三章 おれと彼女とAI美少女

 「そっ。あたし、坂口さかぐち。ゆ~じの彼女。ね、ゆ~じ?」

 坂口さかぐちは堂々と胸を張ってそう言い切った。

 優司ゆうじに向かい『そうよね』と、キスするぐらい間近によせた顔に笑顔を浮かべ、圧をかけまくる。

 優司ゆうじは耳まで真っ赤にして言った。

 「い、一応……」

 その言い方に、はたちまち唇をとがらせる。

 「なによ、その『一応』って。堂々と『おれの彼女だ!』って紹介しなさいよね」

 「そうね。女子のほうからこれだけハッキリ言ってきているんだもの。男が言葉を濁すなんて失礼だわ」

 と、さきらもうなずきながら口にした。

 美少女ふたりから同時に責められ、優司ゆうじはいたたまれない様子で身を縮ませる。

 「そ、そんなこと言ったって……」

 『一応……』などと言う言い方がに対して失礼なものであることぐらい、優司ゆうじだってわかっている。わかってはいるのだ。それでも、どうしても、そう言ってしまう。

 ――だって、仕方ないだろ! おれみたいな冴えないやつに、学校でもトップクラスの人気のギャルの彼女がいるなんて、どうしても信じられないんだよ!

 心のなかだけでそう叫ぶ。

 ――それに、おれは……。

 口どころか、胸のなかですら言葉にしたくない思いに唇を噛みしめる。

 「でっ、ゆ~じ。この美人ちゃん、誰? こんな知り合い、いたの?」

 「あ、いや、こいつは……」

 優司ゆうじはとっさにどう反応していいのかわからず、戸惑った声をあげた。

 『こいつ』などと言う呼び方をしてはよけい誤解を招きかねないわけだが、そんなことにも気がつかないほど動転していた。

 そんな優司ゆうじにかわり、さきらが自分で自己紹介した。

 「はじめまして。わたしは、さきら。今日からわたしも、あなたたちと同じ海陽かいよう高校の生徒。優司ゆうじには、電車のなかで痴漢から助けてもらったの。それで、ここまで一緒に来たの」

 ――なんで、お前がおれを呼び捨てにしてるんだ!

 優司ゆうじはそう思ったが、

 「いままでフランスにいて、日本ははじめてなの。よろしくね」

 ――そうか。フランス出身だっけ。それじゃ仕方がないな。

 と、なぜか納得してしまう優司ゆうじであった。

 「へえ、やるじゃん、ゆ~じ! こんな美人ちゃんを痴漢から助けるなんてさ」

 はやたらと嬉しそうに優司ゆうじの背中を力いっぱい叩いてみせた。あまりの勢いに優司ゆうじの息が一瞬、詰まる。

 表情といい、仕種といい、これ以上ないほどのギャルっぷり。校内の人気投票で常に上位に位置しているのも納得の姿なのだった。

 はさきらに向き直った。なんとも頼もしそうな様子で胸など叩いてみせる。

 「それじゃ改めて。あたしは坂口さかぐち。ゆ~じの彼女。わからないことがあったら、なんでも聞いてね」

 「ええ。ありがとう」

 「って、あれ? その目の色……もしかして、アンドロイド?」

 「ええ」

 「うわっー、すごい! 最近では、アンドロイドも普通に街で暮らしはじめてるって聞いてたけど、本物を見るのははじめてだよ」

 そう言って、遠慮の欠片もない視線でジロジロとさきらの全身を眺めまわす。

 「ちょ、ちょっと、坂口さかぐちさん……! いくらなんでも、そんなにジロジロ見たら失礼だって」

 優司ゆうじが思わずそう注意するぐらい、興味津々の視線だった。

 「だって、こんな美人ちゃんだよ。たっぷり拝まなかったらもったいないじゃない」

 はそう言って、眺めまわしつづける。

 「いやあ、しっかし、ほんとにきれいだわあ。こんなきれいな娘、はじめて見たわ」

 「美少女型だから」

 「うわっ。自分で美少女って言い切っちゃうんだ」

 と、はわざとらしく目を丸くして驚いて見せた。

 そんなに対し、さきらは静かに答えた。

 「形式名だもの」

 「うんうん、これだけの美少女だったら自分で名乗っても許しちゃうよねえ。いかにも、おしとやかな和風美人って感じでさあ。神社の巫女さんとか似合いそう。その神秘性、憧れちゃうなあ」

 「制作者がフランス人だから。『大和やまと撫子なでしこ』に憧れがあったみたい」

 「ふうん。なるほどねえ。でも……」

 と、の視線が下へと移動し、今度は胸元を注視する。端で見ている優司ゆうじの方が照れてしまうぐらい無遠慮な視線だった。

 「大和やまと撫子なでしこって言うには、このあたりはちがうんじゃないかなあ」

 と、指を伸ばし、ぷっくらとふくらんださきらの胸をツンツンつつく。

 ――初対面でさすがにそれは、やりすぎだろ!

