信じてくれると思う?



「失間亜衣の異能です。彼女の異能は、消失の異能ではありません」

「な……!?」


 驚くサナと尾鷲に、彗梨はパソコンを操作して動画を見せる。


「失間亜衣がバッグの中身を取り出して次々に消失させていく動画です。尾鷲さん、この動画を見たとき口にした感想を覚えていますか?」

「えっ……なんだったかな……」

「この時期にこの服装は暑そうだ。そう言ってましたよね」

「ああ、そういえば」


 失間亜衣は夏の暑い季節にも関わらず革ジャン姿で動画を撮っていた。いや、季節に関わらず他のどの動画を見ても、ジャケットなど何かしらの上着を着ていた。


「これが単なる衣装ではなく、消失の異能に必要なものだった可能性があります」

「異能に必要……? ていうか、消失の異能じゃないってさっき」

「ええ、そうです。彼女の異能は消失の異能ではありません。

「どういう意味だ。なんのために。どうやって」


 言葉の意図がまだ読めないのか、尾鷲は怪訝そうな顔をした。

 彗梨は、あえてまだ答えを言わずに話を続ける。


「彼女が異能で消していたのが、サイズの小さなものばかりであることには気づいていましたか?」

「そういえば……でもそういう異能だったんじゃないのか? 大きすぎるものは消せないとか」

「その可能性も否定はできません。しかし対象は小さなもののみでジャケットが必要というのが、本当の異能を隠して消失の異能に見せかける条件である場合、彼女の本当の異能は今回の殺人を成立させるに充分なものです」

「……それは、いったい」


 息を呑む尾鷲とサナに、彗梨は結論を告げる。


「物質の空間跳躍。それが失間亜衣さんの異能と思われます」

「空間跳躍……ワープってことか!?」

「はい。対象物を消滅させるのではなく、別の場所に移動させる。それが彼女の異能です」


 その結論に、サナは心当たりがあったのかハッと目を見開いた。

 他方、尾鷲はどうにも納得していない様子で眉根を寄せている。


「でも、ワープとジャケットがどう関係するんだ?」

「ポケットですよ」

「ポケット?」

「ワープを消失の異能に見せかけるのであれば、当然、対象物は誰にも見られない場所にワープさせる必要があります。そのためにポケットが必要だったんです」

「そんなのどこか遠くに飛ばしちまえば……いや、そうか。ワープ先に距離の制限があるかもしれないってことか?」

「尾鷲さんにしては鋭いですね。そういうことです」


 俺にしては、は余計だと尾鷲が半眼を作る。その不満そうな様子をおかしく思いながら、彗梨は続ける。


「彼女のワープによる移動先には、距離の制限があった。だから物質が消えたことにするには、何かしらの隠し場所が必要だったんです。そしてその移動先兼隠し場所として選ばれたのが、ポケットが複数あり、かつ膨らんでも目立たないジャケットというわけです」

「でも彗梨、ワープの異能でどうやって人を殺すんだ?」

「簡単ですよ。円筒状の何かを相手の頭を貫通する位置にワープさせるだけで、頭に穴のあいた死体が完成します」


 実際にそれが可能かどうかはわからない。

 だが小物を何もない場所にワープさせる場合でも、実際にはそのワープ先には空気があるはずであり、文字通りの意味で何もない場所にワープさせているわけではない。なら、ワープ先に元々あった空気が失われるのと同様に、物体を人体を貫通するようにワープさせれば、そこにあった部位は失われるはずだ。あとはもう一度その物体をワープさせて回収すれば、ぽっかりと穴のあいた死体だけがその場に残る。

 実際のところワープの仕組みや制限の詳細はわからないが、できる可能性は高いと思われた。


「唯一の欠点として、断面が使用した物体の表面の形に依存することが挙げられます。傷の状態が不自然になり異能の関与が疑われやすくなってしまいますが、ここで死体の傷口が水流で削られていたことのもう一つの意味が出てきます」

「そうか。楊儀に罪をかぶせるだけでなく、殺されたときの傷の状態をわからなくするのも狙いだったのか」

「はい。脳を貫くような殺し方をしたのも、断面をズタズタにして凶器をわかりづらくしやすいからかもしれません」

「骨はどうなんだ? 頭蓋骨はちょっとやそっとの水流じゃ削れないだろ」

「脳の断面はぐちゃぐちゃなのか綺麗にくり抜かれているかが大きな違いになりますが、骨はぐちゃぐちゃになっておらずとも不自然ではありません。よほど綺麗な断面が残る凶器を選ばなければ工作の必要はないでしょう」


 なるほどな……と深く納得した様子で唸る尾鷲。だが、ふいに「ん」と何かを思いついたような声を発した。


「ちょっと待て彗梨。そもそもなんで失間亜衣は消失の異能者を名乗る必要があったんだ。今回の事件を最初から計画していたっていうならともかく、普段の動画活動からワープの異能を隠す必要なんてなくないか?」

