もったいないなぁ
ドリルの異能者、捻子京子が殺害された。
彗梨たちがそのニュースを知ったのは、夜が明けてすぐのことだった。
「殺害方法も死体の状態も前回と同じ……ネットだともう、完全にあたしが犯人って感じだね」
サナはどこか他人事のようにそう口にしながら、スマホでネット記事を見ていた。見ていて面白いものではないだろうに、書き込みを見るのはやめられないようだった。
そんなサナのスマホを尾鷲が取り上げた。
「……カイくん」
「もうやめろ。野次馬の好き勝手な書き込みなんか見ても、解決しないだろ」
「……でも」
サナが不安そうな顔をしたので、彗梨は「そうですね」と尾鷲に同意した。
「捻子京子が殺害されたのは昨晩とのことです。殺害方法からして連続殺人であることは間違いない。つまりこれで私たちにはサナさんが犯人でない確証が得られたということになります。今はその事実のみを有効に活用しましょう」
「彗梨ちゃん……」
実際、この展開がもたらした情報は大きい。
「不謹慎であることを理解した上で、あえて言います。捻子京子が殺害されたことは、サナさんの容疑を晴らそうとする私たちにとっては、むしろ都合がいい。サナさんが犯人でないことがわかったという以上に大きな進歩があります」
「進歩……? どういうことだ?」
「とん挫した企画の参加者の中に犯人がいる……昨日までは根拠のない推測だったそれが、ほぼほぼ確信に変わったことです。二人の被害者と、犯人に仕立て上げられたサナさん……その三人に共通する事項ですから」
偶然にしては出来すぎている。
よって、
「容疑者は二人。氷室ルイと失間亜衣、どちらかが犯人と見て間違いありません」
彗梨が断言すると、尾鷲が「それなら」と口を開く。
「犯人は氷室なんじゃないか。水を使ったのなら、氷のトリックとかありそうじゃないか」
「具体的にはどのようなトリックですか?」
「それは……なんかこう、ミステリー小説みたいな」
「失間亜衣の消失の異能もいくらでもトリックに使えそうですけど」
「……確かに」
尾鷲は「くっ、ひっかけだったか……」と悔しそうに呟いた。何がどうひっかけだったのか彗梨にはよくわからなかったが、触れないでおくことにした。
「ひとまず、もう一度二人の動画を確認してみましょう。どちらの異能であればこの殺人が可能なのか。それを見極めることができれば、犯人を確定できます」
そうして昨日同様、彗梨のノートパソコンを開いて動画を確認する運びとなった。
改めて見てみると、両者の動画スタイルは対極的と言っていいほどに異なっている。消失の異能を使用しつつ街中を行く人々のリアクションを中心に動画を構成している失間亜衣と、異能によって生み出した氷と自分自身の容姿を使って幻想的な映像を作り出す氷室ルイ。衣装も違う。いつもジャケット姿の失間亜衣に対し、氷室ルイは肌を露出した恰好をしていることが多かった。
「くそ……どっちも何かできそうな気はするが、具体的な方法が思いつかねえ」
しばらく進展がないためか、尾鷲が焦れたように悪態を吐いた。
「なあ彗梨、宝玉を使ったって可能性はねえかな?」
尾鷲の言葉に、サナが「宝玉?」と眉を顰めた。
無理もない。宝玉は『異能の力を強化する』性質を有する特殊な道具だが、世間一般でその存在を知る者はほぼいない。彗梨は偶然知り合った研究者からとある経緯で宝玉を預けられたのだが、それを知らないサナには意味の分からない話だろう。
「ありえなくはありません……が、今はまだ考えなくていいと思います」
「どういう意味だ?」
「宝玉は希少ですから、単純に所持している可能性が低いです。それに異能が強化された可能性を考え始めると、この方法で犯人を特定することはできなくなってしまいます。頭を貫くほどの勢いで氷を飛ばすのも、頭の一部分だけを消失させるのも、どちらもできて不思議はありませんから」
「……それもそうか」
「はい。ですからその可能性を考えるのは、二人の異能では殺害が不可能だという確信が得られてからです」
そう言って彗梨はもう一度動画の確認に戻る。
違和感はある。もう少しで何かに気付けそうな気はしているのだ。
(しっかりしろ。しっかりしろ糸継彗梨。……尾鷲さんのためにも)
楊儀サナを助けたいと尾鷲が言ったのだ。
そのために彗梨を頼ってくれたのだ。
であれば、その期待には応えなければ。
そのはずなのに。
(どうして、こんなに……)
苦しい。
さっき尾鷲がサナのスマホを取り上げたとき、胸が締め付けられるような錯覚に襲われた。あの優しさがサナに向けられているのが、辛かった。
なんて醜い。
こんな馬鹿なこんなことを考えているせいで、目の前の動画の考察にも集中できない。
「うーん、やっぱりもったいないなぁ」
ふいにサナがそう言った。
「どうしたんだいきなり」
「今動画で失間さんが消したリップ、あれ期間限定のやつなんだよ。しかも大人気ですぐなくなっちゃって、あたし買えなかったんだよねぇ」
「へぇ。まあでもリップなんてだいたい何でも一緒じゃないか?」
「全然違うよ!? ねえ彗梨ちゃん?」
「えっ。……いえ、私はそういうの詳しくなくて」
「えー!? 駄目だよこんなにかわいいのに!」
ぐい、とサナが前のめりで彗梨に迫る。
「かわっ……!?」
「そうだよ! リップなんて買いすぎて使い切れないくらい次から次へと買っていいの! そういうもんなの! 失間さんみたいに同じの何個も買って異能で消しちゃうのはやりすぎだと思うけどさ。カイくんだって彗梨ちゃんがもっとかわいくなったら嬉しいでしょ?」
「ん……そりゃあ、まあ」
サナの暴走ぶりに驚いたのか、それとも全く興味がないからなのか、尾鷲の返事はやや困惑ぎみだった。
「……ちょっと待ってもらえますか」
「ご、ごめんちょっと熱が入りすぎたかな」
「いえそうではなく。今サナさん、言ってましたよね。失間さんが同じリップをいくつも買っていると」
「うん。今の動画で消してたのとさっき別の動画で消したの、同じだったし」
それだ。
「お手柄ですサナさん。おそらくそれがこのトリックの鍵です」
「……どういうこと?」
「失間亜衣の異能です。彼女の異能は、消失の異能ではありません」
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