射撃と過去の謎について
ファンなんですか?
『ばーん!』
ノートPCの画面に表示された動画には、かわいらしい少女が映っている。自分がどのように映るかを完璧に理解した笑顔は、同性の彗梨から見ても魅力的に見えた。
少女の名は
射撃の異能を有する有名動画配信者である。
世の中に超能力の存在が認知されて十年。だが誰もが異能者になれるわけではないし、好き勝手に望んだ異能を獲得できるわけでもない。故にその希少性を活かして動画配信で人気を博している彼女のような異能者は数多くいた。
『ばーん! ばーん! いえーい!』
気の抜けるような掛け声を挙げながら、動画内のサナは「弾」を撃ち出していく。
もっとも、サナは銃を持っているわけではない。
ただ右手を銃の形にしているだけ。
それが彼女の異能。大気中の水分を圧縮して水の弾丸を作り出し、指先から撃ち出すことができるのだ。その威力は最大の場合、鋼鉄の壁をいとも容易く貫くほどになる。
サナはその異能を存分に発揮し、超長距離からの射撃や、分厚い壁の貫通など様々な企画を動画サイトに投稿していた。人気の動画は、弾丸でボードに穴をあけて絵を描く「射撃アート」シリーズである。
『というわけで、今回の射撃アートは猫ちゃんでしたー! またねー!』
あざとい笑顔で手を振るサナの姿で動画が終わり、彗梨はブラウザを別の画面に切り替える。
そこには次のようなニュースが報じられている。
『人気配信者楊儀サナ、殺人事件の重要参考人に』
先日、人気動画配信者の
事件現場の奇妙な点として、貫かれたその頭蓋の内部が水流でズタズタになっていたことが挙げられる。杭で貫かれようと、銃で貫かれようと、ドリルで貫かれようとこうはならない……ということらしい。
だが凶器が水流そのものであったならば話は別だ。
楊儀サナは水の弾丸を撃ち出す異能者であり、同じ動画配信者として被害者との交友があったことから事件へ関与した疑いがある。
なお現在、楊儀サナは警察から求められた出頭を無視して行方をくらませている。
一通りの情報整理を終えた彗梨はふぅ、と吐息した。
「いやー思いのほか大事になっててビビるねぇ。流石あたし。大人気」
彗梨の隣でそう声を発したのは、楊儀サナである。
そう。楊儀サナは今、彗梨の部屋に身を隠しているのだ。
このような事態になったきっかけは、数刻前に尾鷲からかかってきた電話である。
『なあ彗梨、少し相談があるんだが』
尾鷲は妙に真剣な声でそう前置きすると、この事件の話をしてきたのだ。
『なんとか助けてやれねえかな。俺たちで真犯人を見つけるんだ』
「珍しく真剣ですね。……もしかしてファンなんですか?」
そうだったら……なんというか、少し嫌だ。
そんなふうに思いながら尋ねた彗梨だったが、尾鷲の答えは違った。
『……知り合いなんだ』
「えっ」
『昔、ちょっとな』
尾鷲は含むように言った。
『……あいつは嘘がつけるタイプじゃない。殺人なんてやってないはずだ』
その言い方は、なんだかちょっと深く知っている風で気にかかった。
もしかして彗梨の思う以上に深い関係だったのだろうか。
元カノだったりとか……?
そんなことを考えて、いやいやいやとかぶりを振った、
まったく何を考えているんだ。これでは嫉妬しているみたいではないか。
そんなふうに頭の中が大混乱になっているところにとどめを刺すように、
『とりあえず話だけでも聞いてやってくれないか。今一緒にいるんだ』
などと尾鷲が言うものだから、もはや断るという選択肢はなかった。
認めるのは少し抵抗があるが、尾鷲とサナを二人きりにさせておくのは嫌だったのだ。
そんなわけで。
「持つべきものは旧友だねぇ。血も涙もない人になってなくてよかったよ」
このように昔の尾鷲を知ってる風な女を、どういうわけか彗梨は助ける流れになっているのである。
ちなみにそのような経緯から、当然尾鷲も一緒にこの部屋にやってきている。今はサナと一緒にカーペットに腰を下ろしており、それもなんとなく癪に障る。
「どうだ彗梨、何かわかりそうか?」
尾鷲が不安そうに訊いてきた。
「ネット上の情報だけではなんとも。というより、ほぼほぼサナさんが犯人で間違いないように思います」
「だよねぇ。あたしも状況的にはそう思う。違うけど」
「とはいえ、サナさんだけに犯行が可能だったかといえば、そうではないとも思います」
彗梨は現在わかっている情報の整理も兼ねて説明する。
「サナさんが重要参考人とされている最大の理由は、大気中の水分を圧縮して撃ち出す射撃の異能です。しかしこれは証拠にはなりません。例えば同種の異能を有する人物であれば、サナさんでなくとも犯行は可能です」
「ところが、あたしほどハイスペックな同系統の異能者がいないんだよねぇ」
サナが何故かご機嫌に言った。彗梨は頷いた。
「単なる水鉄砲程度の威力では人の頭に穴はあけられませんからね。ウォーターカッター並みの破壊力が必要という意味では、ほかに同じことができる異能者がいる可能性は極めて低いと思われます」
「いやーそれほどでも」
「……真面目に聞いてますか?」
「もちろん。お褒めいただき光栄です。……えへへ」
サナは本気で照れているみたいににへらーっと笑った。
「……悪いな彗梨、こういうやつなんだ」
尾鷲が申し訳なさそうに言った。なんだか少し引っかかるが、嘘をつけるやつじゃないと言っていたのには納得した。
「私が言いたいのは、サナさん以外にも同じような遺体を作り出せるということです。サナさんの異能は確かに強力ですが、そんなものなくても今回の事件現場は成立します」
「そんなもの……? そんな、もの……」
何故かサナががくっと肩を落とした。そして尾鷲の肩をちょんちょんと叩いた。
「ねえねえカイ君、なんかこの子あたしにあたり強くない?」
「んなことねえよ。むしろ庇ってもらってんだろうが、今」
「えーそうかなぁ……あっ、わかった。カノジョだからってこの子の肩持ってるんでしょ」
「いやいや。彗梨は俺に対しても結構あたり強いからな。あたりが強いのはむしろ心を許してくれている証と言っていい」
「うーん……まあ、カイ君が言うならそうなのかなぁ。付き合ってるんだもんねぇ」
「ああ、そうだな」
深々と頷く尾鷲。サナも渋々ながら納得した様子である。
よって、彗梨は驚愕の声を発さずにはいられなかった。
「付き合ってないんですけど……!?」
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