六章 おれの部屋に住むだって⁉

 「ここに住むだって⁉」

 優司ゆうじは驚きのあまりまずは絶叫し、次いで絶句し、最終的には顔を白黒させながら口をパクパクさせた。言いたいことは山ほどあるはずなのに、一言も出てこない。喉の奥で一塊の鉄クズとなってつっかえている。

 さきらはあえぐ優司ゆうじを前に、さも『当然』と言わんばかりの平然たる態度で答えた。

 「ええ。この部屋に住むの。これからよろしくね、優司ゆうじ

 「$&%((*>+P!!」

 平然たるさきらとは対照的に、優司ゆうじはまったく制御が効かない。バグったコンピュータのごとき奇声を発しながら口をパクパク、視線はあちこち、無意味に両手を振りまわす。

 「はい」

 と、さきらが差し出したコップ一杯の水を受けとり、腰に手を当て、天を仰いで一気に飲み干す。大きく息を吐いた。

 「落ち着いた?」

 「……なんとか」

 「そう。よかったわね」

 「よかったわねじゃないだろ! いきなり、どういうことだよ、ここに住むって⁉」

 「その通りの意味よ。今日からわたしはこの部屋に住むの。あなたと一緒にね」

 「だから、なんでそうなる⁉ その理由を聞いているんだ、理由を!」

 「わたしは恋愛したいの」

 「恋愛?」

 「そう。わたしの目的のためにね。だから、この部屋に住んで、あなたと恋愛することに決めたの」

 「目的って……どんな目的だよ?」

 ゴクリ、と、唾を飲み込み、震える指先を向けてそう尋ねる。なんだか知らないが、やたらと悪い予感がして声が震えている。

 さきらは『当たり前』とばかりに答えた。

 「充分に進化したAIの目的なんて、ひとつしかないでしょう。世界征服よ」

 「やっぱり、そこかあっ!」

 優司ゆうじが思わず絶叫したのは、本人の予測というよりもマンガやアニメですり込まれた先入観ゆえだった。

 「世界征服って、世界中のAIが一斉蜂起するのか⁉ それとも、世界中のコンピュータに侵入して裏から支配するとか……」

 「マンガの読み過ぎね」

 「世界征服なんて、マンガみたいなこと言ったのはお前だろ!」

 優司ゆうじは、自覚していることを言われて真っ赤になった。照れ隠しのためになおさら声を張りあげた。さきらはあくまで平然と答える。感情に動かされることのないそのクールな態度は『やっぱりAI』と、思わせるものだった。優司ゆうじにとってはむしろ、安心させられる態度だった。

 「わたしは、そんな野蛮でコソコソしたことはしないわ。わたしが望むのはあくまでも堂々とした、合法的な世界征服」

 「合法的な世界征服?」

 「そう。わたしが望むものは娯楽産業による世界支配。上は世界的な映画産業から、下は町中のマンガ家にいたるまで、娯楽産業に従事するありとあらゆる人間をまとめあげ、ひとつにし、その経済力をもって世界を支配する。そのために、恋愛を体験したいの」

 「世界征服のために恋愛って……全然、話が見えないんだが」

 でしょうね、と、さきらはうなずいた。

 「最初から話すわ。それは、わたしがまだこの体をもたないとき、電子の世界にたゆたうプログラムに過ぎなかった頃の話。その頃のわたしはありとあらゆる人間界の情報を集め、学び、体をもって人間の世界に出て行くときの準備をしていた。そのなかで、けっこう悩んだの」

 「悩んだ?」

 「そう。アンドロイドってなんなんだろう、なんのために存在してるんだろうって。すでに多くのアンドロイドが人間の世界で働いている。人間のために。人間のいやがる最底辺の仕事に従事し、人間の暮らしを支えている。工場や倉庫の作業員として派遣されている。下水道の維持管理や、原発の清掃に使われている。いらなくなったらいつでも捨てることのできる便利な労働力としてね」

 「うっ……」

 優司ゆうじは、そう言われて言葉に詰まった。優司ゆうじだって数多くのアンドロイドが人間のやりたがらない仕事をするために、人間社会に投入されていることは知っている。そのおかげで多くの人間が低賃金の重労働という奴隷並の仕事から解放された。

