火の玉と偽りの謎について

夏を逃したんだ


「珍しいな、彗梨がそういうの見てるのは」


 彗梨がベッドの上で動画を見ていると、掃除を終えた尾鷲が声をかけてきた。


「どういう意味ですか」

「いや、いつもは本読んでるだろ。動画より活字の方が好きなイメージっつーか」

「ああそういう。まあ、実際その通りではありますね」


 活字なら情報を自分のペースで咀嚼できるが、動画だとそうはいかない。画面が派手でうるさいのも何か落ち着かない感じがする。


「やっぱりか。ならどうして」


 不思議がる尾鷲に、彗梨は無言で画面を見せた。

 尾鷲は納得したように「あ」と声を漏らす。


「楊儀の動画か」

「それにルイさんもいます。コラボ動画とのことです」


 楊儀サナと氷室ルイは、少し前に知り合った異能者の動画配信者である。殺人の罪をかぶせられそうになったサナと真犯人に殺されそうだったルイを、なんやかんや彗梨が救ったという経緯で親しくなり、その流れで動画を見るようになったというわけだ。


「なるほど、それで」

 尾鷲は納得したという様子で、そのまましれっと彗梨の隣に腰を下ろした。

 ……最近、少し尾鷲との距離が近くなった気がする。物理的に。

 嫌ではないのだが、慣れないので少し緊張してしまう彗梨である。


「うぇ、これもしかしてホラー系か?」

「はい。……苦手なんですか?」

「そそそ、そんなことねえよ?」


 尾鷲の目は泳いでいた。


「……苦手なんですね」

「ま、まさか。ちょっと驚いだだけだ。ほら、楊儀の動画ってそういうのあんまなかったし、この時期にホラーってのも若干遅いような気がするしさ」

「確かに時期が中途半端な気はしますね。夏というには遅いですし、ハロウィンには早いですし。でもほら、お二人はちょっと前まで微妙な関係でしたから」


 本当はもっと早くに予定していた企画で、仲直りした今だからこそ撮影できたのかもしれない。そのような事情に思いを馳せつつ二人の仲良さそうなやり取りを見ていると、なんだか彗梨まで嬉しくなってくる。


 ……ちなみにコメント欄を見ていくと、人気なのは普段クールなルイがサナのイタズラにびびってかわいい悲鳴をあげたシーンだった。視聴者が求めているのはホラーではなさそうである。


「そういえばさ」


 動画が終わったところで、尾鷲が何かを思い出したように言った。


「彗梨に聞かせたい話があったんだよ。ちょうどこういうオカルトネタだ」

「どういう話ですか?」


 尋ねると、尾鷲は少しもったいぶるように間を置いてから言った。


「火の玉だ」

「火の玉?」


 訊き返すと尾鷲は頷いて、

「そ。火の玉。夜の海岸に、点々と、提灯を吊るしたみたいに出るらしいんだ。気にならないか?」

「確かに少し気になるかもしれません。尾鷲さんにしてはいいセンスしてます」

「そりゃどうも。『俺にしては』は余計だが」

「でも、なんで今まで話してくれなかったんですか?」

「……いやまあ、色々と事情があって」


 尾鷲は何故か目を逸らした。

 まさかと思って彗梨は尋ねる。


「……怖かったんですか?」

「それもあ……いや、それはねえけど」


 どうやら怖かったらしい。

 だが尾鷲は「そんなことより」と別の理由を口にした。


「夏を……逃したんだ」

「……はい?」


 ちょっと意味が分からなかった。

 そんな彗梨の意を察したのかどうかは不明だが、尾鷲は悔しさの滲む声で続けた。

 

「夏のうちにこの噂に辿り着いていれば、海で遊ぶ口実になった。海辺で肝試しなんて、まさに夏って感じじゃないか。でも……でも、逃したんだ」

「……えっと、はい?」

「逃したんだ」

「……?」


 言葉の意味が一ミリもわからない。首を傾げるしかない。

 そんな彗梨に、尾鷲は妙に真剣な視線を向けた。


「なあ彗梨、この際室内で水着になるっていうのは」

「意味がわかりません」


 そういうことか、と彗梨の思考にストンと納得が落ちてくる。

 尾鷲は彗梨の水着姿が見たかったのだ。そういうのをまったく隠そうとしない辺りでこの男は酷く損をしていると思う彗梨である。


「申し訳ありませんが、もうこの部屋でそういう恰好はしませんから。絶対に」


 彗梨は力強く言い切った。

 何を隠そう彗梨はつい数日前、『少々露出が大胆な気がするメイド服』姿を尾鷲に見られ、とてつもない羞恥を味わったばかりなのである。思い出すだけでも頬が熱くなってくるくらいなのだ。誰が好んで同じ思いをするものか。


 とはいえ。


「いいかもしれませんね、海」

「え?」

「火の玉ですよ。原理も気になりますし、見に行ってみたいです」


 彗梨が言うと、尾鷲はぱっと表情を明るくした。感情ダダ漏れな様子はなんだか大型犬みたいで、なんとなく和むような気持ちになる。


「ちなみに水着は?」

「着ません」


 そうして二人は、季節外れの海へと赴くことになったのだった。

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