二章 くっつくな、はなれろ!
「ねえ。なんでそんなに、わたしからはなれようとするの?」
「お前こそ、なんで、おれについてくるんだ⁉」
青空が広がり、朝日が輝く。絹のような白い雲が一面に広がり、風に運ばれて流れていく。四月はじめとあって吹きつける風はまだ冷たく感じるが、そのなかにはすでに花の香りを含んでいる。春の訪れを感じとってか、道行く人々の表情もどこか楽しそうだ。
そんなさわやかな朝の一時。
「とにかく、もうついてくるな!」
むしろ、
「行き先が同じなんだもの。一緒に行ったっていいじゃない」
「だからって! おれについてくることはないだろう。ひとりで行けばいいだろ!」
さきらはちょっと
「つれないわね。運命の出会いをした仲じゃない」
「なにが運命の出会いだ⁉ ただの偶然だろ」
「だとしても。フランスから来たばかりで、日本ははじめての女の子に『ひとりで行け!』なんて、つれなすぎるとは思わない? 案内役を買って出るのが
「なにが女の子だ! 機械のくせに」
――機械のくせに。
そう言われても、さきらはとくに気分を害したようには見えなかった。そのかわり、『ふうん?』と意味ありげな視線で
いきなりだった。
いきなり、さきらが
「なにをする、はなせ!」
振り払おうとして腕を動かせばうごかすほど、ふたつの柔らかなふくらみに食い込んでしまい、身動きとれなくなる。顔を真っ赤にして、硬直する。とくに、ある特定の箇所が。
「なにをあわてているの。わたしは機械なんでしょう?」
人間男子の生理現象を知ってか知らずか、さきらは平然としてそう言った。
「そ、それは……」
「だったら、気にすることはないじゃない。荷物をもっているのと同じ。それとも、女の子として認める? 認めるなら、きちんとエスコートしなさい」
どっちにしろ、はなれる気はないというわけだ。
さきらは
目立つ。
とにかく、目立つ。
すれちがう人々が老若男女を問わずに振り返り、見とれ、他の人にぶつかりそうになる。もし、これが、交通量の多い交差点ででもあったなら『交通妨害!』の一言で、警察に連れて行かれることだろう。それぐらい、すごい注目が集まっている。
自然、そのすぐそばにいる、と言うか『腕を組んでいる』
「なんで、あんなやつが、あんなかわいい女の子と一緒なんだ?」
そんな、やっかみまじりの
――目立ちたくないのに……なんで、こんなことになるんだ⁉
世の理不尽を怒りにかえて、心のなかで叫ぶ
「はなせ! とにかく、はなせ」
顔を真っ赤にして、そう叫ぶ。
さきらはちょっと頬をふくらませた。そんな態度がまた人間の女の子そのもので、とにかくかわいい。愛らしい。さしもの
「なんで、そんなにいやがるの? わたしと一緒にいたくない理由でもあるの?」
「目立つの、いやなんだよ! それに……」
「それに?」
「こんなところを見られたら……」
「おっはよ~、ゆ~じ~」
少々、妙なイントネーションで
軽く波打つ長い茶髪。胸元のボタンを外し、適度に着崩した制服姿。校則ギリギリの短いスカート。歳の割におとなっぽいきれいな顔に、満面の笑みを浮かべている。その全身で『陽キャのギャル!』と宣言しているような女子生徒。その声に――。
「あ……」
と、
――いやいや、こんな表情だったら、なおさら誤解されるだろ!
と、自分を叱りつけ、なんとか平静を装おうとする。
そんなことにはかまわずに、ギャルの女子生徒は
「おっはよ~、ゆ~じ~」
と、満面の笑みで呼びかける。
「お、おはよう、
そんな表情がとにかく様になるのが美少女の特権。アイドル主演のドラマのワンシーンのようだった。
「なによう、ゆ~じったら。相変わらず『
「い、いや、だって……」
気がついてみると、なかなかにすごい状況ではあった。
なにしろ、一方では清楚系の絶世の美少女にしっかり腕を組まれ、もう一方ではギャル系の美少女に全身で抱きつかれているのだ。世界中の男というおとこから呪い殺されそうなその構図。それなりに経験を積んだおとなの男だって舞いあがることだろう。ましてや、女慣れしていない思春期男子とあっては。
顔中を真っ赤にして硬直しているしかないことを、誰も責めることはできないだろう。
「彼女?」
陽キャのギャルの発言を聞きとがめたさきらがピクリと眉を動かしたのは、そのときだった。
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