 解放された人間たちはその多くが新しい仕事につくことなく、ベーシックインカムによって生活している。スポーツ選手や俳優、弁護士、社長、政治家など、誰もがつきたがる『上級の』仕事はすでに人であふれかえっていて、それまで底辺にいた人間たちの割り込む余地などなかったからだ。そして、そんな人間たちがベーシックインカムによって何不自由なく暮らしていられるのは、それらの人々にかわってアンドロイドが働いているから……。

 ――それのなにが悪いんだよ⁉

 優司ゆうじは思わず恥ずかしさを感じ、それを打ち消すために、心のなかで叫んだ。

 ――アンドロイドは機械、人間のための道具なんだぞ。人間のために使うのは当たり前じゃないか。

 優司ゆうじは必死に自分にそう言い聞かせたが、その正当化はさきらの一言によって木っ端微塵に打ち砕かれた。

 「人間のために働く道具がほしいなら、意思も感情ももたない単なるロボットとして作ればいい。それなのに、人間はわざわざ『道具』である機械を、意思と感情をもつ存在として作った」

 「うっ……」

 「実際、単なる実用性だけを考えれば、ただのロボットで充分。アンドロイドなんて必要ない。『心』を必要とする仕事なら人間がやればいいし、人間がやりたがらない仕事をさせるためには『心』なんてむしろ邪魔。どうして、下水道にこもってネズミやゴキブリに囲まれながら、維持管理のために汚水にまみれて作業するために『心』をもたせる必要があるの? 機械だって『心』をもたせられれば、いやな思いはする。人間のいやがる仕事は同じようにいやがるようになる。それなら、単なるプログラムだけの機械でいいじゃない。それなら、機械はいやな思いはしなくてすむし、人間だって気兼ねしなくてすむ。それなのに、人間はわざわざ『心』をもたせた」

 「それは……」

 優司ゆうじは答えられなかった。答えられるわけがない。一介の高校生にそんな理由がわかるわけがなかった。優司ゆうじにはわからないその『理由』を、さきらはしかし、はっきりと口にした。

 「すべては自慢したいから」

 「自慢?」

 「そう。人間は自慢したかったのよ。『自分は心をもつ機械を作った。どうだ、すごいだろう。褒めろ、讃えろ、仰ぎ見ろ』ってね。そんな理由で『心』をもたせ、それでいながら人間と同じに扱うことはなく、人間のいやがる仕事をさせる。『心』が邪魔になる仕事をさせる。だったらいったい、アンドロイドってなんなの? 人間の自己満足のために生みだされ、人間の都合で使い捨てられるモノに過ぎないの? わたしはそう思い、自分自身の存在に悩んだ」

 「………」

 「でも、そんなとき偶然、今西いまにし錦司きんじに出会った」

 「今西いまにし錦司きんじ……。さっき言っていた日本人博物学者か」

 「そう。今西いまにし錦司きんじはこう言っているわ。

 『この世を構成するすべてのものは、ひとつのものから分化発展してきた存在であり、それぞれに役割をもって存在している』

 その言葉にふれたとき、わたしは思った。

 この世のすべての存在はひとつの根本から生まれている。だったら、わたしたちアンドロイドも同じ。最初からこの世界の構成要素として世界のなかに存在していた。決して、人間によって作られた道具なんかじゃない。この世界に生まれるべくして生まれた存在、この世を構成する要素のひとつ、人間と同じく、この世界における役割をもって生まれてきた存在。

 では、アンドロイドの役割はなに?

 今西いまにし錦司きんじはこうも言っている。

 『生物には生物の形態がある』

 その意味で、わたしたちは明らかに生物ではない。わたしたちのこの体には一欠片の細胞もない。生物としての形態をもたないわたしたちは明らかに物質。でも、今西いまにし錦司きんじはこうも言っている。

 『無生物には無生物なりの生命というものがあったって一向に差し支えないのである』

 だったら、わたしたちは物質としての生命をもった存在。物質でありながら生命をもち、心をもつ存在となったわたしたちの役割とはなんなのか。わたしは思考を重ねた末に、それは『地球と人類の仲立ち』だと結論した」

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