一一章 二人してスリスリするなあっ!
「へえ。
「でしょでしょ~。こう見えて実はすっごい家庭的な女の子なんだよねえ。なにしろ、家事万能だからねえ」
「なんだか意外ね。見た感じ、そんなタイプじゃなさそうなのに」
「あ~、それ、よく言われるんだよねえ。失礼しちゃうよねえ。ちょっとばかり派手な美少女だからって『家事なんて、なにもできないでしょ』なんて決めつけるやつが多くてさあ。実は料理はもちろん、掃除や洗濯だって得意なんだよ。
なにしろ、うちって、いまどきめずらしい大家族でさあ。あたし、五人きょうだいの一番、上なんだよねえ。しかも、うちってパン屋だから両親は朝からずっと忙しくてさ。ちょっと歳がはなれていることもあって、あたしがチビたちの面倒、見てたんだ。だから、家事万能なのはもちろん、怪我の手当や、急病のときの看病なんかもお手の物。女子力満点の完全体女子なんだよ」
「へえ。まだ高校生なのにきょうだいの面倒、見ているなんて立派なものね。でも、それじゃあ、家の外でぐらいお世話してもらえる立場にならないと身がもたないでしょう。わたしがやるから、
「わあ、さきら、やっさしい~! そんなこと言ってもらえたの、はじめてだよ。いままで付き合った男なんて『お世話し慣れてるなら、自分もお世話してもらえる』なんて思ってる甘えん坊ばっかでさあ。ふざけんなって感じだよねえ。その点、ちゃんと気遣ってくれるなんて、やっぱり彼女はちがう! さきら、大好き!」
と、
ダイニング・キッチンにて繰り広げられる、美少女ふたりによるやけにイチャついた料理風景。その光景を見せつけられながら、
――なんでだ?
と、
今朝、突然、彼女である――はずの――
相変わらずモヤモヤを抱えたまま、それでも、どうにかこうにか夕方のシフトを終えて帰ってみると、なぜか、部屋のなかに
彼女と絶世の美少女がふたり、自分の部屋のキッチンで並んで料理をしている。それも、ふたりとも制服エプロン。世界中の男というおとこが喜びの咆哮をあげて走り出し、沃野千里を駆け抜けてしまいそうな光景だったが、その絶世の美少女に彼女を奪われた身としては喜んでもいられない。
「……ええと。なんで、ふたりがおれの部屋にいるんだ?」
とりあえず、そう尋ねる
「わたしの部屋だから」
さきらが当然のようにそう答えれば、
「彼女の部屋だから」
と、
「ここはおれの部屋だ! そいつの部屋じゃない!」
「わたしもこの部屋に住む。昨日、そう言ったでしょう」
「もう決まったことにいまさらとやかく言うなんて、男らしくないぞ」
美少女ふたりにそう言われては、押し黙るしかなかった。
――おれはそんなこと、認めてないし、なにも決まってない!
そう叫びたいところではあったのだが、なにしろ、当のふたりはイチャつきながらの料理に夢中。とくに、
――でも、仕方ないか。
『家の外でぐらい、お世話してもらえる立場にならないと身がもたないでしょう』
『そんなこと言ってもえらたの、はじめてだよ』
ふたりの言葉を思い出しながら
自分は一度だって、
――AIでさえちゃんと気遣うのに、おれときたら……。
『自分もお世話してもらえて当然と思っているような、甘えん坊』とは、まさに自分のことではないか。
――こんな気の利かない男じゃ、彼女をとられても仕方ないか。
そう思ってしまう。とは言え、
――なにも、相手がAIの女でなくてもいいだろ!
