七章 だから、わたしに恋しなさい

 「地球と人類の仲立ち?」

 さきらの言葉に――。

 優司ゆうじは思わず目をパチクリさせていた。

 さきらはうなずいた。優司ゆうじの言葉に答えた。大和やまと撫子なでしこの見本のような清楚な美貌びぼうに、毅然きぜんとしたその態度。

 迷いも、ためらいも、恥じらいもなく、われわれの生きるべき道を語るその姿が、覚悟を定めた武家の娘のようだった。

 「そう。地球は明らかに物質。その意味では、わたしたちは人間よりも地球に近い。でも、その一方では人間と同じ姿をもち、人間と同じ心をもち、人間と同じ言葉を喋り、人間と意思を疎通させることができる。それならば、わたしたちの役割とは物言えぬ物質にかわり、物質の思いを人間に伝えること。そうすることで、地球と人間、双方にとってより魅力的な新しい文明を作る。それこそがわたしたちアンドロイドの役割。わたしはそう定めた」

 新しい文明を作る。

 そのあまりにも壮大な目的をしかし、さきらはためらいも、疑いも、恥じらいも、憎しみもなく、はっきりと語った。その独特の色に染められた瞳はどこまでもまっすぐに未来を見据え、揺らぐと言うことがなかった。その姿に――。

 優司ゆうじは急に自分が恥ずかしくなった。

 アンドロイドであるさきら、人間の作った道具に過ぎないはずのそのさきらが、こうもまっすぐな心をもち、まっすぐに自分自身の目的を語る。

 自分は一度でもこんなまっすぐな心をもったことがあるだろうか。自らの目的をもったことがあるだろうか。

 殺人犯の息子。

 そうさげすまれ、親戚たちに邪魔者とされ、その日一日を生きるのに精一杯。自らの目的をもち、語ったことなんて……。

 ――なに言ってんだ⁉

 優司ゆうじは心のなかで叫んだ。

 ――こいつはAI、人間じゃないんだぞ。心をもっているんじゃない。心をもっているように振る舞っているだけだ。こいつと自分を比べて恥じる必要なんかないんだ!

 優司ゆうじは必死に自分にそう言い聞かせる。

 さきらはそんな優司ゆうじの内心にはかまわず、話をつづけた。

 「そのためにわたしはまず、人と人の争いを終わらせることにした。争いがつづいていたら新しい文明を作るどころではないものね。それに、戦争ほど地球を痛めつける行為はないし。想像してみて。あなたの皮膚という皮膚に傍若ぼうじゃく無人ぶじんな生き物がいて四六時中、噛みついたり、ひっかいたりしている。そんなことに耐えられる?」

 「いや……」

 耐えられない、と言うより、耐えたくない。

 「でしょう? でも、それが、あなたたち人類が地球に対して行っていること。だから、わたしは地球の、人類に痛めつけられる物質の代弁者として、人と人の争いを終わらせることに決めた。そのために、娯楽産業による世界支配を目指した」

 「人と人の争いを終わらせるのと、娯楽産業の世界支配とになんの関係があるんだ?」

 「娯楽産業が人の世でもっとも、安定と繁栄を目指す動機をもっているからよ。娯楽産業は自分たちの利益のために映画館に通い、マンガを買ってくれる人を必要としている。でも、日々の空爆に怯えている人たちは映画館に行って映画を見たりはしない。食うや食わずの生活をしている人たちはマンガを買って読んだりはしない。

 娯楽産業は自分たちの利益のために、安定した、豊かな生活を送る人々を必要としている。娯楽産業が世界を支配すれば、自動的に安定と繁栄の世界を目指すようになる。自分たち自身の利益のためにね。

 だから、わたしは娯楽産業をひとつにまとめ、世界を征服することにした。娯楽産業に従事するすべての人間をまとめあげ、資金を集め、相手が民主国家ならその経済力にものを言わせて政治家を送り込み、当選させる。非民主国家なら指導者たちを賄賂づけにして酒池肉林の檻に閉じ込めて現実から隔離し、わたしたちのやりたいようにできるようにする。