 優司ゆうじは思ったが、それが坂口さかぐち

 『世の中には二種類の人間がいる! すでに出会っている友だちと、まだ出会っていない友だちだ!』

 全力でそう主張するような性格。そのにしてみれば、こうして知り合った以上、すでに友だち。なんの遠慮もいらないのだった。

 「うわあっ。おっきい上にやわらか~。人間の女の子そのままの感触だわあ」

 実はも、Dカップの『揺れる魔乳』の持ち主。自分でもしっかりとそのことを自覚して、普段から胸元のボタンを外し、胸の谷間を見せつけている。にもかかわらず、さきらの胸の見事なふくらみに感心してみせるのだった。

 「完全人間共生型アンドロイドだから。性行為も可能なように、徹底して人間の感触を再現しているのよ」

 「へえ、そうなんだあ。ゆ~じもさわってみなよ。ほらほら、すっごく気持ちいいよ」

 「そんなわけにいくか!」

 優司ゆうじは思わず怒鳴った。

 相手はアンドロイド。ただの物。頭ではそう思っていても、見た目は完全無欠の人間の女の子。その胸にさわるなど、とてもできるものではない。それはそれとしても――。

 絶世の清楚系美少女と派手で陽キャのギャル。タイプはちがえど、めったにいない美少女ふたりが妙にイチャついているのだ。注目の度合いはいままでの比ではない。まわり中の視線が集中し、優司ゆうじはいたたまれない気分になった。

 逃げ出したい。

 この場から、全速力で走って逃げたい。

 しかし、この状況で逃げ出すなんて許されるのか……?

 そう真剣に思い悩む優司ゆうじの耳に、何人かの男子生徒の声が聞こえてきた。陰口と言うには大きすぎる声だった。

 「おい、見ろよ。野間口のまぐちのやつ、今日もと一緒にいるぜ」

 「ちぇっ。なんだって、あんなやつがの彼氏なんだよ。どこがいいんだ、あんなボッチの陰キャ」

 「しかも、なんだよ。今日はメチャクチャかわいい娘まで一緒じゃねえか」

 「許せねえ。少しはわけろ!」

 「って、おい。あの目の色……あれ、アンドロイドだぜ! すげえ。はじめて見た」

 「バカ、見るな! アンドロイドの目を見ると精神を破壊されるって噂だぞ」

 「そんなの、ネット上の都市伝説だろ。実際、さっきから見てるけど、おれたちなんともないじゃないか」

 「しっかし、ほんと、きれいだよなあ。アンドロイドとは言え、なんだってあんな美少女が野間口のまぐちなんかと一緒にいるんだよ」

 その声につづき、鋭い舌打ちと共に明らかに聞かせるための独り言がつづいた。

 「ちっ。人殺しの息子のくせによ」

 人殺しの息子。

 その言葉に――。

 優司ゆうじは心が切り裂かれる思いがした。それでも――。

 ――事実だ。仕方がない。

 と、優司ゆうじはあえて平静を装い、聞き流した。

 しかし、聞き流そうとはしないものがいた。である。は激烈な怒りに眉を吊りあげると、発言者とその仲間たちに詰め寄っていった。

 「ちょっと! なによ、その言い方。ゆ~じのお父さんがなにをしたにせよ、ゆ~じには関係ないでしょ。謝りなさい!」

 の勢いに男子生徒の一団はタジタジだった。派手な顔立ちの陽キャなギャルだけに、本気で怒るとかなり怖い。正確には、男が逆らえない『ソレ系』のオーラが吹き出すのだ。

 チラリ、と、さきらが優司ゆうじを見た。

 「人殺しの息子?」

 優司ゆうじはあえて無表情を作り、さきらの問いに答えた。

 「大したことじゃない。おれの親父は、おれが子どもの頃に、ふたりの人を殺した。無期懲役の判決を受けていまも刑務所に入っている。それだけのことだ」

 さきらは納得したようにうなずいた。

 「そう。それだけのことね。たしかに」

 その一言に――。

 優司ゆうじはなにか救われた気がした。

 聞きようによっては冷淡な言葉。しかし、優司ゆうじには『父親のしたことと息子とはなんの関係もない』と認められたように思えた。

 優司ゆうじは一歩、前に進んだ。に近づいた。は相変わらず男子生徒の一団に謝らせようと責めたてている。そんな優司ゆうじは声をかけた。

 「もういい、坂口さかぐちさん。かのたちは事実を言っただけだ。責める必要はない」

 「なに言ってんの⁉ こいつらは、ゆ~じを侮辱したんだよ⁉ ゆ~じだって遠慮せずに怒っていいんだよ。『親父のしたことと、おれは関係ない』って」

 「いいんだ。それより、急ごう。もうすぐ始業式だ」

 優司ゆうじはそう言って、の手をとると半ば無理やり学校へと連れて行った。そのあとを、当たり前のようにさきらがついて行く。そして――。

 それを見た男子生徒の一団は一様に舌打ちの音を立てたのだった。

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