「本人に訊いてみないと真相はわかりませんが……予想はできます。ワープを消失を言い張ることで、可能となる犯罪がありますから」


 そこで彗梨は、ずっと無言でいたサナに視線を向けた。

 気まずそうに視線を逸らすサナの様子に、彗梨は確信を得る。


「どうやらサナさんは気づいたようですね。既にその事実を知らされていたことに」

「……」


 サナは何も言わない。


「どういうことだ、彗梨」

「企画がとん挫した際、特に失間亜衣ともめていたという氷室ルイがサナさんに言った言葉があります。『人のものを盗る癖のあるやつとは、関わらないほうが身のため』。あれは色恋の話ではなく、そのままの意味だったのではないでしょうか」

「まさか、泥棒か?」

「はい。……これは根拠のない想像に過ぎませんが、動機もそれかもしれません」


 異能を悪用して窃盗していた事実がバレたから、殺して口を塞ぐことにした。


「失間亜衣もすぐに気づいたわけではないでしょう。氷室ルイの言葉は婉曲的で、実際サナさんはその真意に気づいていなかったわけですから。しかし氷室ルイのその言葉を失間亜衣が聞いていたとすれば、あとになって偽りの異能を見抜かれたことに気づき、慌てて口封じに乗り出したとしても不思議はありません」

「……確かに、ルイちゃんが怒ってあたしにあの言葉を言ったとき、ほかのみんなも一緒にいた。みんなあの言葉は聞いてたと思う」


 それなら、失間亜衣は企画のメンバー全員を殺す必要があると考えたはずだ。


「でももしそうなら、まっさきに狙われるのはルイちゃんなんじゃ……?」

「最終的に全員を始末するつもりならそれは悪手です。せっかく色恋沙汰による企画のとん挫というもっともらしい動機があるんですよ。その色恋沙汰に絡んでいない氷室ルイより、色恋沙汰に絡んだメンバーから殺していった方が、真の目的がバレにくい。自分の異能を隠すことを目的とした犯行ですから、いかに動機を隠して殺すかは彼女も考えたはずです」


 もっとも、


「次に殺されるのは氷室ルイでしょうけどね」


 色恋沙汰に関係した捻子と比嘉は既に殺され、犯人に仕立て上げられているサナは最後まで殺されない。そう考えると、次の標的は氷室ルイしかありえない。

 彗梨が口にした当然の帰結に、サナが悲痛な顔をする。


「だ、駄目だよそんなの。止めないと」 

「ええ。しかし問題は、今語ったことのすべては私の妄想に等しいという点です」

「へ?」

「証拠がないんです」


 サナが昨晩ここにいたことを説明すれば警察もわかってくれるかもしれないが、そう悠長にしている間に氷室ルイが殺されてしまう可能性は決して低くない。


「そんな……」

「だからサナさん、今すぐ氷室ルイに連絡してください」

「え……?」


 ぽかん、とサナが呆けた様子で固まった。


「次に狙われるのは氷室さんです。彼女を守るためには、事前にこのことを彼女に知らせるしかありません。そしてそれはうまくいけば、真犯人である失間亜衣を捕まえることにもつながります」

「ちょ、ちょっと待って。ルイちゃんに知らせるって、それ」

「喧嘩をして話しづらいのは理解しています。でも今彼女に連絡を取れるのはサナさんだけ。彼女の命を守るために、必要なことです」


 酷なことを言っているとは思う。世間では自分が殺人事件の犯人扱いされているというこの状況で、喧嘩をして話づらくなっている相手に連絡して潔白を訴える。それはきっと、ものすごく勇気がいることだ。


「……ルイちゃんは、あたしのこと信じてくれると思う?」


 不安の気持ちが、揺れる視線から伝わってくる。

 だから彗梨は、その目をまっすぐに見つめてはっきりと告げた。


「わかりません。でも駄目なら、私が別の手を考えます」


 本心からの、本気の言葉だった。

 尾鷲が望んだからというだけではない。

 彗梨自身の意思が、サナとサナの友人である氷室ルイを救いたいと叫んでいた。


 色々と思うところはある。自分でも醜いと思うが、百パーセント絶対的に好意的な印象を抱いているとは言い切れないのが正直なところだ。

 しかし彗梨の脳内には、昨夜のサナのある言葉がずっと残っていた。


 ――誰かに見つかれば通報されるんじゃないかと思ったら、誰も頼れなくなって。


 それは孤独だ。

 誰も自分をわかってくれない。自分の思いを受け止めてくれない。

 絶望にも似たその心情は、彗梨にも覚えのあるものだった。


「何故」に執着する彗梨のことを、誰も理解してくれなかった。

 理解しようとすらしてくれなかった。


 だから、


「私は尾鷲さんではありませんが、サナさんの味方のつもりですよ」


 サナの両目がゆっくりと見開かれ、次の瞬間、決意を宿した表情に変わった。

 

「……カイくん、あたしのスマホ返してくれる?」

「ああ」


 尾鷲が差し出したスマホを、サナは一瞬だけ躊躇ってから受け取った。

 

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