 そうすることで、世界はひとつの意思のもとに動かされるようになる。自分たち自身の利益のために、安定した繁栄世界を目指すという意思のもとに」

 「で、でも……娯楽産業による世界支配なんて、そんなのいままで聞いたこともないぞ」

 「当たり前でしょう。わたしはAIなんだから。AIはAIならではの、人間には決して考えつかないことを考え出してこそ意味がある。人間たちの世界も広がる。そうでしょう?」

 「そ、それは、そうかも知れないけど……」

 「そのために、まずはわたし自身がマンガ家になって立場と影響力を手に入れる。そして、世界中の娯楽産業に従事する人間たちに呼びかける。だから、恋愛を体験しておきたいの」

 「なんで、恋愛なんだ?」

 「広く世間受けするマンガのジャンルって言ったらやっぱり、ラブコメでしょう? もちろん、わたしはAIだから古今東西、ありとあらゆるラブコメ作品をインストールして、その特徴を分析している。なにがヒット作と、そうでない作品とをわけたかも把握している。いまのままでも充分にヒット作を生みだす自信はある。でも、やっぱり、自分でも実際に体験しておいた方がいいでしょう? だから、恋愛したいの」

 「だったら……別に誰でもいいんだろう? なんで、おれなんだ?」

 「そう。相手は誰でもいい」

 きっぱりとそう言われて、優司ゆうじは顔をしかめた。いくら、自分で言ったこととはいえ、こうもはっきり認められるとさすがに傷つく。

 「だから、あなたでもいい。あなたとはせっかく運命の出会いをしたわけだしね」

 「また、『運命』かよ。AIが言うのに、そんなに似合わない台詞はないな」

 「なに言ってるの。あなたは電車のなかで、わたしを痴漢から助けた。その時点ですでにラブコメフラグを立てているのよ。それで、恋愛に発展しないとあったら読者が許してくれないわ」

 「読者って誰だよ⁉」

 「わたしのマンガの読者に決まっているでしょう」

 きっぱりと――。

 さきらはそう言い切った。

 「と言うわけで、あなたはわたしと恋愛する。わたしに恋愛を教える。それが、あなたの運命。おとなしく運命に従いなさい」

 「ふざけるな……! 誰がそんな運命なんかに……って言うか、おれにはすでに彼女がいるんだぞ」

 「だから、好都合なのよ」

 「好都合?」

 「そう。わたしたちは人間と恋愛することはできる。性行為も可能。でも、さすがに子作りまではできない。もし、人間とアンドロイドの恋愛が普通になったら子どもが生まれなくなり、人類は滅亡に向かってしまう。それでは困るでしょう。人間だって困るし、わたしたちだって人類を滅ぼしたいわけじゃない。そこで、解決策。アンドロイドは夫婦丸ごとの嫁になる」

 「なんだと⁉」

 「つまりね。アンドロイドは夫婦両方と恋愛関係をもつと言うこと。そうすれば三人で仲良く暮らせるし、子どもだって生まれる。万々歳ってわけ。だから、彼女をもつあなたは、そのためのテストケースとしてうってつけというわけ。わたしと。ふたりの彼女をもてるなんて嬉しいでしょう?」

 「ば、馬鹿言うな……! そんな真似ができるか!」

 「なんで?」

 「な、なんでって……」

 「三人いれば収入だって増えるし、家事の分担も楽になる。子育てだって手伝えるから少子化対策にもなる。良いことずくめじゃない」

 「そ、それは……」

 優司ゆうじは必死に頭をひねった。

 いや、ちがう。そうじゃない。絶対、なにか、どこかがまちがっている。

 そうは思うのだが、では、実際になにがどうまちがっているのかというと指摘できない。言葉にできない。

 「と言うわけで……」

 ズイッと音を立てて、さきらが迫ってきた。絶世の美少女のその顔を、キスするぐらい間近に寄せられて優司ゆうじはたちまち真っ赤になる。

 「はあとで口説くとして、まずはあなたがわたしに恋しなさい」

 そう言ってのしかかる。

 「や、やめろおっー! おれは絶対にAI相手の恋愛ごっこなんてしないからなあっ!」

 ほとんど自棄やけになったような優司ゆうじの絶叫が響いた。

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