罪を被せるためですよ


「付き合ってないんですけど……!?」


 彗梨が思わず声をあげると、サナはきょとんと目を丸くした。


「えっ。だってさっきカイ君が……」

「将来的には結婚する予定なんだ。な、彗梨?」

「そんな予定はありません……!」

「えーないのー? お似合いなのにー」

「……っ、変な話をしないでください。本題に戻ります」


 彗梨は顔が熱くなっているのを誤魔化すように、こほん、と咳払いした。


「いいですか。被害者が頭に穴をあけられて殺されたのと、その頭蓋の内側が水流でズタズタになっていたのとは、必ずしも同じ原因とは限らないんです」

「……どういうことだ?」

「穴をあけて殺したあと、傷口内部を水で削るんです。ホースか何かを使って。そうすれば水で穴をあけた場合と同じ結果が得られます」


 彗梨が言うと、尾鷲はますます怪訝そうな顔をする。


「だとしても、なんでそんなことをする必要が」

「サナさんに罪を被せるためですよ」

「なっ……」


 尾鷲とサナ、二人が同時に驚愕の表情を見せた。


「それしかありえません。誰が見てもサナさんが殺したようにしか見えない状況……サナさんが衝動的に殺したのでなければ、誰かがサナさんに罪を着せる目的で工作を行ったのだとしか考えられません」

「……誰がそんなことを」

「サナさんに恨みを抱いている何者かの可能性が高いと思います。心当たりはありませんか?」


 彗梨が視線を向けると、サナは動揺したようにみじろぎした。


「そんなこと、急に言われても……」

「考えてみてください。おそらく、その人物は異能者です」


 えっ、とサナが驚く。


「なんでそんなことまでわかるの?」

「現場には被害者が抵抗した形跡はなかったと報道されています。被害者に抵抗する隙すら与えず頭に穴をあける方法が、果たしてどれだけあるでしょうか」


 忘れてはならないのは、警察がサナに目を付けているという事実だ。

 傷口が水流で削られていたのは、サナが犯人というにはあからさま過ぎると彗梨は思う。だって、わざわざ自分が疑われる方法で殺すのは不自然だ。異能を使わずとも人は殺せる。サナが犯人のように思える現場の状況であればこそ、サナに罪を被せようとした何者かの存在は当然に疑われるべきだろう。


 それでも警察はサナに目をつけた。そこにはなんらかの意味があるはずだ。


「私は警察の捜査状況を知りません。しかしサナさんが重要参考人としてほとんど犯人のような扱いを受けているこの事実から、推測はできるんです。サナさんが疑われているのは、サナさんが犯人でなければ説明がつかないような状況だからなのだと」

「で、でも、それだけで異能者が犯人なんて。被害者が抵抗した形跡がなかったっていうけど、拘束されて動けなかったとか眠らされていたとか、色々あるでしょ?」

「同じことです、被害者が拘束されていたなら逃れようとした痕跡が、眠らされていたなら睡眠薬の成分が遺体に残っているでしょう。そのような証拠があったのなら、警察もサナさんが重要参考人だなどと言い出さないと思うんです」


 よって、


「サナさんが犯人でないのなら、サナさんが犯人としか思えない現場を作り出せる異能者が犯人です。私にはそうとしか思えません」


 告げると、サナは逃げるように視線を逸らした。

 その反応に彗梨は確信する。

 

「何か心当たりがあるんですね?」


 さっきからサナは、何故か彗梨の考察を否定するような反応をしている。

 普通、自分を陥れた犯人に近づいているなら喜ぶはずだ。それは自分の疑いを晴らすことと同義なのだから。しかしサナはそうではなく、むしろ彗梨の考察に懐疑的な反応をした。

 まるで、見たくない現実から目を背けるように。


「……三人」


 ぽつりと、サナは無気力に口を開いた。


「三人いる。ちょうどついこないだ、動画企画で集まったメンバー。みんな動画配信者なんだけど……」

「その全員に恨まれていると?」

「恨みっていうか、ちょっともめてお蔵入りになっちゃった企画で。……その企画、殺された比嘉さんも参加してたんだよね」

「なっ……」


 尾鷲が驚きの声を発した。

 無理はない。疑わしい人物と被害者の交友があったというのだから驚くのも当然だ。


「教えてください。その三人についてと、企画がお蔵入りになった経緯を」


 サナは自分の気持ちと向き合うように時間をかけて、ゆっくりと頷いた。


「一人目は、捻子京子ねじきょうこ。手を高速回転するドリルに変えられる異能者」

「ドリル? めちゃくちゃ怪しくないか、それ」

「で、でも彼女の力は手首から先をドリルに変えるの。綺麗に穴があくって感じじゃなくて、ド派手にぶち壊す感じっていうか……だから、あたしの異能に見せかけるのは難しいと思う」


 尾鷲が指摘したからか、サナは慌てたようにそう補足した。


「二人目は失間亜衣しつまあい。使えるのは、消失の異能」

「消失? ……それも殺しに使えそうじゃないか?」

「……難しいと思う。失間さんの異能は、あらかじめ印を描き入れた物体を丸ごと消失させるものなの。頭の一部分だけをくり抜くように消失させることはできないはずだし、頭に印を描くのも難しいでしょ」


 確かにその通りだ。そのような異能を知っていて頭に印を描かせるなんて、自殺に等しい。被害者も抵抗するはずだ。

 

「三人目は氷室ひむろルイ、氷を操る異能者。こっちは直感的に想像しやすいかな。周囲の気温に関係なく一瞬で水を凍らせられる異能だよ」

「氷か……それはそれで怪しく聞こえるな」

「でも水を氷にするだけじゃ、頭に穴はあけられないよね」

「……確かに」


 いくらサナの異能に近いからといって、殺害に使えないのでは意味がない。

 現状の情報で犯人を絞り込むのは難しそうだ。


「動画企画がお蔵入りになったというのはどういう経緯だったんですか?」


 彗梨の問いに、サナは少し答えづらそうにしながら口を開く。


「簡単に言うと、男女関係のトラブル。殺された比嘉さんは二股かけてたの。相手は捻子京子と失間亜衣。しかもその企画動画を撮ってるときに比嘉さんがあたしにもアプローチをかけてきて、それを見た二人が激怒しちゃって……」

「うわぁ……」


 尾鷲がドン引きした声を発した。

 そして何故か決め顔でこちらを見た。


「安心してくれ彗梨、俺は彗梨以外には手を出さない」

「話を逸らさないでください尾鷲さん。……というかもう手を出したみたいに言わないでください……っ!」


 危うくスルーするところだった。


「なはー、いいねぇラブラブだぁ」

「だろー?」

「どこがですか……っ!? って、そうじゃなくて!」


 まったくこの人たちは。どうしてこうも緊張感に欠けるのか。

 色々言いたいことがある彗梨だったが、今それに触れると話がさらに逸れてしまうのは明白である。


 文句を言いたくなる気持ちをぐっとこらえて、彗梨は深々と嘆息した。

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