうだな。今度は一個ずつ食べよう」


 正直一個じゃ足りなかった。


「私は一個で十分だからなあ」


 確かにこのスタイルの良さからすると、食べる量は俺の半分と言ったところだろう。


「何見てるのよ」


 石川が俺の視線を感じて言う。


「いや、細いなあって」


「そりゃ、クラスのアイドルだし」


「お前、自分で言うのか」


「人からは言われたくないけどね」


 石川が少し笑った。

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