四章 なんで、おれの部屋に来る⁉
「ふうん。ここが
目の前にそびえる建物を見上げながら、さきらが感心したように呟いた。
『アパート』と言っても、マンガによく出てくるような安っぽいアパートとはわけがちがう。セキュリティ完備の五階建て。正面玄関には強化ガラス製の門がそびえ、指紋認証システムが標準採用されているという、なかなかに豪壮なアパートだ。
もちろん、監視カメラも完全装備。門の前に立つ人間は誰であれ四六時中、カメラによって監視され、記録されている。
見ようによっては、ちょっとした要塞のように見えなくもない。
「まだ高校生なのに、こんな高級アパートでひとり暮らしなんて優雅じゃない」
さきらは、
「それがさあ。聞いてよ、さきら! ひどいんだよ。ゆ~じの親戚連中ったら、ゆ~じのお父さんが人を殺して捕まったあと、それを苦にしたお母さんが失踪しちゃうと、ゆ~じのこと、さんざんたらい回しにしてさあ。中学を卒業したら『これからは、ひとりで暮らせ』って、追い出したんだって。ろくでもない連中だよね」
親のしたことと子どもは関係ないのにさ、と、
「そんな言い方しないでくれ。親戚とはいえ、ろくに付き合いもなかったんだ。そんな相手をいきなり『親身になって、面倒みろ』なんて言っても無理な話だ。あの人たちは皆、できるだけのことをしてくれた。どこかの安アパートなんかじゃなくて、セキュリティ完備の高級アパートを借りてくれたんだし、気を使ってくれてるよ」
「もう! ゆ~じってば優しすぎ!」
「そんなの、お金を出してすまそうっていうだけじゃない。ゆ~じは優しいからなんでも良い方に解釈しちゃうけどさ。もっと怒っていいんだからね?」
「いい彼女ね」
さきらが一言、言いたげな口調で言った。
「こんないい彼女を相手に『一応』なんて言ってたら、罰が当たるわよ」
「う、うるさいな……!」
「なんで、お前がここにいるんだ!」
さきらに向かって声をあげる。
さきらは『あきれた』とばかりに答えた。
「
『なにをいまさら』と言わんばかりに答えてみせる。
「そうそう、なんと言ってもフランスから日本に来たばかりなんだからね」
と、
「はじめての友だちとして、ささやかながら歓迎会を開こうっていう話になったんじゃない」
そう言うと、まるで三人で相談して決めたように聞こえるが、実際には
「まさか、日本に来たばっかりで不安と心細さでいっぱいの女の子を、ひとりで放っぽり出す……なんて言わないわよね?」
「女の子って……こいつはAIだ。必要な情報は全部そろっているはずだろう」
――大体、AIに『不安』や『心細さ』なんて、あるもんか。
そう思ったが口には出さなかったのは、さすがにさきらに気遣ったのか、それとも、
「たしかに、必要な学習は一通りすませているけど。でも、ただのデータと実際の体験は別よ。ふたりからはいろいろ教わりたいわ」
「そうそう。なんでも教えてあげるからね。さあ、行こう!」
さきらが言うと、
「もう高校生なんだから、ひとり暮らしでも大丈夫だろう。家賃は払ってやるから、これからはここで暮らせ」
引っ越し当日まで内見すらしたことはなかったが、部屋にこだわりがあるわけではないので気にはしていない。
――ちゃんとした部屋を用意してくれただけで充分。
そう思っている。
部屋に表札は出していない。
そのために、
――目立ちくない。ひっそりと生きていきたい。
と、思っている
ドアが開き、三人はなかに入った。
「ほら、どう? なかなかいい部屋でしょ? ひとり暮らし向きのワンルームだけど、お風呂はもちろん、ダイニング・キッチンにベランダもついてるしさ。しかも、このベランダ、ガーデニング前提だから水道設備も整ってる士、防犯を兼ねてガラス戸がついてるから温室としても使えるんだよ」
「本当。いい部屋ね。よくこんな部屋を借りてもらえたわね」
「……親戚一同で、少しずつ金を出してくれてるから」
これだけの部屋だから当然、家賃もそれなりにする。
それだけの金を出す理由が
「部屋自体もけっこう、広いしさあ。それに、いつもきれいにしてるし」
と、
「きれいすぎるけどね」
この『きれいすぎる』というのはつまり、部屋のなかにはなんにもない、と言う意味だ。部屋のなかにはテレビもラジオもなく、本や雑誌の類さえない。部屋の片隅にポツンとひとつ、小さなクローゼットが置いてあるだけ。あとは本当にもう、空っぽの空間が広がっている。
「小さなクローゼットにダイニング・キッチンのテーブル。家具はこれですべて?」
さきらに言われて、
「他になにがいるんだよ。スマホひとつあればたいていの用はすむからテレビもラジオもいらないし、よけいな物はもたない主義なんだよ」
すると、
「部屋の片隅にクローゼットひとつ、なんて却ってさびしいし、貧乏くさいから、もっと家具を置いて、部屋らしくしろって言ってるんだけどねえ。ゆ~じってば、なかなかに頑固でさあ」
「同感。せっかく、こんないい部屋に住んでいるんだから、それなりに整えた方がいいと思うわ」
「余計なお世話だ」
「まあいいわ。それより、早く歓迎会と行きましょう。あたしはお茶を
「ええ」
と、さきらは素直にうなずいたのだった。
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