一〇章 彼女、とられた!
――だからって、乗る電車をかえるのも変だし……。
そんなことをしたら、なんだか『負け』と言う気がする。誰に対して、どんな勝負に負けるのかは本人にも見当がつかなかったが。
ともかく、電車がやってくる時刻になった。
「なんで、わたしからはなれようとするの? あなたはわたしを痴漢からガードしなくちゃ駄目でしょう」
「そう毎日、痴漢に狙われると思っているのかよ」
――そりゃ、これだけの美少女だ。毎日だって狙われるよな。
と、認めずにはいられなかった。
「女子学生が電車内で痴漢に遭遇する
「それがいやなら女性専用車両に乗ればいいだろう。そのための女性専用車両なんだから」
「女性専用車両は女性専用車両で、盗撮が付きものでしょう」
言われて
いや、『盗撮もの』と銘打っているだけで、まさか本当に盗撮映像を堂々と売っているとは思っていないが、万が一と言うこともあるわけで……。
――いや、こいつはアンドロイドだ、機械なんだぞ。さわられたところで……。
頭ではそう思うのだが、さきらの完全無欠の美少女振りを見せつけられればそう割りきることもできない。しぶしぶ、さきらの側にくっついた。
やがて、電車がやってきた。扉が開き、人の列が一斉に電車内に流れ込む。さきらはその人の流れのなかをスイスイと泳ぎ渡り、扉脇のポジションを確保した。
「ほら。ちゃんと側によって、わたしを守って」
美しすぎる顔で見つめられてそう
「そ、そんなにくっつかなくてもいいだろう」
「距離があったら隙間から手を伸ばされてしまうでしょう。護衛なんだから、きちんと密着して。手を差し込む隙もない壁になる」
――いつから護衛になったんだ⁉
――な、なんだよ、この暖かさ。それに、息づかいまで……。
さきらの全身から立ちのぼる体温がはっきりと自分の体に伝わってくる。そして、かすかな息づかい。キスするかのような密着状態のせいで、呼吸のたびにかすかな湿り気を帯びた風が肌に当たる。
――な、なんで、アンドロイドが息まで……。そこまで人間に似せることないだろ!
そしてまた、燃料電池を動かすためには酸素が供給されなくてはならない。電気を生みだす際のもうひとつの副産物である水蒸気も放出しなくてはならない。人間が酸素を吸って二酸化炭素を吐くように、燃料電池製のアンドロイドであるさきらは酸素を吸って、水蒸気を吐く。人間と同様、活動するために呼吸を必要とするのだ。
そして、人型である以上、人間と同じように口と鼻を使って呼吸するのは当然。息づかいを感じるのは当たり前のことなのだった。しかし――。
そんな理屈がわかったところで、
そんな状況にさらされればさらされるほど、機械だなどとは思えなくなる。人間の女の子としか思えなくなってくる。
同世代の女の子と寄り添っている。
それも、満員の電車のなかで。肌と肌がふれあわんばかりの密着状態。ちょっと、身動きすれば
女の子慣れしたチャラ男でもあれば喜ぶところだろうが、陰キャの思春期男子にとってはほとんど拷問。耳まで真っ赤に染めて、うつむいて、体をモジモジさせている。端から見れば
それでも、
――これで、解放される!
「なんで、腕を組む⁉」
「カップルならそれぐらい、当たり前でしょう」
「おれたちはカップルじゃない!」
「これからカップルになるんだから問題ないでしょう」
「ありすぎだ! おれはお前とカップルになんてならない!」
「それって、あんまりじゃない? こんな美少女のなにが気に入らないの?」
「そう言うことじゃなくて! おれには、
「
「どうして⁉」
「だって……」
さきらがなにか言いかけた、そのときだ。
「おっはよ~」
と、もはやすっかりおなじみになっている元気いっぱいの声と共に、
「さ、
あわてて言いわけしようとする。だが――。
そのまま唇を重ね合わせ、キスをした。
あまりの出来事に顎が外れる
「見ての通り、
すると、
「そういうこと。あたし、さきらとも付き合うことにしたから。よろしくね~」
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