三人で寝るには狭いだろうけど

「要するに、動機があったのはドリルの異能を有する捻子京子さんと、消失の異能を有する失間亜衣さんの二人。そういうことでよいのでしょうか?」

「う、うん……いや、でも……」


 話題の軌道修正を図った彗梨の問いに、サナははっきりしない反応をした。


「何か気になることでもあるんですか?」

「ルイちゃん……氷室ルイなんだけど、あのときその辺の人間関係、全然知らなくってさ。ルイちゃんがあたしと比嘉さんをカップル扱いみたいにいじってきて、結果、捻子さんと失間さんが怒っちゃった……みたいな経緯もあって。特に失間さんとルイちゃんはかなーり険悪に……」

「それで企画が没になったと」

「う、うん。それにそのときルイちゃん、あたしに『人のものを盗る癖のあるようなやつとは、関わらない方が身のためだよ』って、結構マジトーンで……」


 そのときの様子を思い出しているのか、サナの顔色は青ざめて見える。


「あれ、たぶんガチギレしてたというか……おかげで最近ちょっと話せてないというか……」

「つまり、氷の異能を使う氷室ルイにも動機がなかったわけではないと」

「う、うん。まあ、ほかの二人ほど強い動機はないと思うけど……」


 そう答えるサナの顔は、どこか不安そうだった。

 ルイちゃんという呼び方からも察せられるように、氷室ルイとは親しい仲なのだろう。そのルイとの関係に亀裂が入ってしまったかもしれない、恨まれて罪を着せられそうになっているのかもしれない。そう思うと不安なのだ。


 それは以前の彗梨ならきっとわからなかった感覚。

 でも今は、少しだけ理解できる心情な気がした。


「どうだ彗梨、何かわかりそうか?」

「いえ、いくつか推測は立てられますが今のところは……でも、三人の動画を見てみれば何か手がかりがあるかもしれません」

「動画に?」

「おそらく今回の鍵は三人の異能です。その性質や条件の分析ができれば、真相解明につながると思うんです」


 彗梨のその提案に二人とも納得し、容疑者三人の動画を見る運びとなった。

 広げたままだった彗梨のノートパソコンで動画を再生する。


 まずは一人目。捻子京子の動画である。

『ネジさんの爆裂破壊ちゃんねる! 今日はなんと水風船を一〇〇個、ドリルで割っていこうと思います!』

 元気のいい声で捻子京子が言い、動画が始まる。

 屋外の広場に設置したテーブルに水風船が大量に置かれており、それを捻子京子が右手をドリルに変えて割っていく。すると水風船の中に入っていた色水が飛び出し、幻想的な模様がテーブル上に描かれていく。風船が割れるたびに変わる模様とそれをハイテンションで盛り上げていく捻子京子のコメントが人気なポイントのようだった。

「おお、めちゃくちゃ綺麗だ……やってみたいなこれ。捻子さんも楽しそうだし」

 と、尾鷲はすっかり動画に夢中な感想を口にした。

 

 二人目。今度は失間亜衣の動画である。

『どーも。今日も街中で出会った人の前でいろんなものを消していきます』

 どうやら失間亜衣はかっこいい系のキャラで売っているようだ。黒の革ジャンを着こなしたクールな装いで街中を歩き、通行人に声をかけると目の前でペンや手鏡、リップなどの小物を次々と消していき、最後は持っていたバッグの中身が空になる。目の前で物が消えた瞬間の人々の反応が面白く、高価な化粧品が消失した際の「もったいない……」という反応は笑いを誘った。

「目の前でこれ見せられたら驚くよな……この暑い時期に革ジャンは辛そうだけど」

 と、尾鷲はまたも動画に夢中な感想を口にした。


 最後に三人目、氷室ルイの動画を見てみる。

 氷室の動画は先の二人と異なり、音声がない類のものだった。水着のように露出度の高いメイド服という謎の服装で、無言のままにホースで空中に水を撒く。その水は次の瞬間氷に変わり、その軌跡が空間に固定される。水を撒くたびに形を変える氷のアートだ。その印象は室内を暗くして光を当てるとまた変わり、捻子京子の動画とは別のベクトルで幻想的な空間が映し出される。言語のない映像のみで勝負した動画の性質からか、コメント欄には外国人の書き込みも数多くみられた。

「綺麗だな……本当に、綺麗だ……」

 と、尾鷲はやはり動画に夢中になっている。彗梨としては、氷室ルイの謎衣装と白い肌に夢中なのではないかと少し心配になった。


 その後も三人の動画をいくつか見ていき、しばらくの時間が経った。


「うーん……俺には何とも言えないな。みんないい人そうだし。彗梨はどうだ?」

「私も確信といえるものは何も。……ただ、何か引っかかる気が」

「何かって?」

「それを考えているところです。少し時間をください」

「ああもちろん。焦る必要なんてないんだ。ありがとな。……ただ、」

「ただ?」


 尾鷲は少し考えるような間を置いてから、遠慮気味に口を開いた。


「彗梨、今日このまま楊儀を泊めてやること、できるか? 何の進展もないのにこいつを帰らせるのは……」

「……そうするしかないでしょうね。今外を出歩かれては私も困りますから」


 彗梨の部屋を出入りするところを目撃などされてはたまらない。おとなしくこの部屋の中で過ごしてもらうのが一番だろう。拒否する理由はなかった。


「ほ、ほんとにいいの?」

 サナが遠慮気味に訊いてきた。

「はい。狭い部屋ですみませんが、よろしくお願いします」

「そ、そんなの全然気にしないって。あたしからしたら泊めてもらえるだけでもすっごくありがたいっていうか、そりゃあ流石に狭いだろうけどそれは仕方ないってわかってるから」


 と、その言葉に。


「え……?」

「ん……?」


 室内の時間が、止まった。

 三人。……三人。三人というのは、つまり。


「あれ? カイくんも泊まっていくんだよね?」


 きょとん、と。

 ことの重大さを理解していないサナが首を傾げた。

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