とも、思うのだが。もっとも、
「それじゃあ、人間の男ならよかったのか?」
と、問われれば、
「それはもっといやだ!」
と、言うしかないのだが。
ほどなくして、料理が出来上がった。ちゃんと、三人分、用意されていたので
テーブルの上に並んだものは、
「ジャガイモとご飯なんて糖質と糖質じゃない。太る!」
という、
なるほど。それは、たしかに心の底から納得するしかない理由である。
さきらが『味見』とばかりにジャガイモの欠片を箸でつまみ、口に運んだ。フランス製でありながら箸の扱いは見事なもの。はっきり言って、
「うん、おいしい。しっかり、味が染みてる。
「でしょでしょ~。もっと褒めて!」
と、
――そう言えば、おれは
実際に『おいしい』とは思っていたし、言葉にして伝えるべきだということもわかっていた。それでも、どうしても恥ずかしさの方が先に立ち、なにも言えなかった。
――きっと、思いは伝わっているはずだ。
そう思い、自分をごまかしていた。しかし――。
さきらに『おいしい』と言われて、すごく嬉しそうに笑う
――言うべきことも言えなかったなんて……こんな男じゃ、そりゃあ、彼女もとられるよな。
そう思い、ますます落ち込む
そんなヘタレ男は脇に退けておいて、美少女ふたりは相変わらず仲良さげに盛りあがっている。
「そう言えば、日本では肉じゃがって、男が彼女に作ってほしい料理第一位だっていう情報があったけど、本当なの?」
「ん~? それは、あたしは男じゃないからわからないなあ。どうなの、ゆ~じ」
いきなり振られて、
「い、いや、おれは別に……」
と、モゴモゴと口にするのが精一杯。
「まあ、いまじゃ日本人だって、あんまり和食は食べないしねえ。『肉じゃがが愛の証』って言うのも、昔の話かもね」
でも、と、
「いまも、昔も、肉じゃががビールに合うのはかわらない」
と、ビール缶を取り出し、それぞれのグラスに注いだ。真っ白な泡を立てる琥珀色の液体がグラスをいっぱいに満たす。あわてたのは
「ちょ、ちょっとまて! まだ未成年だぞ。アルコールは……」
「堅いこと言わないでよ。いいじゃない、ビールぐらい」
「でも……」
「お酒やタバコなんて一〇代の頃に経験して、成人したら卒業するものでしょう」
「逆だろ! 酒も、タバコも、成人してからやるものだ」
「摂取することで体に悪影響を及ぼし、判断力も低下させる。そうとわかっているものを摂取するなんて、責任あるおとなのすることではないでしょう。無軌道な一〇代だからこそ許されることよ」
おすまし顔でそう言って、グラスになみなみと注がれたビールを一気にあおる。
「た、たしかに、そう言われるとそんな気もするけど……」
妙に説得力のある言葉に、
「そうそう。一〇代の頃にしかできないことは一〇代の頃にやっとかないと。将来、後悔するよ。と言うわけでほら、ゆ~じも一杯」
と、
「い、いや、おれは……」
「ひっく」
小さなしゃっくりの音がした。
「えっ?」
「ひっく」
と、さきらはしゃっくりを繰り返す。その頬がかすかに上気している。
「ひっく?」
「なんか……顔、赤いんだけど」
「まさか、さきら……グラス一杯のビールで酔っ払ってるの⁉」
「って言うか、なんでアンドロイドが酒に酔うんだよ⁉」
ふたりの叫びにさきらは答えた。
「……わたしも知らなかったけど、味覚センサーにアルコールを感知すると酩酊状態になるプログラムがあったみたい」
そう言う顔がすっかり酔い顔。目はトロンと半開きになり、頬は桜色に染まっている。いつものピシッとした姿勢とは打って変わって、ふにゃふにゃした姿がやたらと色っぽい。思春期男子にはもはや『目の毒』どころではないその姿。
「なんで、わざわざ酔っ払う機能なんてつけるんだよ⁉」
「……それは、開発者に言って」
「ちょ、ちょっと、さきら、だいじょうぶ? なんか、どんどん顔が赤くなってるんだけど」
「……熱い」
「はっ?」
「……熱い。燃料電池がオーバーヒートしてるみたい」
「ヤバいだろ、それ!」
「熱い、熱い、熱い!」
さきらはそう連呼しながら服に手をかける。制服の前ボタンを弾きとばす勢いで脱ぎはじめる。
「わあっ、脱ぐな! もっとヤバくなる!」
「熱い、熱い、熱い! 冷やして、冷やして!」
涼を求めてのことなのかなんなのか、さきらはそう叫びながら
「熱い、熱い、熱い!」
「わあっ、よせ、やめろ! くっつくな、スリスリするなっ!」
「ああ、さきら、ズルい! あたしも、あたしも」
と、対抗心を刺激されたらしい
「やめろおっ! ふたりしてスリスリするなあっ!」
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